第14話 絡まれるのはよくあることだ
時は少しばかり遡る。
それは勇者と獣人の少女がこの都市にやってくる前日のこと。
勇者パーティーの一人であったアイは一軒の宿屋で目を覚ましていた。
下着姿のまま寝ていたようで輝くような白い裸身が窓から差し込む陽の光を浴びている。
彼女は機嫌悪そうにまぶたを開けた。巨大な果実のような瑞々しい爆乳がぷるんっと揺れ動く。
おそらく王都中を探してもそう簡単には目にできない美女の寝起き姿は男が見れば思わず喉を鳴らすような光景だった。
「ぅ……痛ぇ……」
二日酔いだ。
あれだけ度数の高いお酒を浴びるように飲んだのだから当然といえば当然だった。
水を探してフラフラと起き上がる。すらりと長い健康的な美脚が床を踏み締めた。
(こんな時にエリスがいたら治してくれるんだけどな……)
とはいえこれは自業自得。彼女は手に持った水で喉を潤す。
アルコールが少しは薄まったことを期待するものの、頭の痛みは全く引かない。
彼女は気怠そうにベッドに潜り込み、もうひと眠りすることを決意するのだった。
◇
「あーまだガンガンする」
結局昼過ぎまで寝ちまった。
痛みは多少楽にはなったけど、まだ気分が悪い。
「おっ? おねぇさん別嬪さんだねぇ! ロックバードの串焼き一つどうだい? 今ならちょっとだけサービスしとくよ!」
声をかけられた。屋台のおっさんがアタシを見てる。
チラチラと胸元に視線が行くのを感じたけど無視した。いちいち気にしててもしょうがない。
このくらいはいつものことだ。
「アタシの事か?」
意外、って言ったらあれだけど、冒険都市カルディアでは自分の事を知ってる人間がいなかった。
正確には知ってる人間はいた。四英雄だのなんだのでこの都市のやつらが言ってるのを聞いたけど案外本人がいるってのは気付かれないもんなんだな。
王都では凱旋パレードの時に顔を見られてるから結構気付かれたけど。
そりゃそうか。アタシが仲間になったのはここからさらに先の迷宮都市だ。
今までカルディアには寄ったことがなかったし、顔が知られてないのも当然だ。
「10本くれ」
「お、気前がいいね。あいよ!」
串に刺さった肉を受け取る。
袋もつけてもらった。10本も持ち歩けないしな。
そんでしばらく歩いた。
冒険都市って言うだけあって冒険者の数は多いみたいだ。
ガタイのいい男や魔法使いみたいな恰好をしたやつだったりが結構いる。
皆笑ってた。良いことなんだと思う。
レンヤが言ってた平和な暮らしってやつに貢献できたんだと思うと誇らしくさえあった。
けど、その平和な世界にレンヤはいない。
あいつとは色々約束してたんだけどな……
王都ですげー美味い料理屋があるんだっけ? 連れていってくれるって言ってたよな。
簡単な植物の育て方とかも教えてくれるって言ってたじゃねーかよ。
ぷりんとかいう食べ物も作ってくれるって約束だったよな。あれ結構楽しみにしてたんだぜ?
