第11話 狂戦士アイ
「ああ、いやすまんな。わざわざ初対面で話すことでもなかったの」
そう言って会話を打ち切ったノエル。いや、出来れば教えてほしいところだ。モヤッとする。
そりゃ出会う人皆助けてこれたわけじゃないけど、もしかしてその中に知り合いでもいたんだろうか?
あるいは命を奪ってしまった人の中に誰か大切な人がとか……うぅん、もしそうなら罪悪感を感じる。
「勇者の人達と何かあったんですか?」
「うむ、まああったんじゃが……今のは口が滑った。すまんが忘れてくれ」
ノアがこちらを見てくるけど、僕は首を振った。
下手な行動はしない方がいい。機があれば聞くけど正体がバレたら面倒なことにもなりそうだし。
「む、そろそろ出発のようじゃ。行くとするかの」
そう言って腰を上げて馬車へと向かうノエルだった。
しかしノエルか……うーん、名前も聞いたことがない。
「聞いたことある? 恨まれる心当たりがないんだけど」
「いえ、私もですね。そもそも竜人族を見る事さえ稀なので」
「だよね」
いくら考えても答えは出なかった。
そうこうしてるうちに馬車が出る。
僕達の旅はその後も、何事もなく順調に進むことになる。
何度かノアとの仲を勘繰られたり、その度にノアが大慌てで咽返るといったハプニングはあったものの他の問題はなく。
カルディアまであと数日はかかる旅はこんな感じで過ぎていくのだった。
◇
冒険都市カルディア。
とあるギルドの経営する酒場にて――
「お、お客さん、飲み過ぎじゃないですか?」
アタシは酒場の樽の中身を飲み干した。
ぶはぁ! と大きくアルコール臭い息を吐いた。
声を出して次の樽ジョッキに手を付ける。
「うるせー。次持ってこい。まだまだ飲み足りねーぞ」
遠巻きにアタシを見る客のやつら。
その中にはアタシの体を舐め回す視線もあって……不愉快だった。
いつからか気にならなくなってたこの視線。
ふざけんな。アタシの体をそんな風に見ていいのは一人だけだ。
ムシャクシャする、イライラする、癪に障る。ああ……ムカつく。
何よりも周りに八つ当たりしそうになってる、そんな自分自身にムカついた。
アタシの名前はアイ。勇者パーティーなんてのに入ってた。
別に名誉だの栄光だのなんてのはどうでもよかった。
ただ『強い奴』と戦える。それだけのはずだったんだ。
レンヤと初めて出会ったのは迷宮都市だったか。
冒険都市カルディアのさらに先。魔王城と王都の丁度中間くらいのところ。
強いやつを探してた。理由は単純にアタシが戦いたかったからだ。
アタシは子供の頃から腕っぷしが強かった。男に混ざってチャンバラごっこしたりな。
おままごとなんかよりも強くなることの方が有意義に思えたし、男と遊んでる方が楽しかった。
ジッとしてるなんて性に合わなかったし。
けど、不満もあった。いつからか男はガキだろうと大人だろうとアタシの体をやたら見てくるようになってきた。
意外と視線ってのは分かり易いもんらしい。
それは一番仲のよかった幼馴染も同じだった。
発育? っていうのかね。胸なんかもガキの癖してやたらと膨らんできて邪魔だったしな。
それが理由だったのかは分からねーけど、一度小汚いおっさんに襲われかけた。返り討ちにしてやったけどな。
んで強くなりすぎた。オークなら片手で倒せるくらいにはな。
そんなことをしてたから友達はいなくなってた。いつも一人で魔物を狩ってたよ。
仲のよかった奴に声をかけたら小さく悲鳴をあげられた。そういえば木の枝で骨折させちまった時からやけによそよそしくなってた。
謝りに行ったけどあいつの親は会わせてくれなかったんだよな。
アタシが男をどうとも思わなくなったのはこの頃からだった気がする。
弱いし、汚いし、なにがいいんだろうな?
