第二章 出稼ぎ聖女は追加報酬の機会を逃さない①
しばしの
「…………なぜ、おわかりになられた?」
「あなたがここにいるということが、一番の理由でしょうか……」
「?????」
彼は不思議そうな表情で首を
実はこの時、私達の会話はまったく
彼はなぜ自分の正体がわかったのか?
と聞いたつもりだったらしいけど、私はそれについてはほぼ確信していたので頭からすっぽり
でも、私はすぐに彼が首をコテンと傾げたしぐさに目を
どこか
(――――ああ、そうか……)
自分と同じなのだと気付いた。たぶん、幼い
周囲にすごく
ただそれだけのことで、何となく親近感のようなものが
(…………さて)
ここからが本番だ。
一息ついて息を整え、そっと
多少の経験を積んではいるものの、正直なところ…………これを認めるのは
(そして、目の前のこの人は大陸の五分の二を有するヴォリュート
そもそもの場数が
ただ、たとえ相手が
(――――
私は、いつの間にか少し縮こまっていた背を
「まずは、自己
聖職者は、表情の見せ方や話の聞かせ方にはじまり、どうやって自分の意に
話術を
(……
何もこの人を話術で丸め込まなければいけないわけではない。
(私は――――私の目的は、
(…………あ、あと、追加報酬をできるだけたくさんいただければなお良し、です!)
あれもこれもなんて欲張るつもりはないけれど、割り増し報酬とか追加報酬はばっちり
私はおなかの底に力をこめるようにして、ヴェールの陰でこっそりと気合いを入れる。
「自己紹介、と言われても…………。私は、
だから必要はないと言わんばかりのその人の前で、私はあら?
というようにわざとらしく首を傾げた。
「派遣情報というのは、そちらの条件を満たした
「ええ、そうですが……」
彼の手元にどんな資料が
(それだけで私のことをわかったように言われるのは心外です! とはいえ、別に私のことを知ってほしいわけではないのですが…………)
「その程度で、これから一ヶ月間お仕事をさせていただく
(一方的に名前を知っているくらいで、私に何をさせるつもりなのでしょうか?)
彼は、やや軽く目を見開いて、それからわずかに
「そうですね。私は…………エリアス・イェール゠フィアリス――――貴女のおっしゃる通りフィアリス
彼が名乗った時、
ビビが目を覚ましたのか、あるいは
「それは、閣下の態度が宰相閣下のもの以外ではありえなかったので……。改めまして。私はグレーシアです。一位司教グレーシア゠ラドフィア。成人したばかりの十五歳です」
聖職者となった
ちなみに十五歳という
「私は、三十歳になったばかりです」
「では、ちょうど私の倍の年齢ですね…………十五歳違いだと親子でもかろうじておかしくないかも」
帝国貴族は
「…………え?」
「本当は先月、二十七歳になったばかりです。…………まだ、貴女の父という年齢ではありません」
少しだけ
「……………そう、ですね?」
三歳くらいサバを読んでどうしたかったのかよくわからないし、そんなにも慌てて否定することでもないのでは? と思ったけれど、何かちょっと必死そうだったので同意した。
「……私、三十歳に見えましたか?」
「
「……ち、父親のようだと?」
「いえ、私、
他意はないんです。親子って言ったことを気にしているのだとしたら申し訳なかった。
「すみません。おかしな反応をして……その……私はわりと童顔なので、年が上に見られるのは
「そうでしたか……」
外見のことも通常の親子関係のこともどっちも未知の分野である私は、
閣下はそんな私をまじまじと見て、それから、
「本当に一位司教でいらっしゃるのですね」
(閣下の口から、聖女
そういえば、先ほどから
何だかあたりが
(……別に階位に
でも次の瞬間に、切り込むような
「しかも正真正銘の『聖女』であらせられると聞きました――――『
『奇蹟』という単語を、彼はとても
(…………『奇蹟』が使えることが重要なのかしら?)
「はい」
私は特に気負うことなくうなづいた。
ラドフィア聖教の定める『聖女・聖人』は、『奇蹟』の使い手のことを言う。
「私達は、今回、派遣していただく聖職者に
「はい」
「あなたのご年齢は成人したばかりの十五歳と
「はい、その通りです」
ラドフィア聖教で言う『奇蹟』とは、『
聖職者は皆等しく治癒術を使えるけれど、広範囲の…………複数の人間を対象としてそれができる人間は稀だ。
『奇蹟』の使い手というのは、最高レベルの治癒術師であることを意味する。
うなづいた私は、にこやかに言葉を続けた。
「お
これ、あなたがうるさいことを言うから、最高レベルの私が派遣されたんですよ! って嫌みを
「ええ、そうです。もしもの時のために腕の良い治癒術師がどうしても必要でした。……
閣下は、ご令嬢のことを思い出したのか、そっと目を
「では、護衛というのは?」
「万が一の用心です。政治には無関係で
「……ご令嬢が狙われるような、心当たりが何かおありなのですか?」
「いいえ。……私と違い、義妹個人に狙われる理由などありません」
ですよね。こうして話に聞いているだけでもわかることだけれど、ご令嬢は
それは帝国ではもちろんのこと、実は皇国でも広く知られている。
二年前までフィアリス選帝侯家では、そのご令嬢のために皇国の高位の治癒術師を専属の
「では、ご令嬢個人ではなく、フィアリス選帝侯家を狙ってのことだと?」
「はい。……ご存じかもしれませんが、本来、義妹こそがフィアリス選帝侯家の
「ああ……」
そのようなことが報告書に書いてあったな、と私はうなづいた。
信頼度は高くないとされていたけれど、さすがにそういう基本的なことまでは情報操作はしていなかったらしい。
報告書の内容の信頼度が低い――――その正確性が疑われているのは、それを書いた専属の常駐派遣だった治癒術師が、フィアリス選帝侯家に仕える
(……わりと大問題だったんですよね、この件)
当時、二位司教だった私は、大聖堂の禁書庫で写本の
(フィアリスに取り込まれてしまったとまで噂されていた…………還俗せずに、
破門にこそならなかったものの、本来、還俗してももらえるはずの年金などの権利を
(――――私には考えられません)
三位以上の司教ならば、聖堂において重んじられ、ほどほどの義務はあれど自由も多い立場だ。しかも、老後の年金も
聖職者にとって、
それはラドフィアの子ではなくなるということであり、治癒術が使えなくなるということでもある。
――――それは、聖職者として生きてきたこれまでのすべてを捨てることに等しいと言えるのでは?
それほどまでに相手が好きでどうしようもないのだったら、正規の手順を踏んで還俗すればいい。
でも、彼女はそれをしなかった。
(
他の誰かは、男のために教団の情報を流し、その男を
『グレスはまだ子供だから、すべてを
いつもの高飛車なご令嬢口調で言われたのならさすがの私も反発したし、
(――――ビビには、そういう経験があるのかもしれない…………)
あの時、そんな風に感じたことを頭の
「確かご令嬢は、閣下の
「その通りです。私は、義妹と婚姻を結ぶことを前提にフィアリス選帝侯の地位を
将来はご令嬢と結婚し、彼女と閣下の子供が後を継ぐというわけだ。
帝国貴族は血統を重視するものだから、仕方のないことだろう。
「…………いろいろ大変そうですね」
思わずそんな風に言ってしまった。
(…………失敗した)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます