第7話 あ、これ気付いてないな
部屋にノアが居ないことを確認した僕はすぐさま彼女の足跡を追った。
手当たり次第に聞いたことで何人かの人間からそれらしい証言を得ることができた。
「ノア? 英雄ノアのことか? 今朝荷物まとめて出ていってたぜ?」
「ああ、ノアちゃんなら少し前にロープ買っていったぜ。何に使うんだろうな?」
「ノアさんは森に向かわれましたよ。ですがもう陽も落ちますので王都から出るのはお勧めしませんが……」
い、嫌な予感しかしない。縄持って夜に森って……
スキルを全開にして東の森。駆け出しの森とも揶揄される場所へと向かった。
あそこに出てくる魔物は弱い魔物ばかりだ。強い魔物でウルフくらいだろうか。
「くっ、どこだよノア!」
声を荒げる。
気配を探ってもこの周囲にはいないのか人の痕跡などはなかった。
「もっと奥? でも何の手がかりもないんじゃ行き違いになったりとか……ああもう! 本当にどこだよノア!」
そうして進んでいくと僕でもほとんど来たことがないくらいの奥の奥へとやってきた。
山肌が風化したせいで露出した岩壁に囲まれている。ここで行き止まりか……ってことは別ルートか?
僕はもう一度辺りを見回した。
「え……」
血の気が引いた。たぶんこの世界に来てから1、2を争うくらい嫌な予感を感じた。
視線の先。そこの樹木が立ち並ぶように生えた場所に縄がぶら下がっているのを見つけた。
先端は輪の形になっていて、完全に自殺現場によくあるあれとしか思えなかった。
最悪の事態を想像した。
そこに駆け寄る。隠密も解除して周囲の気配を探った。
しかし反応はなかった。
「ライト」
光の初級魔法。パッとその場に明かりが灯った。50cmほどの光の玉が宙に浮かぶ。
込めた魔力は少ないためこのライトの持続時間は数秒程度だろうか。それでも確認だけなら十分だ。
だけど周囲を確認するけど、人の影はない。ノアもいない。
加えて陽もほとんど落ちているため明かりはなく辺りは薄暗い。
(いっそ大声で叫んでみるか?)
この際ノア以外の人間に勇者の生存がバレても構わない。
そんな些細なことよりノアだ。最悪の事態になるよりかは全然……
僕はもう一度仮面の留め具を強く留め直した。
仮面のおかげで声変わってるし、人に聞かれても大丈夫だよね。
気配探知でもいいけど声出した方がノアには届きやすいんだよね。優れた感覚器官を持つ獣人ならではの特性。
今度は息を吸い込み大声でノアの名前を――
「あ」
彼女は拍子抜けするくらいあっさりと姿を現した。
銀の毛並みが美しい獣の耳と尻尾。黒を基調としたフリルのあしらわれたメイド服。
可愛らしく整った見慣れた顔のパーツ。年下ながらも女の子らしい丸みを帯びた体。
戦闘があったらしく彼女は愛用していた両刃のショートソードを抜いていた。そこからは誰の物なのか血が滴っている。
安堵した。
なんかちょっと泣きたくなるくらいホッとした。
僕は再会を果たしたノアに声を掛けようとして気付く。
フルフェイスの仮面。茶色いウィッグに、声も変えている。
アイテムによって自身の体臭すら消えていて、加えて外套なんて羽織っちゃったりしてるから体格さえも分からない。
しかもトドメにこの暗闇。
あ、これ僕だって分からないかも――
「っとぉう!?!?」
即座に屈んだ。頭上を命を刈り取らんとする凶器が通り抜けた。
背後でノアが息を呑む。
今絶対殺そうとしてた!? 死ぬところだった!
「ちょ、待っ」
眼前ギリギリ。剣先が空気の膜の一枚上を掠める。
声を出す暇さえもない。
高速の体捌きから繰り出される超高速の剣戟。気でも抜こうものなら一瞬先には本当に死ぬと思わせられる殺気。
距離を取っても追従してくる。まるで斬撃にホーミングされてるかのような気分だ。
「賊のくせに強いですね。私の主ほどではありませんが」
「そりゃどう――っ!」
喋りながらも攻撃の手は緩められない。
僕ほどじゃないって言われてもな……
というか案の定、彼女は仮面の男=僕だと気付いていないようだ。
(確かに僕まだスキル使ってないし、そう思われても仕方ないのかな……)
けど……
(ちょっと速くなった?)
そういえば魔王戦以来彼女の戦いは見ていなかった。ノアもレベルが上がったんだろうか?
こんな時だけど脳裏に過ぎるのは魔王討伐の旅路だった。
ノアと戦うのは本当に久しぶりだ。
戦闘訓練だろうといつも僕と戦うのを嫌がってたっけ。この子も大概過保護だったからな……
獣化を使ってないノアの攻撃は僕の回避能力の数段下だ。
僕は僕でスキルを使ってない。目も慣れてきたしまだ余裕があった。
魔族との戦いに比べたらお遊びみたいなものだ……けど、どうしよ。ちょっと楽しいかも。
不謹慎にも妹的存在の成長についつい笑みが零れ出る。
ノアはそんな僕に違和感を感じたのか訝しそうに眉をひそめた。
「不愉快ですね。何が面白いんですか?」
おっと、怒らせてしまったらしい。
さらに鋭さを増していく剣戟。
その動きはまるで吹き荒れる嵐の如く。
けど、このままやられっぱなしでいるわけにもいかなかった。獣人であるノアの体力はかなり高い。たぶんこの動きを続けてもしばらくは疲労を見せないだろう。
僕はノアの剣の腹を叩いて弾く。ノアの動きが僅かに乱れたその瞬間――僕は目を瞑った。
「ライト」
「――――ッ!?」
初級魔法といえど僕の魔力を込めたライトはそれなりに強い光を発する。
この暗闇に慣れた目にはさぞ眩しく映ることだろう。
ノアは数秒間視界を奪われる。
視界を奪われる危険性を当然理解しているであろう彼女は慌てて距離を取った。
だけど隙は隙である。その間に体勢を立て直す。
「っとと」
さっきみたいな騙し打ちはもう喰らわないだろうね。
でも一度で十分だった。
次なる攻撃の動作。ノアは腰を僅かに落とした。
あんまり使いたくなかった手だけど……緊急事態だ。仕方ない。
僕は彼女を見据えて言い放つ。
「ノア、”命令”だ」
「え」
追撃はやってこなかった。ノアはピタリと動きを止める。
代わりにまるで現状を信じられないような顔をしていた。
「”僕に対する敵対行動を止めるんだ”」
ガクン! とノアは上体のみを揺らした。しかしその足は地面に縫い付けられたかのように動かない。
ノアが奴隷だった頃の名残だ。なぜか奴隷としての身分から解放されないことを望んだ彼女は僕が命令だと口にすればどんなことにも逆らえない。
といってもこれを使うのは本当に緊急時だけだと決めているけど。
なんにせよだ。これでようやくゆっくり話せそうだ。
僕はまるで幽霊にでも出会ったかのような顔で動きを止めているノアの前で仮面を脱いだ。
「久しぶりだね」
彼女はその赤い目を見開き放心したように唖然としていた。
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