第6話 無粋な来訪者
生い茂った草花が揺れ動きます。
無粋な来訪者に意識を向けました。
がさっ
私が警戒していると一人の男が姿を現しました。
無精髭を生やした背の高い筋肉の塊のような男性です。
「おお、よかったよかった。お嬢ちゃん、わりぃんだが道を教えてくれね―か?」
迷っちまってよ。と冒険者の風貌をした男が快活な笑みを浮かべた。
背中には使い込まれた大剣。それに加えて皮の装備一式はいかにも熟練の冒険者を連想させます。
確かにこの場所はすぐには辿りつけない森の深奥。迷ったというのなら勇者の仲間として恥ずべきことはできませんね。
「構いませんよ」
「お、ありがてぇ。こんな駆け出し御用達の森で野宿なんていい笑いもんになるところだったよ」
がはがはと大口を上げて笑う男。それはどこか距離感を感じさせないものがあります。
無論冒険者とはそういうもの。いつ死ぬか分からない彼ら故の処世術のようなものです。
アイさんも言っていました。「冒険者なんて粗雑なくらいが丁度いいんだよ」と。
そんな方がいつからかご主人様に対して顔を赤らめて「あ、荒っぽい女は嫌いか?」だなんて聞いているんですから人の気持ちというのはどうなるか分からないものですね。
ご主人様はアイさんの好意に全く気付いていませんでしたが。そんな鈍感なところも可愛らしいです。
おっといけません。目の前の方の事を忘れるところでした。
私は軽やかな動作で歩を進めます。
「けどよ。もしかしてあんた自殺でもしようとしてたのか? いけねぇなぁ、命は大事にしろって言われなかったか?」
私はフッと微笑を浮かべ相手を見上げます。
「意外と優しいんですね。人攫いさん」
瞬間、男の顔は引き攣り僅かではありますが体を硬直させました。
距離を取られますが、それは悪手です。今の行動で自白したようなものなのですから。
それは本能的なものだったのかもしれません。
意外にも機敏な動きに私は小さく感心します。ですが、男の動きは何よりも今の言葉の肯定を意味していました。
「カマかけでしたが図星ですか……小悪党は分かり易くて助かりますね」
目の前の男は気圧されるように後退ります。
「ま、待ってくれよ。あんな風に睨まれたら誰だって警戒くらいするだろ?」
「そうですね。そうかもしれません」
「そうだろ? だったら……」
「お仲間さんたちは案内しなくてもいいんですかね?」
言葉を詰まらせました。嘘をついている人間の典型的な反応。
彼は観念し、苛立ちを隠そうともせず地団太を踏むように地面を蹴りました。背負った大剣を手に持ち構えてきます。
「くそ! なんで分かった!?」
「なんででしょうね?」
私は二振りの愛刀を抜きました。
何人もの魔族の首を狩り取った両刃のショートソード。
男の問いにはまともに答えず受け流します。
臭いに加えて気配まで消して接近してきてる時点で怪しかったですからね。それも囲むように動いているならバレバレです。
尤もこれだけ距離を取ってるなら見つからないだろうと高を括っていたのでしょうが。
それでもパーティーの窮地に何度か役立った私の五感は欺けなかったようです。
この距離からも気付かれる程度なら低レベルなのでしょう。ですがご主人様に油断はするなと教えられています。戦闘態勢に入り気を引き締めました。
「十数人といったところでしょうか」
恐らくは14人程。
私のステータスによって強化された嗅覚は容易く賊の人数を導き出します。
「ああ、隠しても無駄か。くくっ、武器を捨てて大人しくするってんなら優しくしてやるぜ? 女日照りだったからなぁ! 相手してくれよ、英雄ノア様よぉ?」
「お断りさせて頂きます。私がこの身を許す御方はただ一人だけですので」
「あ? 魔王と相討ちになった勇者の事言ってるのか? わざわざ魔王倒したって俺らみたいな悪党はいなくならねぇんだよ!! 無駄死にご苦労様ってか? ぎゃははははっ!!」
刹那、私は地を蹴りました。
男が目を離したわけではありません。ご主人様曰く、私の全速は本当に煙の如く消えるのだそうです。
私は自身の瞳が描く深紅の残滓を追っているであろう男の背後に周ります。
音もなく首を一閃しました。
「――は?」
ずるりと崩れ落ちた男を見て何の感慨も湧きません。
これまで幾度と死線を潜り抜けてきたのです。この程度に今更心は動きません。
身を翻します。これにより返り血の一滴すら浴びることなく私は次の動作に移ります。
私は確かに勇者パーティーの中では補佐役です。戦闘能力も一番低い。
ですが――
だからと言って盗賊の10人やそこらに襲われた程度で揺らぐようなものでもありません。
囲んでいた残りの賊の気配が動揺によって揺らいでいます。
当然そんな隙を見過ごすほど甘くはありませんよ。
しかし、先ほどの男は言っていましたね。わざわざ魔王を倒しても悪党はいなくならない。ですか。
なるほどそれはそうかもしれません。
「ならば私がご主人様のやり残したことをしなくてはいけませんね」
ゴミ掃除です。
◇
「ま、待て! 待ってくれ! 俺は ぁ ぉ っ 」
その言葉を最期に残った一人が崩れ落ちた。
体から離れた首は今も何が起こったのか理解できていないようです。そしてその数秒後に男の瞳は光を失ったのでした。
「ふう、これで14人。ピッタリですね」
不意に周囲を見渡します。
これはもはや癖と言ってもいいのでしょう。何かを成した後には無意識に自分の主を探してしまう。
いつもみたいに褒めてもらいたくなる。
『よくやったね。ノア』
頭を触った。また撫でてほしかった。よくやったと褒めてもらいたかった。
しかし、そんな安らぎを与えてくれる存在はもうこの世にはいないのです。
私の胸に去来するのは心を埋め尽す息苦しい程の虚無と寂寥感。
「……さて、少しばかり遅れてしまいました。ご主人様をお待たせする不敬などあってはなりません」
短刀の血を振り払って、再び先ほどの場所へと戻ります。
自分で自らの首を切ることもできるのですが、そこはやはり私も一人の女の子として、体に傷をつける行為は抵抗がありました。
無論いつも身綺麗にもしていました。
結局私の体を見て頂く機会はありませんでしたが……
「……ッ!」
立ち止まった。いつの間にか陽は落ちていましたが、それでもこの距離で”人の気配”に気付かないわけがありません。
戦闘の余韻で感覚は鋭く研ぎ澄まされている。だというのにここまで近づかれるのは本来ならありえないこと……
自分の未熟さに自嘲しました。
もう一人いましたか。こんな様ではご主人様に笑われてしまいますね。
「あ」
不審人物はこちらを見て声をあげる。細身に外套を纏っているので分かり辛いですが声から判断するに男性のようです。
顔は肌を見せないフルフェイスマスクを装着しているので判断できません。
ですが、敵に見つかった程度で声を出すのはいくら強者といえど迂闊としか言いようがないですね。
わざわざ自分の情報をこちらに伝えてくるなんて愚の骨頂です。
私は瞬時に背後へと回り込み、その無防備な首に向け短刀を振り下ろしました。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます