第三章 幽霊令嬢と皇帝陛下と私③



(……おー、すごい、精霊達がそこかしこにいる)

 翌日は、あらかじめ聞かされていたとおり、皇帝陛下にえっけんするためにていじょうへとあがった。

 しかも! 閣下は私を迎えに来たせいで仕事が立て込んでいてえない、と伝言だけ残してすでに登城済みである。

 この仕打ちは婚約者としてはあまりにもはくじょうすぎやしないだろうか? 慣れない帝都で、しかも初登城で、皇帝陛下との謁見なのに一人で登城させるとかアリなんだろうか?

 ビビをめたかったのに、今日に限ってビビはなかなか出てこない。

(精霊が多いせいで、出てこないのかな?)

 えない人からすればさほど気にならないのかもしれないが、日常的に精霊にいたずらを仕掛けられる私からすると、帝城は、おどろくほど精霊がたくさんいる。そのせいで空気の密度がいように感じてしまうのだ。

(なるほど、さすが精霊によって建国された国の帝城です)

 気配しゃだんと認識がいを助長させるような呪をしたヴェールを使っていてさえも、精霊達がまとわりついてくる。

 彼らにとって、自分達を認識できる存在は特別だ。

 何もしなくとも加護をくれたりするが、それ以上に構ってほしくてちょっかいをかけてくるので要注意である。

(今は身につけているのが祭服でも聖衣でもないので、注意しないと!)

 いつもの祭服なら精霊達を遮断できるし、ほうぼうぎょてきにも安心なんだけど、今日の衣装はとにかくこころもとないのだ。

 下着類は加護のある自分のものだからいいとして、ドレスは違うので、魔法防御効果がまったく期待できない。

 自分で認識阻害の呪をほどこしたたよりないこのヴェール一枚が、かなり重要だったりする。



 ヴォリュート帝国の帝城は、初代皇帝の名をとってヴォライル城と呼ばれている。

 私はそのさいないかくへと続くちゅうろうを、先導のこのに従ってしずしずと歩いていた。

(登城して大広間で陛下と謁見したら、あとは閣下のしつしつへと向かうだけ)

 私は脳内で本日の予定を確認した。

 昨日のうちに簡単な城内地図で位置もしっかり押さえてあるから、万が一、案内の者や護衛に置き去りにされても目的地に行き着くことはできるだろう。

(まあ、これだけ精霊がいれば、案内には困りませんけどね)

 このヴォライル城のちゅうすう部分は、小高い岩山をまるごと利用してそのまま城に仕立てたもので、ドワーフ族といういにしえの土の精霊の血をひく人々の手を借りて造られたものだと言われている。

 今歩いているこの柱廊は、『こくびゃくかいろう』の名で呼ばれる城の名所の一つで、くりぬいたがんばんしっこくと、装飾として用いられている大理石の白さをいかした美しい装飾がなされていることで有名なのだと、来る時の馬車の中で教えてもらった。

(…………見れば見るほど不思議な造りの城です)

 岩山の一部をくりぬきそのまま城としているのだから全体的にうすぐらいのではと思いきや、てんじょうや壁やゆかの一部にどこからか光を通していて、内部は驚くほど明るかった。

 そこここに今ではまぼろしとなったけもの達のちょうこくや浮きりなどが飾られ、古くからのえんの良いしょうがさまざまな形で組み込まれている。

 千年帝国の国力をまざまざと見せつける品の良いごうしゃさは圧巻で、魔術的に言うならば、理想を体現したと言ってもいいようなのうみつりょくに満ちた空間が形成されている。

(う、写したいです! あの浮き彫りの図案、全部書き写したい! ……ちょっと待って、あの天井画のモチーフ! あれ、たぶん夜空に見せかけた魔法陣です。防御? いや、あれ、自動ではんげきが入るのでは? ええーっ、もっと近くで見たい!!)

 どこを見ても興味をそそられるものばかりで、ヴェールの下であちらこちらに目を奪われてしまう。

(…………待って! 待ってください、今の『ディウェミエリュネ写本』にあった魔法陣の一部では? え、そんなものが何で壁の紋様の一部になってるんです? ええっ、もう一度見たいです!! っていうか、なんで先に進まなきゃいけないの? 今日はもうここまででいいです! ずっとここにいたい!)

 私は、口には出せない分、脳内でだいぜっきょうをあげていた。

『グレス! うるさいっ!! しんみりと思い出にひたることもできないじゃないのっ!!』

 私ののうない絶叫にえかねたビビが出てきて、るくらいである。

(だって! だって! これ、すごいんですもん! さすが千年帝国! さすがそのかなめたる帝城です!!)

『あのね〜、皇国のこうぐうの方が、もっとずっとすごいじゃないの。私、本当に神がいるだなんて信じてなかったわよ…………貴女が一位司教になるまで』

 ビビが言っているのは、一位司教がそのせきさずかるために入る皇宮の奥のいんのことだ。あの場所には、神の実在が信じられるせきの光景が存在している。

(あれはただの奇蹟ですもん。こっちのがずっとすごいですよ!)

 私は心の中の興奮を隠せない。

『はぁ? 奇蹟よ? しょうしんしょうめいの神のわざよ? その方がすごいに決まっているじゃないの!』

(だってビビ、皇宮のあれは神の為したことにすぎません。でも、この城は人の手によって成ったものなんですよ…………精霊の御力をお借りしていたとしても、人が造り上げたものなんです。私はそれのほうがずっとすごいことだと思います!)

『……となりしばは青いってことかしらね……』

 頭の中でやや興奮したまま言葉を並べる私に、ビビが溜め息をつく。

『…………ねえ、グレス』

(なんですか?)

『貴女、ここの魔法陣やら何やらを使って商売しようとか考えてないわよね?』

(まさか! 商売なんてできないですよ、商人じゃないんですから……)

『そういう意味じゃなくて、売ったり……ようは、お金にえたりしないわよね? ってことよ』

(ああ…………しないです)

 いや、考えることは考えた。

 例えばそこのはなびしの吉祥がらを使ったを作ってみたらどうかな、とか……。すごいれいだし、それでいて実用性があるなんて最高だと思うのだ。

 だが、木版による印刷では効力がないだろう。そのうえ、あれを効力があるように正確に書き写せる人間は限られている。

 でもって、そういうのが一番上手いのは何を隠そう私だったりする────でも、それだと意味がない。

 私はお金が大好きだけど、る間もしんで護符を作りたいわけではない。

『本当に?』

 これまでの私の行いの何が悪かったのかはわからないが、ビビはうたぐぶかい。

だいじょうです! …………ほんのちょっと考えただけですよ!)

 私は胸を張って答えた。

『ちょっとは考えたんじゃない〜〜っ。グレスのバカ! グレスの魔法オタク! あなた、ここがどこだかわかってるの? 帝国の帝城よ! 千年帝国の玉座があるヴォライルなのよ! その守護の魔法陣を売り飛ばそうなんて許されないんだから!』

 選帝侯家のひめぎみだったビビからしたら許しがたい不敬なのかもしれないけれど、私としては他国なのでそこまで気にはならない。

(もし売ることになっても、そのまま外に出したりしませんから! そういうのは、ちゃんとかいせきして問題ないように調整してからです)

 皇国では魔術は共有知識だ。

 例えば、古文書から未登録の新しい魔術をはっくつする。それを一度登録すると、取得する人が増えれば増えるほど登録者にお金が入る仕組みになっている。

 これを考えたのはビビで、私が聖堂にていげんして制度を整え、現在は『特許制度』として管理されている。近年、皇国で魔術がとっても盛んになったのはこの制度のおかげなのだ。

『…………何よ、もしかして見ただけで理解できちゃったの?』

(幾つか、だけですけど…………護符とかお守りならすぐ作れそうだなって)

『あ────、もう、これだから天才はいやだわ! ねえ、グレス、お願いよ。帝国があなたと敵対しない限り、ここの魔法陣を売らないって約束して!』

(…………そのものじゃなければいいですか?)

 ビビに言われてあきらめるにはちょっと惜しいものがある。

『グレス!!』

(ここの防御がうすれるようなヘマはしません。……それに、そんな影響力のあるものは、そもそも外には出せないです)

 新種の護符のあつかいには細心の注意が必要なのだ。自分では思いもよらない使い方をされた時に対処ができないから。

『本当に?』

(ほんとです。……せいぜい、雨が降る前に護符の色が変わるとか、それくらいのものです)

『…………そんな魔術があるの?』

(水の精霊によってあそこの像の一つが動くようになっているみたいなんですけど、それの応用で色えができます)

 私がちらりと視線で指し示した像を見たビビが、はっとしたような表情をした。

(…………ビビ? どうしたの?)

『何でもないわ』

 ふいっとビビは顔をらし、それから何も言わずに消えてしまった。

 気配が少し遠ざかるような感じがしたから、どこかへ行ったのだと思う。

 最大きょを測ったことはないけれど、ビビは私から離れてどこかへ行くこともできる。

 ただ、ずっと離れていることはできない。前にものすごいけんをしたことがあったのだけれど、離れていられたのは丸一日がせいぜいだった。

(────ビビは、ここを知っているんですよね)

 昔、ビビの口から、千年帝国の帝城がどれほどそうれいで美しい建物なのかを自慢されたことがある。

 選帝侯家の姫君だったのだから、当然、何度も登城しているのだろう。

(……あれ? ということはもしかしたらここには、生前のビビを知っている人がいるのでは?)

 ふと、そんなことを思いついてしまった。



「姫様、お加減はいかがですか?」

 私の歩みがゆるやかになったことに気付いた付き添いのマラガしゃくじんが、私の顔をのぞき込んだ。閣下が用意してくれた美しいレースのヴェールしにその心配そうな表情がよく見える。

「…………問題ありません」

 私は小さな声で言葉を返した。

 どこまでてっていできるかはわからないけれど、あまり声を覚えられないように、発言もできるだけ最小限にしようと思っている。

(私、身代わりですからね!)

 前を歩いていた近衛騎士が私達の様子に気付いて、その歩みを緩めた。

「どうぞ、ご無理はなさいませんよう……お疲れでしたら、アーサーに運ばせます」

 マラガ夫人が、殿しんがりを歩くフィアリス選帝侯家の護衛騎士の方に視線をやる。

 閣下の部下の中で最もうでが立つという騎士だ。夫人と同じように心配そうにこちらを見ているので、私は問題ないというようにうなづいてみせた。

「ありがとう。…………頑張ります」

「本当にご無理はなさらないでくださいませ」

「はい」

 私はうなづき、べられた手におのれの手を重ねた。

 選帝侯家の姫君というのは、決して一人で歩いたりはしないものらしく、屋敷内であっても必ず手をとられて歩くことになっているのだという。

 ものすご〜くめんどうだけれど、マラガ夫人が手をとって歩くのがとても上手だったので、だんだん慣れてきた。

 マラガ夫人は、リルフィア姫の専属侍女、というかたきを持つ人だ。

 本来であれば女主人のお話し相手や付き添いを務める役割なのだけど、私……もとい、リルフィア姫がきょじゃくで領地の屋敷から出られなかったために、これまでは閣下のゆうひつである夫の補佐的な仕事をしていたらしい。

 帝都のお屋敷に私が入ってからは、身の回りのいっさいを取り仕切ってくれている。

(侍女けんお目付け役、といった感じかしら)

 家庭教師的な役割をになうことも想定されているようで、朝は朝食をとりながら、お茶や食事の作法などを一つ一つチェックしていた。

(…………ビビのおかげでまったく問題がなかったわけだけど)

 皇国と帝国は、国の成り立ちがまったく違うのに生活習慣や食生活などは驚くほど似通っている。

 作法にかんがあるほどの差がないから、覚えることもそれほど苦ではなかった。

 おかげでお屋敷の人達は、私が身代わりであるなんて誰一人思ってもいないようだ。

「…………到着いたしました」

 先導の近衛騎士が立ち止まったのは、天井まで続く大きな白銀の扉の前だった。

 ふわふわとただよう精霊達が、扉の前でこっちだよ、とでもいうように手招きしている。

「姫様、謁見の前にお水をお飲みになりますか? 帝城は陛下の御力でたされているせいで空気が濃く、初めていらっしゃる方はここに来る前にお加減を悪くされることも多いのです」

「大丈夫です、マラガ夫人。…………精霊達が多いのに少し驚いただけです」

 美しいレースのヴェールのかげで顔を伏せてそう言えば、不安げな顔をしながらも夫人はそうですかとうなづいてくれた。

 いっしゅん、余計なことを言ってしまったかと思ったけれど、リルフィアは『ヴィイ』だから、精霊が見えると言ってもおかしく思われないのだろう。

 それよりもマラガ夫人は、きょじゃくで知られた私が心配でならないようで、体調をすごくづかってくれる。

(本物と違って、私は虚弱でも何でもないんですが!)

「…………よろしいですか?」

 近衛騎士の問いに、私はうなづく。

 おそろしく重量のありそうな扉だったが、近衛騎士の合図を受けると扉の両側に立っていた衛士が軽々とそれを押し開いた。

「フィアリス選帝侯家ご令嬢、リルフィア・レヴェナ姫。ご到着〜〜」

 扉の内側に待ち構えていた黄色い制服のてんかんが、声を張り上げて私の到着を告げる。

 私は軽く一つ息をついて呼吸を整えると、夫人に手をとられて扉の中へと足を進めた。



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