第二章 出稼ぎ聖女は追加報酬の機会を逃さない③
***
「つまり、あの細かな条件は、
私の問いに、閣下はあっさりと同意した。
「はい。…………誤解してもらっては困るのですが、最初にそれを考えたのは義妹本人です。私達は身代わりをさせようとまでは思っていませんでした。ただ、義妹が並べる条件を見て、何か事があった時に、
(最初に考えたのが義妹姫だったというのは、本当かもしれない)
政治に
「
「…………存じております」
酷い話だとは思わない。むしろ、当然だと思う。
それくらい、フィアリス選帝侯家という家が……その家の血統が持つ固有魔法が帝国においては特別なのだ。
「言い訳になるかもしれませんが、護衛になれるほどの腕を持つことを条件にしたのは、私達の誠意です……それだけの腕があればご自身の身を守ることもできるだろうと考えました」
「もしもの時には自分の身は自分で守ってくれ、ということですね?」
「はい。義妹と間違えられて害されるようなことがあってはいけないと思いましたので。それに、これだけ細かな条件をつけたのです。派遣されてくる方はかなりの高位だろうとも思いました。そのような方に何かあったら、今度こそ我が国と皇国との間に
何を考えているのかよくわからない
(噓を言っているようには聞こえないけれど…………でも、完全にすべてが本当かというと、何か違うような気がする…………)
つまるところ、私は目の前の人を心底信じることができない。こういう時の私の
でも、これは、閣下の方も同じだと思う。
お互い、まだそれほど深く知り合ったわけではない。
悪い印象が少しずつ
現状、そこそこ多く見積もっても、まだゼロ地点にすら立っていない。
「ですが…………」
閣下は、困った風にも見える表情で続けた。
「……当方の事情が変わりました」
そうなのだろうな、と半ば予測していた私はそのまま話を聞く。
「聖女様は、なぜ義妹のために我々が治癒術師
「成人のお
「そうです。本来であれば昨年お披露目をしたかったのですが、なにぶん、義妹の体調がそれを許しませんでした。ずっとついていてくれた治癒術師もおりませんでしたし……」
(…………それは
私は答える代わりにただ
「並はずれて内気な義妹は、帝都でお披露目をしなければならないというだけで負担を感じたのか、さらに体調を悪化させたので、私達は彼女の十五歳でのお披露目を
「必ず十五歳でしなければいけないというわけではないですし……お身体が弱いという事情があるのですから、特に問題ないのでは?」
一般的に成人年齢は十五歳から
皇国では、導師が成人するに足る能力があると認め、教団の
だが近年、帝国では成人年齢が早まっているそうだ。
特に貴族階級ではその
とはいえ、事情があることなのだから、
(まあ、延期すると
今更一年も二年も変わるまい、と思うのは、私が部外者だからなのだろうか?
「義妹の身体の弱さはよく知られているので、一年は何とか延期できました。ですが、二年は無理です。今年はどうしても成人してもらわねばならなかった」
閣下の口調にどこか諦めのような……あるいは、多少の投げやりな
「だから、新たな治癒術師の派遣を
「はい。厳しい条件が多かったのは、さっきも言いましたが、義妹がわがままを言ったせいです……彼女は、派遣されてくる治癒術師が自分と背格好のよく似た同年代の少女であれば、それを身代わりにして自分は表舞台に立たずにいられると考えたようです。ですが、 皇国側の
「不祥事?」
閣下は、そこでこほんと小さく
「……屋敷の使用人を
(病弱で内気な少女が駆け落ち !? うわあ、それはない! ありえません !! というか、 それって
思わずポカンと
「あの…………それで?」
この方、そんな醜聞を私に話していいのだろうか?
「連れ戻したはいいのですが、その……とても人前には出せないのですよ…………」
「えーと…………というのは?」
「懐妊したなどの事実はありませんが、人の口に戸は立てられませんので、そういった噂をたてられてもおかしくはない。身体も虚弱ですが、あの子は心も虚弱です…………とても
物は言いようだな、と思う。
懐妊しているかどうかとか、そのあたりは興味がないのでどうでもいい。
でも、家出の一件を聞き、それから閣下の口調を聞いていると、これまで聞いていた『虚弱』というのが、すごく
選帝侯家のご令嬢ともあろう方が、ご自身の立場や地位をわきまえていないのだろうか?
