第9話 今後の方針
なるほど、宿を出てたならそりゃそうだよね。
だけど、皆も有名になったことでこれから多忙になるだろうとは思ってたけどさ。
まさかうたた寝気分で寝たら一週間も経ってて、しかもその間にこの国の話題の中心になってる英雄様たちが王都からこんなに早く出て行ってるとは想像できないよね。
「明日の荷物はまとまった?」
「はい!」
あの後、僕たちは急ぎ王都の宿屋にどうにかして泊まらせてもらえた。この時間に空いてる宿屋は少なかったけど見つかって良かった。
二人部屋だ。男女が共に泊まるには問題がある気もするけど、1部屋しか空いてなかったから仕方ない。ベッドも二つある部屋みたいだし大丈夫だろう。
ノアとは今までに何度か同じ寝床で寝ている。勿論変なことはなかったし、これからもするつもりはない。
そこは彼女にも懇切丁寧に説明して信用してもらっている。今まではなあなあになっちゃってたけど、改めて言葉にしておいた。
「……そ、そうですか」
乾いた笑みを浮かべられた。心なしか尻尾もへにゃっとしてがっくりしている。
完全には信じてもらえてないようだ。
うーん、ちょっとショックだけど信用を勝ち取るのはこれからの行動次第ってことだね。頑張るよ。
「じゃあこれからの方針を改めて確認するよ。覚えてる?」
ノアを見ると即座に切り替えたようで物覚えの良い彼女は凛とした返事を返した。
「ご主人様がこの世界にいることを悟られずに他の3人と接触する。ですよね?」
正直この国の王族ってそこそこゲスい思考回路してるからね。生きてることを知られたらどうなるか……暗殺者なんて雇って監視してたことからもお察しだろう。
召喚されたばかりの頃にどれだけあの人の命令で過酷なことをさせられたか……
最初はそれでも僕の身を案じてくれてるから敢えて厳しくしているって思ってたけど「死んでもいい。次がいる」みたいな陰口聞いちゃったときは、絶望すら感じたし。
というわけで僕の事を心配してくれているだろう皆に生存を知らせることが今回の目的になる。
僕としてはもう危ないことはせずに平穏無事に生きたいんだ。
農村とかで畑耕して、お嫁さんもらって、家族でのんびりとスローライフ。
魔王討伐の旅の時からどれだけ憧れたことだろうか。
ちなみに僕がこの夢を語ると皆はやたらと真面目に聞いてくれたっけ。悪い気はしなかったな。
アイなんて興味を持ってくれたのか『作物の育て方』なんて本を買ってたし、ルーシャは「そ、それなら私の里に来なさいよ!」だっけ? 貰った土地の一部を提供してくれるってことなんだろう。本当にいい子たちだよね。
エリスとノアは二人で必死にメモまで取って……勤勉だなと感心したものだ。
おっと、話が逸れたね。
「変装道具も用意してあるよ。好きなの使ってね」
「はい」
僕の事は勿論だけど、ノアにも素性を隠してもらおうと思っている。
なぜかというと僕たちのパーティーの皆は今四英雄だなんて呼ばれてて、目立つことこの上ない。
そんな彼女たちと仲の良い仮面を被った謎の男。うん、怪しすぎるよね。
僕と結びついてもおかしくないと思う。
「偽名はどうする?」
「ご主人様は【クロ】なんですよね?」
「うん」
「では私は【シロ】にします」
ということらしい。
「皆がどこに向かったかは知ってるんだよね?」
「はい、簡単にではありますが目的地は聞いております」
聞いてみたところ見事に全員ばらけていた。
ちなみにこの世界に通信機器などの魔道具は一般的にはほぼ普及していない。
国が1個か2個持ってるかどうかくらいで、一般人には手が届かないお値段なのだ。
だからこそわざわざその場に足を運ぶ必要があるわけだ。下手な通信手段では情報漏洩が怖い。
「最初は誰を?」
「アイ一択だね」
ノアが「む……」と、頬を膨らませた。
「どしたの?」
「な、なぜアイさん一択なのでしょうか? 何か特別な理由が?」
ああ、そうか。謁見の時に僕がいたことは知らないんだっけ。
アイが僕と同じ場所で死にたいと言っていたことを僕は聞いている。
だからまずは早まりそうな彼女なわけだ。
最初はまさかさすがに……と思ってたけどノアの話を聞くと冗談じゃなく思えてきたんだよね。
早めに合流したいところだ。僕のことに責任を感じる必要なんてないんだから。
ノアはなぜか安堵していた。
……なんで?
「というかノア! これでも僕怒ってるんだよ? 自殺なんて駄目だよ。そりゃ心配かけたのは悪かったけどさ!」
「ひゃわっ、い、いひゃいれふ、ごひゅいんひゃあ、いひゅ」
ノアの頬っぺたを軽く抓って上下に揺らした。
僕の後を追って死ぬなんて駄目だ。それはさすがに許容できない。
というかノア柔らかいな。ムニムニすべすべだし。あ、何これ気持ち良い。
しばらく夢中になるけど、すぐに我に返った。
涙目になったノアが頬を擦りながら恨めしそうにしている。
「うぅ、痛かったです……戻らなくなったらどうするんですか」
「その時は僕が責任とるから大丈夫だよ」
「えっ!?」
冗談交じりに返しておいた。
それより早く寝ないとね。
明日は僕たちも早朝から北東に向かう馬車を探すんだから。
アイが向かった場所をもう一度反芻して口にする。
王都と魔族領の間にはいくつもの村や街が存在する。おそらくはその中のいずれかを中継して向かうはず。
その中でも必ず通らないといけない確定したルートが存在していた。
「目指すは【冒険都市カルディア】だ」
「あの……」
「ん?」
「も、もっと引っ張ってくれても、いいというか……不出来な奴隷にお仕置きは必要と言いますか」
……ノアは被虐性癖があったのか。
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