第15話 経緯とかのあれこれ






「私の名はルベリオ。ルベリオ・コストーク。コストーク領で伯爵をしている」


 ジロジロと粘りつくような視線を送ってくる。

 いい加減鬱陶しくなってきた。

 段々と自分が不機嫌になっていくのを感じる。


「なんだよ?」


 用があるならさっさとしろよ。

 無視してもよかったけど、仮にも貴族だ。

 面倒ごとにならないとも限らないしな。こういう時は少しだけでいいから我慢するべき、ってエリスが言ってた。


「貴様! コストーク様に向かってなんだその口の利き方は!?」


 そしたら後ろに控えてた執事? みたいなやつが声を荒げた。

 もっとよく見たら人混みに紛れて何人かいるな。騎士みたいな奴ら。

 というよりなんか間違えたみたいだ。

 カエルみたいな顔の眉間にさらに皺が寄って本当に潰れたカエルみたいになってる。

 滲んだ脂汗を拭いながら「ぐひゅ」と声を漏らしてた。


「ふんっ、まあいい。今後私が躾ければいいことだからな。お前たちも少し落ち着け。彼女も怯えているではないか」


 そう言ってカエル男は鷹揚に頷いた。まるで器の大きさを見せつけるみたいに。

 ……何言ってんだこいつ?

 こいつらのレベルは……まあ鑑定は持ってねーけど大体分かる。あくまでざっくりだけどな。

 見た感じレベルは20くらいだ。それが5人。え、弱。

 黙ってるとそれをどう勘違いしたのか勝ち誇った笑い顔を浮かべてた。

 アタシが目の前の、えーと……なんだったっけ。コストーク? ってやつに訝しんでると催促してくる。


「早く名乗るのだ。礼儀のなってない女は嫌いだぞ」


 人をいきなり呼び止めて上から女呼ばわりするこいつには言われたくねーな。

 だけど確かに名乗られたんなら名前くらいは言ったほうがいいのか?

 礼儀知らずだけど貴族っぽいし。いや、でも……あー分かんねぇ。こういうのは全部エリスやルーシャに任せてたし。


「……アイだ。で、結局何なんだよ?」


 今度はこっちから催促した。

 そしたらヒキガエルは脂汗を滲ませながら言ってくる。


「おお! やはり四英雄が一人狂戦士アイ殿でしたか。実は遠目からでしたが貴女のことは一度お見かけしたことがあるのですよ。一目見た時から――」


「そういうのいいんだよ。用件は?」


 急に態度を変えてきた。だけど相変わらず目の奥には下卑た欲望が見え隠れしてる。

 カエル野郎が咳払いして、気を取り直すみたいに言ってきた。


「アイ殿よ。私の妻になる気はないか? あなたほどの器量なら私にもつり合うと思うのだが」


 口の端の泡を飛ばしている。

 汚ねぇな……


「断る」


 考えるまでもない。というかいい加減どっか行ってくれねーかな。

 睨み付けたら分かり易く怯んだ。


「ふ、ふふふ、それならばアイ殿、賭けをしませんか?」


「賭け……?」


「闘技場をご存知ですかな? 私がそこで勝てば私の妻として貴女を迎え入れたいのですが」


 ……こいつ馬鹿なのか?

 その勝負アタシに何のメリットもない。

 ついでに言うなら闘技場のルールで永続する要求は不可能だ。

 もしかしてそれすら知らねーのか?

 というかそれよりなにより――アタシがレンヤ以外のものになることなんて絶対にあり得ねぇ。


「心に決めたやつがいる。というかそもそもアタシに何一つ得がねぇ。ついでに言うなら闘技場は何でもかんでも要求できるわけじゃない」


 カエル野郎は執事に目を向けた。「む、そうなのか?」って聞いてる。

 執事が肯定する。本当に知らなかったみたいだ。

 闘技場の大原則を知らないとか、この都市に来たことがねーのか?

 だけどまだ諦めきれなかったらしい。また別の提案をしてきた。


「ならば一晩だけ共に寝てはくれないか?」


「は?」


「勿論こちらが勝てばの話だ。一晩では決して手に入らないだけの金品も与える。どうだ? 悪くないだろう?」


「だから……メリットがないって言ってんだろ?」


 金とか当分困らないくらい持ってるしな。いざってときは適当にクエスト受けて稼げるし。

 流石に付き合ってられねーな。

 踵を返して、酒場に向かう。嫌なことが色々あったし飲み直しだな。

 だけどまだ諦めきれないらしい。後ろからまた呼び止められる。


「しつけーな。マジで殺すぞ」


「アイ殿は勇者ヤカガミをお慕いしていたのですかな?」


 あ、駄目だ殴ろう。

 それは禁句だ。

 一瞬で頭に血がのぼる。


「わ、私は勇者の情報を持っています」


 動きを止めた。

 振り上げた拳を降ろしたアタシを見て相手は強張ってた表情を緩めてた。

 カエル野郎は余裕ができたのか視線を下に向けていく。

 一瞬だけ考えたけど、やっぱり下らねぇ。あいつが生きてるわけがない。それはあの戦いで目の前にいたアタシが誰よりも理解してる。

 だけど、念のためだ。一応聞いといてやる。


「なんでお前がそんな情報持ってんだ?」


 仮にレンヤが生きてたとして、魔族領の情報をどうしてこいつが知ってるのかが引っ掛かった。

 コストークってどこだ? もしかしてレンヤもそこにいるのか?


「とある人物に聞きました。勿論信憑性の高い情報ですよ?」


 出所は伏せられた。そりゃそうか。

 ……本当なら鼻で笑うような提案だ。

 けど、今のアタシにとっては無視できないことでもあった。

 なんか踊らされてるみたいで気に入らないけどな。

 それでも、無条件で信じるほど馬鹿じゃないつもりだ。


「信用できねーな」


「ならやめておきますか? 闘技場での契約は魔術によって順守されると聞いています。私がホラ吹きでないことの証明になるのでは?」


「……下らねぇ嘘だったら殺すぞ?」


 軽く威圧するけど、確かに頷いた。

 ってことは、本当にもしかするとなのか……?

 思考に耽る。相変わらず体ばっかり見てくるカエル野郎。

 気に食わねえことばかりだけど、アタシは確かに頷いた。











「で、アイは勝負を受けちゃったと」


 相変わらずアイは猪タイプだよね。猪突猛進というかさ。

 あるいは真っ直ぐというんだろうか。どちらにしろ今回は少しばかり迂闊な気がする。

 時間をかけて情報を集めたおかげで粗方の全貌は見えてきた。

 勇者の生存情報云々は困るけど今はアイの方だね。そっちの方が問題だ。


「えっと、それでノアの集めた情報も同じような内容なんだよね?」


「はい、目撃者が多かったらしく、すぐに集まりました」


 ちなみにアイとルベリオ・コストークさんの契約に関しては以下の通りらしい。


・アイが勝ったら伯爵は勇者に関して知っている情報を全て彼女に話す。


・ルベリオ伯爵が勝ったらアイと一夜を共にする権利を得る。


・以上の契約は魔術によって絶対順守される。


 と、こんなところだ。

 細かいところは省くけど契約魔術まで使ってるなら反故にはできないだろう。

 契約違反が悪質な場合は奴隷落ちもありえるし。


「そういえばアイの泊まってる宿はどうだった?」


「あ、いえ、それはまだ……申し訳ありません」


 となると彼女と再会できるのは決闘で闘技場にアイが来てからになるんだろうか。

 何にせよ自害の心配はなさそうなのでひとまずは安心かな。


「んー……でもどうするかな」


「?」


 ちょっと思いついたことがあるんだよね。

 案外不可能って分けでもないしな……少し考えて立ち上がる。

 決めた。やっぱり今後を考えたらやっておくべきだろう。

 僕は不思議そうに見てくるノアに告げた。


「僕もアイとの一夜の権利を賭けて決闘するよ」


「……はい?」




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魔王を倒した異世界勇者。強制送還されそうになったのでこっそり姿を消すことに~でも凱旋したパーティーメンバーの皆の様子が何だかおかしいんだけど?~ 猫丸 @nekomaru88

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