(くそ……っ)
視界が滲んだ。
泣きたくなった。レンヤがいなくなった時に散々泣いたけど、まだ泣き足りない。
みっともなく大声で泣き喚きたいのを誤魔化すみたいに串焼きに噛り付いた。
「……ぐっ」
って、辛すぎるだろこれ。
あのおっさんどんだけ濃い味付けにしたんだよ。
絶対人気ないだろあの店。
だけど吐き出すのも行儀悪いし勿体ないな。
食料が尽きた時はもっと不味いもんだって食ってきた。
それに比べればどうってことねーな。
ていうか辛すぎて涙出てきた。
ほんとにこれからどうすればいいんだろうな。
浮かぶのはもうどこにもいないレンヤの姿だ。
あいつのことを考えてる時間が一番幸せで……そんで一番辛い。
(あ、やべ……ほんとに泣きそう)
涙腺が決壊しそうになった時だった。
空気が読めない奴ってのはどこにでもいるらしい。
アタシの前にオークみたいな筋肉達磨が突っ立ってた。その髭は伸ばしっぱなしにしているのかボサボサだ。
結構いい装備つけてるし、パッと見た感じそこそこ高ランクな冒険者なのかもしれない。
というかこのパターンか。最近ではあんまなかった。
懐かしいな。
英雄だの呼ばれるようになってからは目に見えて数が減ったし、何かあったらレンヤが前に出て庇ってくれた。
アタシは別にこのくらい平気だって言ったんだけど、やっぱり嬉しかった。レンヤの背中が見た目以上に大きく見えたっけ。
でも今はアタシ一人だけだ。
このくらいの奴等なんて相手じゃないはずなのに目の前にあの背中がないことが無性に心細く感じられた。
「おうおう、ねーちゃん。男にでも振られたのか? ちょっと付き合ってくれよ。慰めてやるからよ」
アタシは無視して通り過ぎようとする。
だけどそれをちっこい出っ歯の男が通せんぼしてきた。
ニヤニヤとアタシの体を見ていやらしく笑ってる。
無作法過ぎて思わず舌打ちしちまったよ。
女相手に二人掛かりとか……見た目と違って男らしくねーな。
「ひ、ひひっ、大人しくしてくれよ。あんたも気持ち良くなれるし、ふひひっ」
衛兵呼べば一発で捕まるぞコイツら。分かってんのか?
と思ってたら肩を掴まれた。路地裏に連れ込もうとしてるな。
大声で叫んだら終わりだと思うが……
もしそうなった時、足りない頭でどんな言い訳が出てくるのか気になった。
周りを見たけど皆知らんぷりだ。そりゃそうか。皆自分が可愛いのは当たり前。
傷付いてまで助けてくれる王子様は英雄譚の中だけの話だ。
どう考えたってあいつがおかしかっただけだからな。
「今なら許してやるけど?」
「ああ? 女の癖にこの俺に勝てると思ってんのか?」
いや、この俺って言われても知らねーし。誰だよお前。
どうすっかな。誰か衛兵呼んでくれねーかな。ああいや、それよりも手っ取り早いのは……
アタシは道具袋から金貨を取り出した。
……これだけあればいいかな。
「ほら」
金貨を投げ渡す。
男にぶつかって硬質な音を立てると地面に何枚か散らばる。
出っ歯がにたりと粘着質な笑いを浮かべてそれを拾った。
「ひひっ、ま、まだまだ足りないんだな。許してほしかったらあと10枚は寄越すんだなっ!」
「そうだぜねえちゃん? たったこれっぽっちの金で見逃してもらおうなんざっぶヴぉぁッ!!!!!?」
拳がめり込んだ。ぺきぺきって聞こえてきたのはたぶん鉄とアバラが砕けたんだろう。
男は出っ歯のチビを巻き込んで吹っ飛んだ。
大きな音を立てて転がりながら民家の隣に合った空樽に突っ込む。
木片が飛んできた。
「ぉ、ご……っ」
新品だったのか傷の少ない防具は大きく凹んでる。腰にぶら下げた長剣も歪んでた。ありゃもう使いものにならないな。
ちょっと強く殴りすぎたかな。急所は外したけど。
出っ歯のやつは当たりどころが悪かったのか痙攣してる。
だけどどうとも思わない。自業自得だ。
「治療と修理に使ってくれ。たぶん足りねーけど」
って、聞こえてねーか。
あとは勝手に触ってきた慰謝料ってことにしとく。
だけど注目を集めちまったみたいだな。かなり目立ってる。
衛兵は……いないな。
「……逃げるか」
基本冒険者同士のいざこざにギルドは不干渉だ。今回のことも馬鹿が馬鹿やってしばらく活動できなくなるだけの話だろう。
この二人組が笑いものにされても、それはやっぱりこいつらの行いのせいだ。
そう思った時だった。やたらとキラキラした装飾をつけまくったやつが声をかけてきた。
「おい、ちょっと待て女。名は何という?」
潰れかけたカエルみたいな男だった。上から目線の問い掛けにアタシの気分は更に急降下した。
しかも視線は露骨にアタシの首より下に向けられてる。すげー見てくる。舐め回されてるみたいだ。
ここまで分かり易いといっそ清々しいな。
というかこいつあれか。貴族だな。
一目で分かった。人を見下す嫌なタイプ。
駄目だ。一番苦手な人種だ。
「……めんどくせ」
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