第二章 出稼ぎ聖女は追加報酬の機会を逃さない①


  しばしのちんもくの後、目の前の彼は静かに口を開く。


「…………なぜ、おわかりになられた?」

「あなたがここにいるということが、一番の理由でしょうか……」

「?????」


 彼は不思議そうな表情で首をかしげた。

 実はこの時、私達の会話はまったくっていなかった。

 彼はなぜ自分の正体がわかったのか?

 と聞いたつもりだったらしいけど、私はそれについてはほぼ確信していたので頭からすっぽりけていて、身代わりのことがどうしてわ かったのかと聞かれたと思っていた。

 でも、私はすぐに彼が首をコテンと傾げたしぐさに目をうばわれてしまったので、そこで生まれたはおたがいに気付かないままになった。

 どこかがんい子供を思い起こさせるそのしぐさに、不思議ななつかしさを覚えて思わずぎょうしてしまう。


(――――ああ、そうか……)

 自分と同じなのだと気付いた。たぶん、幼いころからのくせなのだ――――私にも同じ癖があるからよくわかる。

 周囲にすごくきょうせいされたけれど、私のこの癖もいまだに直っていない。

 ただそれだけのことで、何となく親近感のようなものがいた。それは苦手意識をほんの少し小さくするのに役立った。


(…………さて)


 ここからが本番だ。


 一息ついて息を整え、そっとほおに手をやり、ヴェールのかげこわばってしまった顔の筋肉を動かす。

 多少の経験を積んではいるものの、正直なところ…………これを認めるのは口惜くやしいけれど、私はまだ成人して一週間しか経っていない未熟な子供にすぎない。


(そして、目の前のこの人は大陸の五分の二を有するヴォリュートていこくさいしょうかっだ)


 そもそもの場数がちがうし、立場も違う。

 ただ、たとえ相手がだれであれ、気持ちでおくれをとるわけにはいかない。


(――――がおは自然に。決して、早口にならないこと)


 私は、いつの間にか少し縮こまっていた背をばし、正しい姿勢を保つようにしながら口を開いた。


「まずは、自己しょうかいをしましょう。…………共に仕事をするにあたって、自己紹介は基本中の基本ですから」


 聖職者は、表情の見せ方や話の聞かせ方にはじまり、どうやって自分の意にう結果に持っていくか……ということを、さまざまな実例を参考にしながら段階をんで習う。

 話術をみがき、立ち居いを洗練させ、人の気をらさない術を学び――――それら すべてに習熟したと認められて初めて皇国の外に出ることが許されるのだ。


(……だいじょう。ちゃんと覚えている……)


 何もこの人を話術で丸め込まなければいけないわけではない。


(私は――――私の目的は、だまされず、使いつぶされず、さくしゅされることなく、ラドフィアの名の下に正しくお仕事をかんすいすることだ) 


 おのれの目的を明確にすることは大事だ。それがわかっていれば優先順位もつけられるし、いざというときにちがえることも少なくなる。


(…………あ、あと、追加報酬をできるだけたくさんいただければなお良し、です!) 


 あれもこれもなんて欲張るつもりはないけれど、割り増し報酬とか追加報酬はばっちりねらっていきたい。

 私はおなかの底に力をこめるようにして、ヴェールの陰でこっそりと気合いを入れる。


「自己紹介、と言われても…………。私は、貴女あなたのことはしょうさいけん情報からすでに存じ上げているのだが……」


 だから必要はないと言わんばかりのその人の前で、私はあら?

 というようにわざとらしく首を傾げた。


「派遣情報というのは、そちらの条件を満たした御技スキルを有しているか、とか、これまでしてきた仕事とか、名前と階位が書かれているだけですよね?」

「ええ、そうですが……」


 彼の手元にどんな資料がわたっているかは、当然私も知っている。


(それだけで私のことをわかったように言われるのは心外です!  とはいえ、別に私のことを知ってほしいわけではないのですが…………)


「その程度で、これから一ヶ月間お仕事をさせていただくらいにんと派遣聖職者として、正しいしんらい関係を結べるでしょうか? 私は、閣下の口から閣下のお名前もおうかがいしていないのですが…………」


(一方的に名前を知っているくらいで、私に何をさせるつもりなのでしょうか?)


