第一章 私と幽霊と宰相閣下①


 カラコロと軽快な音をたてて馬車は走る。

 私の知る限り最上級にらしい馬車で、ずいぶんと居住性にもはいりょされている。

 車内はやたらと広く空間がとられていて、クッションもフカフカだったけれど、乗り慣れていないせいで、ただ座っているだけのことが私にとっては難行苦行にしかならない。 だから、どれほど車内環境が整っていたとしても、あまり意味がなかった。

 そのうえ、ほとんど知らない人と同乗しているのだ。しかも相手にこちらと交流しようとする様子がまったくない。


(……気が重いです)


 本でも読めるのなら多少のひまつぶれるかもしれないが、馬車特有の振動の中でそんなことをしようものならうことはちがいなく、ただひたすられにえて目的地にとうちゃくするのを待つしかない。


(……う ゛う゛ っ、もう帰りたいよぅ……)


 聖都ラ・メリアの大聖堂を出て今日で四日目。

 沈黙したまま馬車に揺られているだけの私は、すでに帰りたくて仕方がなくなっていた。

 


***



 事のはじまりはたぶん、私――――グレーシア゠ラドフィアの導師であるファドラ法皇げいが、三年前の冷害でひどいがいを受けた東のベネゼラという国に手厚いえんを行ったことだった。

 遊牧の国であるベネゼラには強い王権というものがなく、氏族単位でしかまとまっていない。そんな国で起こった冷害は、そのまま何もしなければわずかに残った資源をうばい、間違いなく戦乱を呼んだことだろう。


 だから、猊下のなさったことは……我々、ラドフィア聖教団が中心となって、ベネゼラの国中にえんもういたことは間違いではなかった。


 聖職者のけんにはじまり、しょくりょう支援にいんの建設等々……歴代ずいいちぶかいと言われている法皇猊下は、支援をちゅうはんに終わらせることができなかった。

 ご自分の年金を担保にいれ、前年の国家さいじょうぶんをすべて突っ込み、さらには当年度の歳費に手をつけ、挙げ句の果てには相応の担保を必要とするゆうまでとりつけての支援を行ったのだ。


(結果として、ベネゼラをはじめとする東部諸国では多くの人命が救われたし、そのおかげでラドフィア聖教が広く信じられるようになって、各国のたみの心づくしの聖堂も建設されました……素晴らしいことです)


 父なるラドフィア神のねむりを守るためにはできるだけ多くの人々のいのりが必要だ。世界各地に聖堂を建て、教えを広めることが私達の聖なるごうであるからして、それは誇れる成果ととらえていいだろう。

 が、それと同時に、我がラドフィア神聖皇国には恐ろしいものが残された。

 そのままにしておけばどんどんふくがっていくだろう恐ろしいもの――――きょがくの借金である。


 元々、ラドフィア皇国はそれほどゆうな国家ではない。

 領土のせまさからすればおどろくほど巨額の税収はあるけれど、出ていく分がそれにも増して多い――――よって収支は常にマイナスでちょっと気を抜 ぬ くとすぐに借金が膨れ上がるびんぼう国家だ。

 その借金をせっせと減らしているのが、ラドフィアの聖職者による『人材派遣』という名のかせぎ収入だった。


 皇国では、じゅつをはじめとしたさまざまな御技スキルを持つ聖職者を各国に貸し出すことによって巨額の外貨をかくとくし、その外貨でもって借金のあなめをしている。

 私は、生来めずらしい御技スキルを持つこと、驚くほどりょくりょうがあることから、特別な例外として成人前からたびたびこの『人材派遣』のお仕事に従事していた。


 そして、今回の『人材派遣』のお仕事は、私の所属する聖都の大聖堂では問題案件として去年から話題になっていたものだった。

 何と言っても求められている条件がうんざりするほど多く、かつ注文が細かい。

 しかも派遣先の相手に問題がたっぷりあり、最初からものすごくさんくさくて、めんどうそうというあやしさ三連発みたいな案件だったのだ。


(それでも引き受けたのは、ほんっともうギリギリだからなんですよ!) 


 何がギリギリか――――借金返済の期日である。


 来月末に三十億ベセル…………皇国の国家予算のおよそ一ヶ月分にあたる金額を用意できなければ、聖都の大聖堂が差し押さえられてしまうのである。

 それくらいなら何とかなるのでは? と思われるかもしれないけれど、予備費があることが珍しい貧乏国家において、三十億ベセルなどという大金は簡単にどうにかなるような金額ではない。そもそもどうにかなるなら借金などするわけがないのだ。


 期日までに用意できる予定がたっているのは二十億ベセル。

 残りの十億ベセルはどれだけがんっても調達のめど処が立っていない――――教団の財務省の人達が、あおいきいきの生けるしかばねもどきになりながらあちらこちらで売れる物がないかと検討をかえしていたけれど、ないそでれない。

 いったい全体どこの大馬鹿がよりにもよってこの聖都の大聖堂を担保に差し入れたのかといえば、これが何をかくそう我らが慈悲深き法皇猊下その人なのである。

 だから、周囲は何も言えない――――誰 だれ でも一度や二度、下手したら三度や四度くらいは、自分のかんかつの聖堂を担保にしたことがあるからだ。


(だからって、総本山の大聖堂を担保にするとかありえないんですけど !! )


 歴代最高の治癒術をほこると言われる法皇猊下だけど! 私には最高にやさしくて甘いおじいちゃんなんだけど! 金銭感覚がガバガバなところが玉にきずなのである。

 根っからの聖職者気質で楽天家でもある猊下は、いよいよとなったら、みなで祈れば父なる神ラドフィア が何とかしてくれると思っている。


 でも私は知っている――――祈るだけではお金は降ってこないし、こんなことくらいでは眠れる神は助けてくれない。

 だから、自らのこの手でしっかりとかせさなければならないのだ。


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