第二章 出稼ぎ聖女は追加報酬の機会を逃さない②


(…………失敗した)


 私は己のくちびるからこぼれてしまった言葉にこうかいを覚える。そう思ったことは事実だけど、 今の私と閣下のあいだがらで口にするのは適切ではない。

 でも、閣下は一瞬不思議そうな顔をして、それからしょうを見せた。

 その表情はましたものではなく、少しだけ素をのぞかせたもののようにも思えた。


「ええ。……おっしゃる通りなのですが、そんな風に言われたのは初めてです。ちなみに、聖女様はどのあたりを大変そうだと思ったのですか?」


 参考までにお聞かせください、と言う表情はだいぶ険しさがとれていた。

 どうやら彼は私を聖女と呼ぶことにしたらしい。司教と呼ばれるよりもその方がマシかもしれない。


「…………周囲にどうでもいいことをグダグダ言われそうなところです」


 あまりに言葉をかざらなすぎているなと思ったけど、これくらいは互いを理解しあうための雑談の一部だろうと開き直ることにした。

 バレたら注意されるかもしれないけど、今の私には護衛もついていなければ付き添いもいない。目の前の人がだまっていれば大丈夫だ。


「ええ。ええ、本当にその通りです。…………それがおわかりになるということは、聖女様にもそういう経験がおありなのですね」

「ええ、まあ…………」


 私は、かなりの努力をして今の階位に上った自覚があるけれど、あまりのちょうそく出世に、導師である法皇げいひいだと言う人も多かった。


(もちろん引き立てていただいているし、運の良さもあるんですけどね。でも正直なところを言えば、一番は生まれながらのりょくの多さと精霊の加護のおかげだと思っています)


 あと、ビビの存在が大きい。

 私にいている『帝国最高のしゅくじょを名乗るおじょうさまゆうれい』のビビは、聖堂で育っただけでは決して手に入れることができないさまざまな知識をしみなくあたえてくれた。


『知識は、誰にも奪うことができないあなただけの財産よ』


 と言ったビビの言葉が、今の私を形づくる大きな指針なのだ。

 聖堂で暮らしていると毎日必ずあるほうの時間は、皆の嫌がる写本や、図書館や文書庫の整理をそっせんしてやった。

 自分の階位ではえつらんを許されない文書も、写本の時間ならば堂々と読むことができる――――それに気付いた瞬間から、写本はいにしええい欠片かけらに触 ふれる時間になったし、しゅじゅつの研究にもとても有意義だった。  字が上手になり、写本がていねいだとめられて、禁書庫での作業も任されるようになった頃、私の頭の中にはさまざまな魔術に関しての知識がたくさん詰め込まれていた。


(…………それをずるいって言う人がいるんですよね)


 彼らは私の努力を見ない。

 ただ結果だけを見てずるい、と。贔屓をされているのだと言う。

 それは、ただのやっかみ――――しっだ。

 聞くにえないようなれつせいを口にして、私に加護をくれている精霊をおこらせた人もいるし、私への嫉妬で目をくもらせて自分の御技スキルを台無しにしたり、ラドフィアの恩寵を失った人もいる。

 思い出すとあんまりにもおもしろくないおくばかりがよみがえってきたので、私は話を元にもどそうと口を開いた。


「…………閣下は、精霊魔法の御技スキルを持つことがひっで…………可能なら四元素の精霊魔法技能、あるいは精霊の加護を持つことやりょうに多大な適性を持つ水系統であればなお良し、という条件を出したと聞きました。――――他にも、容姿などにこと細かな条件をつけた、と」


 最初に聞いた時は、誰かを探しているのだろうか?

 と思った。

 さりげなさをよそおってそれらしい理由をつけてはいたけれど、具体的に想定する人物像がかなり明確だったから。それこそが、私がこの仕事は〝身代わり〞なのではないかと察したゆえんである。


「その通りです。…………最初は、そんな人間はいないと言われました」

「私は、そちらの出した条件を一番たしているのですが、当時はまだ成人していなかったため候補にもあがっていませんでした」

 

 本当は猊下が反対していただけなんだけど、それはもちろんないしょだ。


(本当だったらフィアリス選帝侯家への派遣自体を突 つ っぱねたかったですし)


 感情的にはそうであっても、それが許されない台所事情により、今、私がここにいる。


「…………私達は、成人していることを条件にはしませんでしたが?」

「基本、皇国は成人していない子供を国外には出しません。私はいろいろと特例なのです。とはいえ、これまでは必ず十分な護衛がついておりましたから心配したことは一度もありません。ですが、閣下は護衛を許さないばかりか、むしろこちらに護衛役をも負わせるのですから……」

「それは申し訳なかったと思いますが…………」


 閣下の口元がゆるやかなえがく。

 たぶん、ものじしないでずけずけと言う私を面白がっているか、ものめずらしく思っているのだろう。


「全然申し訳なさそうには聞こえません――――そもそも、フィアリス選帝侯家は皇国に対し不義理をなさいました。また同じことが起こるかもしれませんのに…………。最初に申し上げておきますが、今回の一件は特例中の特例です」


 次も許されると思うなよ、という意味をこっそり言葉の裏にしのばせておいたが、たぶん閣下には伝わっていない。


「二年前の件は、こちらもずいぶんと謝罪を重ねさせていただいたと思うのですが……」


 具体的には、最終的に皇国の年間さいにゅうのおよそ半分の賠償金をいただいた。あの賠償金は冷害の時のしにてられ、多くの人の生命を救ってくれた。

 それ自体はとても助かったと思っている。ただ、そのこととこれはまた別の話だ。


「そうですけど、謝罪をすれば許されるわけではありませんし、警戒は必要です…………私は、何かあったら相手を天の国に送りつけてすぐに戻ってきなさいと言われています」


 これは、意訳すると、『相手をぶち殺してげておいで』ということである。ちなみに発言者は法皇猊下だ。

 そこで閣下は、もうえきれないという表情の後、くつくつとはじかれたように笑い出し

た。


「…………し、失礼。…………いえ、こちらも貴女が身の危険を感じた時、我が国の者に何をしてもとがめぬよう――――たとえ生命を失うことがあったとしても、皇国にも貴女にも一切、を唱えぬようせいやくさせられています――――前科があるものですから」

「良かった…………」


 この『良かった』は、それをこの方が……選帝侯ご本人がご存じなのであれば、間違いは起こるまいという安心から出たのではなく、それなら何をしても問題ないな、というあんの意味だ。


(私は、年金を失うようなはおかしませんし、りする女でもないのです!)


「ご安心を。成人したばかりの聖女様に手を出すようならちものは、私が必ずやこのけんさびにいたしましょう」


 トン、と閣下は馬車の内だというのにいたままの細身の剣のつかがしらを軽くたたいた。

 私は閣下のすべてを信じられるとは思っていないけれど、不思議とその言葉は信じられるような気がした。


「ありがとうございます。……私もいざという時は実力行使を躊躇ためらわないようにいたしますので!」


 を力強くにぎりしめた私のかたい決意に、閣下は再び笑い出したけれど、その心のきんせんに何が触れたのかわからない私は、首を傾げるだけだった。



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