第4話 やばい、寝坊した




 まず皆の事は放ってはおけない。

 僕は再び隠密で姿を消して彼女たちを追った。

 意外にも全員すぐに見つかった。どうやら国内でも有名な宿に泊まるらしい。

 うんうん、皆女の子だからね。防犯設備がしっかりしてる【銀の小鳥亭】なら安心だ。

 だけどそうなると僕も入れないことになるけど……

 誰か一人にでも伝えれたならそこからは皆に伝わると思うんだけどなー……

 銀の小鳥亭は有名どころなだけあって人の出入りが多い。

 受付の人も忙しそうだ。


 ちなみに彼女たちを見張っているのはどうやら裏の人間らしい。

 レベルは40~60とそこそこ高いけど、僕の敵ではないな。僕レベル300オーバーくらいあるし。

 魔王倒したら爆上がりしたんだよね。あんなに経験値貰えるんだったら報酬としては悪くなかった。


 ん? なら見張ってる奴ら倒せばいいんじゃって? それは早計だよ。

 こういうのは大抵定期連絡だったりしてる場合がほとんどだ。

 となると連絡が途切れたら、そこから、じゃあ誰が? って話になって僕に行きつくかもしれない。

 そしたらもうこの国を相手取るか、逃げて山奥でビクビクと怯えながら仙人のような暮らしをするしかなくなってしまう。

 それは面倒臭い。そもそも見張ってるのは一時の気の迷いで謀反を起こす心配がないかを調べるためだ。

 今皆の名前は国中に知れ渡ってるからね。発言力もある程度あるはず。早まった真似をされると困るんだろう。

 確かに今の彼女たちの様子を見ていると色んな意味で早まったことをしそうに思える。

 存在を知らせるか、あるいは監視がいなくなるまで様子を見るか……


 しばらくあれこれ考えていると「そうだ、手紙はどうだろうか」という結論に至った。

 迂闊な場所では渡せないけどこっそり懐に忍ばせておけば彼女たちもきっと見てくれるだろう。

 そうと決まれば早速書こう。

 宛名に皆の名前を書いて……あとは僕の名前だけど……そういえば皆が僕の冒険者名を考えてくれたっけ。

 これも懐かしい思い出。確か最終的にアイの考えてくれた名前に決定したんだよね。


 僕の髪の色が黒いから【クロ】。


 皆からは安直だって言われてたけど、僕としてはこのくらいシンプルな方がありがたかった。

 アイも得意気な顔してたな。

 あの時はアイの頭をついつい撫でちゃったんだよね。先延ばしにしちゃってたけどこれもちゃんと謝らないといけない。

 振り払いはされなかったけど、内心では嫌がっていたと思う。女の子にそんな簡単に触っちゃダメだよね。

 メンバーたち全員が何故が熱を込めてこっちを見てきていたのには参った。皆も咎めようとしてくれたんだろう。

 アイが顔を真っ赤にして何か言ってたけど呂律が回ってなくて面白かった。ごめんごめん、次会った時にちゃんと謝るからさ。

 結局街に紛れ込んだ魔族のせいで冒険者云々は有耶無耶になっちゃったけど、それでもこの名前なら皆も気付いてくれるだろう。

 そうして僕が本題を書き記そうとしたところでふと気付く。


 変装してこっそり接触という手も捨てがたい。

 ウィッグと仮面は持ってたはず。正体がバレないようにという一種の護身アイテムだ。

 僕は銀の小鳥亭よりもワンランク落した宿の部屋を一週間ほど借りた。

 本当は銀の小鳥亭にしたかったんだけど満員だったよ。


「ウィッグと仮面はよし。手紙もあとで銀の小鳥亭に渡しに行こう」


 まあ、それはさておき。

 気になってたことを実行する。

 僕は装備を脱ぎ捨ててベッドにダイブした。


「あー! 久しぶりのベッドだー!」


 ちょっとくらいだらしないことしてもいいよね。

 なんせ魔族領周辺は宿なんてなくて野宿が当たり前だったからね。

 寝具がこれほどありがたいものだとは……


「ん……」


 さっそく睡魔がやってきた。

 魔王戦から強制送還を偽装して遠方に飛ばされてからどうにか王都に帰って……思えばロクに睡眠もとってなかった。

 これは抗いがたい。

 身動ぎを一つすると、僕はそのまま強烈な睡魔に身を任せるのだった。





 コンコンッ


 扉をノックする音で僕は微睡から目を覚ました。

 長い時間寝ていたせいで体が凝り固まっている。体を伸ばすと小気味良い音が関節から鳴った。


「夕方……もうそんな時間なんだ……」


 目を擦り窓から差し込む夕日を眺めた。

 となると5、6時間は寝たことになるのだろうか。

 思ったよりは少なくて良かったけど、パーティーメンバー達のことが気になっていたことを思い出す。


 コンコンッ


 寝てる間に盛大にズレたようで、黒と白が混ざったフルフェイスマスクはベッドの下に落ちていた。

 ノアがたまに僕の布団に潜り込んで来てたことを思い出す。

 彼女は寂しがり屋だからね。人恋しくなることが多いのだそうだ。

 でもそれなら同性のエリスの方が良かったんじゃ? とも思う。まあ頼られるのは嬉しいから口には出さなかったけど。

 当然だけど毎回何事もなく朝を迎えてるよ。僕を信頼してくれてる妹のような存在に手を出すほど鬼畜じゃないからね。

 ただあの時のノアは何故か不満そうな顔をしていた。なんでだろ? 僕の寝相は意外と悪いのかな……寝てる間の事だから分からない。

 皆からは本当に何もなかったか問い詰められるし、そんなに信用なかったんだろうか。


 コンコンッ


 おっと、物思いに耽るのは後回しだ。

 僕は慌てて仮面を付け直した。ウィッグもずれていたので被り直す。


「はーい!」


 夕食かな? 起こしに来てくれたんだろうか。

 僕は気付かなかった。このノックは夕飯を知らせるものではなく、僕の安否を心配するものだったということを。

 魔王との戦いの疲労は思った以上に蓄積していたらしく……

 自分がまさか7日間眠り続けたという事実に気付いて驚くのはこの後すぐの事であった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る