村で退屈になったから15歳の成人の儀を機会に村を出た。
それで適当にぶらぶら旅してたな。
それでよ、迷宮都市に辿り着いた時に思いついたんだ。
『アタシに勝てたらなんでも言う事を聞く』って言ったら人が集まるんじゃねーか? ってな。
アタシの考えは正しかった。
そんなことを言うだけで迷宮都市の荒くれ者が面白いくらいに集まってきた。
興味はなかったが、これでも容姿は良い方だ。下半身に脳みそついてる馬鹿どもが連日挑んできたよ。
これまでこの脂肪の塊に苦労させられて来たんだ。ちょっとくらい役立ってもらわないとな。それにいつまでも男の視線にイライラさせられるのも癪だったからな。
荒療治みたいなもんだ。実際少しだけど耐性みたいなのも付いてた気がする。
だけど結局アタシが負けることはなかった。
いつからか二つ名? みたいなのもつけられてた。
――狂戦士。
なるほど、悪くない。戦い以外に興味はないが気分はよかった。
そんで暴れ回った。馬鹿みたいに強いやつ探して戦った。
それでも常勝無敗のアタシに挑む奴は次第にいなくなっていった。
勘違いした冒険者ってのは大体どこにでもいるけど、勝ち過ぎたらそれさえもなくなるらしい。
退屈だし他のところ行くかな。なんて考え始めた頃だ。勇者様とやらの噂を聞いたのは。
アタシが負けるとは思わないが暇つぶしにはなるだろう、くらいの気持ちで勇者に声をかけた。
これがアタシと勇者ヤカガミ・レンヤの出会いだ。
何の捻りもないだろ? アタシも大して期待してなかったしな。どうせすぐ忘れることになるだろうって思ってた。
だってあいつひょろひょろなんだぜ? 女のアタシだってもう少し筋肉ついてたぞ。
勇者って言うからどんな筋肉達磨かと思ったが、期待外れだった。
本気を出すまでもないなって思ってた。
そしたらあいついきなり説教なんてしてきてよ。
『女の子がそんな簡単に言うことを聞くなんて言っちゃだめだ。親からもらった体は大切にしないと』
だのなんだの。
ムカついたけどアタシのことを心配してくれてるんだって分かった。そういう人の感情の機微には敏いんだ。だからすぐ分かったよ。
不思議とそこまで悪い気はしなかったけどな。
『じゃあお前が勝ってアタシに言うこと聞かせてみろよ』
で、気付けば負けてた。
笑えるくらいあっさり負けた。
意味が分からなかった。負けた後に空を見上げるなんてのはアタシには関係ないことだと思ってた。
わけわかんねー。
イライラした。無性に血が熱くなった。
『も、もう一回だ!』
レンヤは絶対に断らなかった。
アタシが挑んでくるのを楽しんでるみたいな顔してたのが余計にアタシをイラつかせた。
で、馬鹿みたいに戦いまくった。たぶん10や20じゃきかないくらい戦ったな。
倒れてるのは毎回アタシ。レンヤは得意気な顔をして『またやろうね』だとか言ってくるんだ。
で、いきなりだったけどよ。宿で酒飲んでたら話しかけてきたんだ。
『そういえば言うこと聞いてくれるって話だよね』
ニヤリと笑ってレンヤは言ってきた。
いや、アタシだって忘れてたわけじゃねえ。ただなあなあになってたし、こいつも止めてくれてたからノーカンだと思ってた。
自業自得ではあったけど内心では少しがっかりしてた。こいつも結局アタシのことそういう目で見てきてたのかってな。
『僕達の仲間になってよ』
拍子抜けした。
体目的じゃなかったんだなってな。
少し残念に思ってる自分に気付いて焦った。いやいや、確かに男なんて弱いから興味ないとは思ってたけどよ。
だからって、負けただけで惚れたのか? チョロ過ぎだろ。我ながら馬鹿馬鹿しいと思った。一時の気の迷いだろうってその時は気にしなかった。
それがパーティーに加入した経緯で理由だ。
それからは新鮮だった。
レンヤと聖女様に加えてエルフもいた。しかもメイドもいるとか聞いたことねーよ。
こいつら本当に勇者パーティーなのか? って疑ったな。個性ありすぎてよ。
特にルーシャのやつとは何度か言い争いになったな。
それをレンヤが慌てて仲裁して、その後をエリスとノアがフォローするのがいつもの流れだった。
ただ、全員強かった。
特にレンヤは群を抜いてた。
普段はなよなよした優男のくせによ。
それでよ。一度水浴びしてるところに出くわしちまってな。慌てて後ろを向いたけど見えちまったんだ。
レンヤの体は傷だらけだったよ。