 彼は、やや軽く目を見開いて、それからわずかにみのようなものをかべたように見えた――――ほんのいっしゅんだったので、もしかしたらちがいかもしれないけれど。


「そうですね。私は…………エリアス・イェール゠フィアリス――――貴女のおっしゃる通りフィアリスせんていこうにして、ヴォリュート帝国の宰相です。なぜ私が代理人でなく本人だとわかりましたか?」


 彼が名乗った時、うしがみがついと何かに引っ張られたような気がした。

 ビビが目を覚ましたのか、あるいはせいれいがいたずらをしたのかもしれない…………私は 精霊ほうの適性が高いのでよく精霊達に構われるし、ちょっかいを出される。精霊達ときたら私の気をきたいらしく、すぐにからかったり、いたずらをけてきたりするのだ。


「それは、閣下の態度が宰相閣下のもの以外ではありえなかったので……。改めまして。私はグレーシアです。一位司教グレーシア゠ラドフィア。成人したばかりの十五歳です」


 聖職者となったしゅんかんから、私達は全員がラドフィアというせいを有する。

 みながラドフィアの子にして、家族――――それがラドフィア聖教団の……ひいてはラドフィア神聖皇国の基本的な在り方だ。

 ちなみに十五歳というねんれいは、推定年齢なので本当の年齢はわからないけど。


「私は、三十歳になったばかりです」

「では、ちょうど私の倍の年齢ですね…………十五歳違いだと親子でもかろうじておかしくないかも」


 帝国貴族はけっこんがとても早い人もいると聞いたのでそんな風に言うと、閣下は複雑そうな表情をして、うそです、と小さな声で言った。


「…………え?」


「本当は先月、二十七歳になったばかりです。…………まだ、貴女の父という年齢ではありません」

 少しだけあわてたような口調で否定する。


「……………そう、ですね?」


 三歳くらいサバを読んでどうしたかったのかよくわからないし、そんなにも慌てて否定することでもないのでは?   と思ったけれど、何かちょっと必死そうだったので同意した。


「……私、三十歳に見えましたか?」

ものごしが落ち着いていらっしゃるので、別におかしくは思いませんでした」

「……ち、父親のようだと?」

「いえ、私、なので父親とか母親というのはあんまりよくわからないんです。ただ結構年齢がはなれていたので親子でもおかしくないのかなって思っただけで」


 他意はないんです。親子って言ったことを気にしているのだとしたら申し訳なかった。


「すみません。おかしな反応をして……その……私はわりと童顔なので、年が上に見られるのはうれしかったのですが、親子関係に問題がありすぎたせいで『親』という言葉にちょっときょ反応が起こりまして……」

「そうでしたか……」


 外見のことも通常の親子関係のこともどっちも未知の分野である私は、あいまいな返事しかできなかった。

 閣下はそんな私をまじまじと見て、それから、がいとうしょうを見て感心したというようないきらす。


「本当に一位司教でいらっしゃるのですね」


(閣下の口から、聖女うんぬんといういやみを何度か聞いた覚えがあるのですが、いまさら何をおどろいていらっしゃるのでしょうか?)


 そういえば、先ほどからことづかいが変わっている。

 何だかあたりがやわらかくなっているような……?


(……別に階位におもねるような方ではないと思いますけど)


 でも次の瞬間に、切り込むようなするどさで彼は問うた。


「しかも正真正銘の『聖女』であらせられると聞きました――――『せき』をあらわすのだと」


『奇蹟』という単語を、彼はとてもしんちょうに発音したように思えた。


(…………『奇蹟』が使えることが重要なのかしら?)


「はい」


 私は特に気負うことなくうなづいた。

 ラドフィア聖教の定める『聖女・聖人』は、『奇蹟』の使い手のことを言う。

 いっぱんの人達や信者の方達は、司教位以上の高位の女性聖職者のことも皆『聖女』と呼ぶので、まれに『奇蹟』の使えない聖女もいるけれど、私はつうに使えるし、そう呼ばれることに慣れている。


「私達は、今回、派遣していただく聖職者にいくつかの条件をつけました。一番大事なのは、成人したばかりの私の義妹いもうとと、友人として振る舞うのにかんがない年齢で、護衛もできるうでじゅつということです」

「はい」

「あなたのご年齢は成人したばかりの十五歳とさいされていました。……それでありながら、すでに『奇蹟』の使い手であると…………」

「はい、その通りです」


 ラドフィア聖教で言う『奇蹟』とは、『ラドフィアかみわざ』と

 ラドフィア神様成分を除いてざっくり説明するならば、それは『こうはん治癒術』のことだ。

 聖職者は皆等しく治癒術を使えるけれど、広範囲の…………複数の人間を対象としてそれができる人間は稀だ。

『奇蹟』の使い手というのは、最高レベルの治癒術師であることを意味する。

 うなづいた私は、にこやかに言葉を続けた。


「お身体からだの弱いごれいじょうのために、どうしても腕の良い治癒術師を、とのことでしたので」


 これ、あなたがうるさいことを言うから、最高レベルの私が派遣されたんですよ! って嫌みをふくんでます。


「ええ、そうです。もしもの時のために腕の良い治癒術師がどうしても必要でした。…… しきの奥に閉じこもりきりでほとんど外に出ない義妹は、並はずれた内気で人見知りです。であれば、術師としてではなく、友人としてならば側にいることを許すだろうと考えたのです。本人の希望でもありました」


