第3話 生きてるというか近くにいる





 勇者を除いた勇者パーティーの4人を乗せた馬車はそのまま城下町を抜けて王城の方へと向かっていった。

 街は皆がいなくなってもまだ興奮冷めやらぬ様子でお祭り状態。この騒ぎはしばらく収まりそうにないな。

 国民の人たちの声があちこちから聞こえてくる。


「さすが勇者様のパーティーメンバーだな。皆クールだった」


 あれをクールで片づけていいんだろうか?

 い、いや。好意的に捉えられてるならいいことなんだろう。

 ちなみに皆間違ってもクールではない。良く笑顔を見せてくれる朗らかな子たちだ。

 しいて言うなら最初期の頃はそんな感じだったかもしれない。

 エリスは仮面のような笑い方だったし、ノアはどこか距離を取っていた。

 ルーシャは話しかけても睨み付けられるだけだし、アイは本当に怖かった。

 そんな彼女たちとの今の関係性は僕にとって間違いなくこの世界で最も価値のある宝物だ。


「無音の射手のルーシャ様はさすがの貫禄だったな。民の前でも笑み一つ見せない。誰にもなびかない凄みを感じたよ」


 いや、あの子結構コロコロ表情変わるよ?

 特に恋愛の話に弱くて、好きな人のことを聞かれると物凄い慌てっぷりで……あんないい子にあれだけ好かれる男が羨ましい。

 まあ、僕は出会ったばかりの頃に完全に対象外って断言されてるから可能性はないんだけど……うぅん、彼女を射止めた男はどんな人なんだろう。

 一度会ってみたいけど、絶対に教えてくれなかったんだよね。


「いやいや、やっぱアイさんだろ。あの鬼神の如き強さには惚れ惚れするぜ。どんな敵にも情け容赦なく切りかかっていくあの姿は最高だよな」


 実はアイって凄い優しいんだけどなぁ。

 出会った頃こそ怖かった印象があるけどね。僕が怪我をした時になんてエリスよりも早く駆け寄ってくれたことだってあるし。

 オロオロと涙を浮かべる彼女を見てこれまでの印象はこちら側の勝手なイメージだったんだって理解したんだよね。


「聖女様とノアちゃんは元気なかったけど大丈夫かな?」


「さすがにお疲れなんだろう」


 ああ、それは僕も心配だった。元気ないのは全員だったけど、比較的分かり易いのはその二人だったし。

 いつも元気に尻尾を揺らして懐いてくれるノア。

 おっとりしたお姉さんなエリス。

 二人がパーティーの最初のメンバーなんだよね。

 ノアなんて最初は近付いてすらくれなかったし、エリスも心の距離が凄かった。

 そう考えると感慨深いものがあった。

 

 しかし、どうしたものか……どうにか彼女たちと接触したいけど、彼女たちを見張ってる人間がいるみたいなんだよね。

 とりあえず僕も王城へと向かおう。

 隠密スキルがあるので見つかる心配はない。見張りを無視してそのまま城内へと侵入した。





「此度の働き誠に大儀であった」


「ハッ……」


 どこか気の無い返事で王様へに膝をつく勇者パーティーの皆。本当にどうしたんだろうか。さすがに国王に礼節は欠いてないみたいだけど覇気がなかった。

 それからも王様とのやり取りはどこか投げやりで、さすがに向こうも不審に思ったらしく眉を顰めていた。

 それを機敏に察知したのか国王様がフォローをいれている。


「勇者ヤカガミを失ったのは国王として、ルーブル国として何より悔やまれる」


 反応は顕著だった。

 エリスはその柔和な表情を悲しみに染め、ルーシャはその顔に深い後悔を滲ませている。

 ノアは今にも零れ落ちそうな涙を必死に堪えていたし、アイはこちらにまで聞こえてくるほど歯噛みしていた。

 って、これまさか本当に僕のせい……?

 僕まだこの世界にいるんだけど。

 うぅむ、どうしたものか。

 必死に頭を悩ませているといよいよ謁見も報酬の授与に移った。


「それぞれに望む報酬を与える。まずは聖女エリス」


 エリスは震えながらなんとか言葉を紡ぐ。


「お暇を頂けないでしょうか……勇者様が安らかに眠ることのできるよう弔わせて頂きたいのです」


「む、それだけでよいのか?」


「はい……」


 肩透かしを食らったような表情を浮かべる王様。物欲の薄い彼女らしいといえば彼女らしいけど……

 次いでルーシャ。彼女はエルフという種族が暮らせる土地が欲しいんだったか。

 エルフの里には寄ったことがあったけど手狭だったからね。

 その時にルーシャは皆に僕の事を婿を連れてきたって揶揄われてたっけ……これもまた懐かしいな。

 顔を真っ赤にして照れてたっけ。色恋沙汰に弱いことをこの時初めて知ったんだよね。チラチラと恥ずかしそうにこちらを見てきていたのが印象深かった。


「土地と……」


 と?


「勇者ヤカガミが使用していた物を頂けないでしょうか」


 ん? なにそれ?

 僕の私物ってことだよね。なんでそんなものを?


「む……? なんでもよいのか?」


「はい……」


 僕も首を傾げた。なんでもいいなら後であげてもいいんだけど。

 とはいえ声を出すわけにはいかないので黙っておいた。


 次にノア。


「私には……何も得る資格はありません……大切な御方一人守れなかった私には……何も……」


 ちょ、王様からの下賜をいらないですって……大丈夫? これ不敬罪とかに……ノアは元の身分が身分だけに心配だ。

 案の定宰相の人が何か言いたそうにしていたけど、ついにノアの瞳から大粒の涙が零れ落ちた。

 今にも消えてしまいそうなほど気配が揺らいでいる。

 場を気まずい沈黙が支配していた。


「……アイ殿は?」


 アイは確か自分より強い人と戦うために大々的な人集めをして欲しいんだっけ。

 それが無理なら切れ味の良い武器とか欲しいって言ってたな。

 戦い好きなアイらしい。こんな場面だけど過去の彼女の腕白ぶりに笑みが零れる。


「馬車を借りたい」


「む?」


 それは誰の声だったのか。分からないけど、僕の心の声と重なっていた。


「魔王城にもう一度行きたいんだ……」


 なんでもう一度魔王城に?

 あんな瘴気が蔓延してる所に聖職者も連れずに一人で行ったら体壊しちゃうと思うけど。

 何よりあそこにはもう何もない。今頃廃墟と化してるか、魔物の住処にでもなってるか。もしかして魔王の持ってたお宝でも隠されてるんだろうか?

 すると彼女は今にも消え入りそうな声で呟いた。


「レンヤと同じ場所で……死にたい……」


 ついには気の強いアイまで泣き出してしまった。

 それにつられて今まで耐えていたエリスとルーシャまで……


 謁見が終わり、報酬の授与も終わった。

 魔王のいない平和な世界で英雄たちが望んだことがこれなのか……

 彼女たちも退出したのを見て僕もこっそりと姿を現した。

 誰もいないから大丈夫だとは思う。ただ心配事は彼女たちだった。

 さすがに疑問を感じたから言うけどさ。


 あの……何か僕死んだことになってる?





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