傷が重なり合って薄っすらと変色した皮膚。
細い身体の下で異様に発達した筋肉。
なのにあいつは泣きごと一つ言わずに勇者なんてしてるんだ。
困った時は助けてくれてよ。困ってる奴は絶対に見捨てないんだ。
戦うことしか考えてなかった自分のことが恥ずかしくなった。
『どうしてそこまでするんだ? 勇者なんてやらされてるだけだろ? いつか死ぬかもしれないんだぞ?』
聞いたのは心配もあったし、好奇心もあった。
そしたらレンヤはこう言ったんだ。
『僕は死なないよ。だって皆が守ってくれるからね』
本心だったんだろう。その顔には優しそうな笑みが浮かんでた。
信頼されてるんだって思った。
その時分かった。なんとなくだけどな。
アタシがなんでレンヤについてきたのか。
本気で嫌だったら断れたはずなんだ。こいつも無理強いはしなかっただろうしな。
こいつは良い奴なんだ。底抜けのお人好しだ。
少なくとも戦うことしか考えてなかったアタシを気に掛けてくれるくらいには。
レンヤの周りのやつらは本当に楽しそうに笑ってた。
だからこそすぐに理解できた。
レンヤと違ってアタシの周りには誰もいなかった。
最初はそんなことどうでもいいって思い込んでた。
けどよ。
いつの間にか誰もいなくなってたけど、それがアタシは寂しかったんだって。
今更ながらに自覚しちまったんだよな。
旅は危険もあったけど、やっぱり楽しかった。
全部こいつのおかげだ。レンヤがアタシを誘ってくれた。
遊びに誘うみたいに気軽にさ。
いつからか遊ばなくなった友達が「チャンバラしよう!」って誘ってくれるみたいによ。
親友ってのはこういうのを言うのかな、なんて思ったりしたな。
で、気付けば好きになってた。
い、いや、仕方ねーだろ!? だってあいつ少しでも危ない時には必ず守ってくれるしよ!
ほんとなんなんだよ。格好よすぎるだろ。
細身の癖に意外と筋肉もついてたんだ。腹筋も割れてたしな。
髪切った時なんてすぐに気付いてくれるんだ。似合わないと思って付けた魔道具のペンダントも『似合ってるよ』なんてよ。
料理も上手いし、アタシの事も変な目で見ないし、付き合いもいいし。
なんだあいつ完璧かよ。惚れない方がおかしいだろ。
よく見たら結構イケメンだったしな。
そこからはあっという間だったな。
無理に戦いたいとも思わなくなってた。なんか自分が自分じゃないみたいな感じで……
感情がコントロール出来なかった。
あいつと過ごせば過ごすほど好きになっていってた。
嫌な感じはしなかったけど、ムズムズした。
気の良い仲間だと思ってたやつを意識するのは恥ずかしかった。
男にジロジロ見られるのなんて嫌だったはずなのに、あいつがそういう目で見てくれないのはなんか嫌だった。
レンヤがいつか嫁さんと畑耕して暮らしたい。って言ってたから本も買ったよ。
恥ずかしかったからこっそり本屋に行ったんだけど結局あいつらにも見つかった。
『作物の育て方』ってやつ。
ルーシャのやつにはこれでもかってくらい揶揄われたな。
当然言い争いになった。
けど楽しかったな。いつまでも続けばいいとさえ思ってた。
なのに――
アタシは守れなかった。
レンヤは死んだ。
もうあいつはいない。
アタシのせいだ。アタシが弱かったから。
なあ、またなんか誘ってくれよ。
お前とならアタシはなんだって楽しいんだ。
また馬鹿騒ぎしようぜ。
こんなことなら戦いの前に想いを伝えてればよかった。
もっと努力すればよかった。
もっともっと強くなってればよかった。
後悔ばかりが浮かんでくる。
なあ、レンヤ。
本当に死んじまったのかよ……
すげー好きだったんだぜ?
アタシがわざわざスカートなんて履くくらいにはな。
あれだな、スカートってなんか落ち着かないんだな。たぶんあんなの着るの後にも先にもあれっきりだぜ?
慣れない化粧だってした。
それにだって気付いてくれたよな。嬉しかった……ありがとうよ。
本当に大好きだった。
(……なんでアタシ生きてるんだろうな)
好きなやつ一人守れなかった癖によ。
英雄だのなんだの言われても、ただ虚しいだけだった。
本当の英雄はあいつだけだよ。
アタシは樽ジョッキの底に残ったアルコールを一気に飲み干した。
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