 閣下は、ご令嬢のことを思い出したのか、そっと目をせた。これ、ビビがいたら『あざとすぎる!』ってさわぎそうな表情だと思う。


「では、護衛というのは?」

「万が一の用心です。政治には無関係でおもてたいに立ったことのない義妹であっても、彼女はフィアリスのむすめです。それは、常にけいかいしなければならない立場ということだ」

「……ご令嬢が狙われるような、心当たりが何かおありなのですか?」

「いいえ。……私と違い、義妹個人に狙われる理由などありません」


 ですよね。こうして話に聞いているだけでもわかることだけれど、ご令嬢はきょじゃく体質かつ文字通りの深窓のご令嬢なのだ。

 それは帝国ではもちろんのこと、実は皇国でも広く知られている。

 二年前までフィアリス選帝侯家では、そのご令嬢のために皇国の高位の治癒術師を専属のじょうちゅう派遣でやとっていたので、詳細な報告書があるのだ――――ただし、信頼度はあまり高くないのでみにしないように、との赤字で特筆された報告書だけど。


「では、ご令嬢個人ではなく、フィアリス選帝侯家を狙ってのことだと?」

「はい。……ご存じかもしれませんが、本来、義妹こそがフィアリス選帝侯家のあとりで すので……」

「ああ……」


 そのようなことが報告書に書いてあったな、と私はうなづいた。

 信頼度は高くないとされていたけれど、さすがにそういう基本的なことまでは情報操作はしていなかったらしい。

 報告書の内容の信頼度が低い――――その正確性が疑われているのは、それを書いた専属の常駐派遣だった治癒術師が、フィアリス選帝侯家に仕えるこいなかとなり、げんぞく手続き前ににんしんが発覚したという事件があったからだ。


(……わりと大問題だったんですよね、この件)


 当時、二位司教だった私は、大聖堂の禁書庫で写本のとくしゅ業務にいていたのだけれど、あまりぞくせいに興味があるとは言えない禁書庫の職員達でさえその話題でもちきりだった。


(フィアリスに取り込まれてしまったとまで噂されていた…………還俗せずに、かいにんしたことをかくしていたから)


 くだんの治癒術師は、ラドフィアの子でありながらラドフィアを裏切ったというらくいんを押され、多額のばいしょうきんえに、やっと正規の還俗を認められた。

 破門にこそならなかったものの、本来、還俗してももらえるはずの年金などの権利をいっさい失っている。


(――――私には考えられません)


 三位以上の司教ならば、聖堂において重んじられ、ほどほどの義務はあれど自由も多い立場だ。しかも、老後の年金もじゅうぶんで安定した暮らしが約束されている。それをどうして捨てる気になったのか、私にはわからない。

 聖職者にとって、こんいんするということはラドフィアのおんちょうを失うことだ。

 それはラドフィアの子ではなくなるということであり、治癒術が使えなくなるということでもある。


 ――――それは、聖職者として生きてきたこれまでのすべてを捨てることに等しいと言えるのでは?


 それほどまでに相手が好きでどうしようもないのだったら、正規の手順を踏んで還俗すればいい。

 でも、彼女はそれをしなかった。


こい ちたのだ、と誰かが言ってたっけ…………)


 他の誰かは、男のために教団の情報を流し、その男をつなぎとめるためにラドフィアの聖痕を失えなかったのではないか?   とも言っていた。

『グレスはまだ子供だから、すべてをけて恋をする気持ちはわからないわね』と言ったのは、ビビだった。

 いつもの高飛車なご令嬢口調で言われたのならさすがの私も反発したし、いかりを覚えたかもしれないけれど、その時のビビの語調はどこかかなしげなものだったから、私は何も言えなかった。


(――――ビビには、そういう経験があるのかもしれない…………)


 あの時、そんな風に感じたことを頭のかたすみで思い出しながら、知っている情報を口にしてさらなる会話を続ける。


「確かご令嬢は、閣下のこんやくしゃであるとおよびます」

「その通りです。私は、義妹と婚姻を結ぶことを前提にフィアリス選帝侯の地位をいでいるので…………」


 将来はご令嬢と結婚し、彼女と閣下の子供が後を継ぐというわけだ。

 帝国貴族は血統を重視するものだから、仕方のないことだろう。


「…………いろいろ大変そうですね」


 思わずそんな風に言ってしまった。


(…………失敗した)

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