(いや、一方的に決めつけるのは良くないな。もしかしたら、家出するほど
一度はそんな風に考えたけど、私はすぐにそれを
(いや、自ら駆け落ちなんて言ってしまうくらいだから、たぶん違う)
それはあまりにも
私も人のことはあんまり言えない――――孤児院の子供達に甘くて、すぐに
「…………そこにやってきたのが、私だったわけですね」
渡りに船というか、飛んで火に入る夏の虫というか…………とりあえず、私にとってはあんまり良くない時機だった。
「そうです。本当はもう少し時間をおいて緩やかに皇国との関係を改善していきたかったのですが……」
そうは事情が許さなかった、というわけだ。
「つまり、私はご令嬢の『成人のお披露目』を代理として
「そうです」
閣下は真面目な表情でうなづく。
「では、精霊の加護が必要な理由は?」
「義妹は『ヴィイ』の
「その家系の固有魔法の持ち主と聞いていますが…………」
「そうなのですが、それは単なる結果なのです。…………『ヴィイ』というのは、別名を『精霊王の
「…………つまり、フィアリス選帝侯家のご令嬢である閣下の
「はい」
これ、普通なら
と思ったけれど、口には出さなかった。 皇国と帝国では情報の扱いにもいろいろ違いがあるのだろう。
「…………であればご安心を。精霊王とまでは言えないかもしれないですが、私、精霊に好かれる体質らしくて、水の精霊のご加護もあります」
「それはありがたい!」
閣下の表情が目に見えて明るくなった。
「水の精霊の加護も、ということは他の精霊も?」
「はい。複数の精霊のご加護があります」
「それは生まれつきですか?」
「さあ…………私、聖堂育ちの
これは孤児だってことを聖職者流の表現で言っている。
「……それは、大変失礼いたしました」
「いえいえ。――――で、どうしても今年ご令嬢が成人しなければならない理由とは何ですか?」
私は話を元に戻した。
閣下の視線がわずかに
「それは、我が家の事情になりますので…………と申し上げたいところなのですが、それでは聖女様は
「はい。……こうしてのんびり事情をおうかがいしているだけでも、特別だと思ってくださいませ。本来であれば
もちろんそれは最後の手段だ。ここまで内情を聞いてしまったのだから、多少は協力してもいいと思っている。
「それは…………」
「正直に話してくだされば、悪いようにはいたしません」
私はにっこりと笑いかける。
もちろん、見えているはずがないけれど。
「…………
「不勉強で申し訳ありませんが、精霊教会の巫女姫というのは、精霊の加護を受けた
「ええ、合っています。……精霊魔法は、ラドフィア聖教ほど治癒の術には
「…………それにうなづけない理由は何なのでしょう?」
いろいろと虚弱で目が離せない義妹姫を下手に外に出すわけにいかないのはわかる。わかるけれど、精霊教会の巫女姫というのは貴族の姫君には素晴らしい
「精霊教会と帝国上層部が対立しているからです。私達は宗教勢力に
閣下は口元にやや
「――――これ以上彼らに口出しされるくらいなら、帝国はラドフィア聖教と手を組みます」
「ラドフィアを政争に関わらせないで下さい。他国の政に口出しする気は一切ないので!」
私は手で大きな×を形づくり、
精霊教会と宗教戦争なんてごめんだし、そもそもラドフィア聖教は他の宗教の存在やその
「そういうところが、ラドフィア聖教は好ましいのです」
何が楽しいのか、閣下はくすくすと面白そうに笑っている。
「…………報酬を倍にしていただけるのでしたら、閣下のお考えの通り、お約束の残りの期間、義妹姫の身代わりをしてもよろしいですよ」
私はぶすっとふてくされた口調で言った。
あと三億ベセル追加してね!
という遠回しな追加報酬要求である。
「…………倍?」
「はい」
とりあえずふっかけるだけふっかけとけ、と私に教えたのは
まずは様子見で軽く一発お見舞いして、その反応次第でこちらに有利に持っていくんだ、と彼は言った。
最初に
なのに、閣下は見たことがないような晴れやかな顔をして言ったのだ。
「三倍出しましょう」
「はい?」
私は思わず耳を疑ってしまった。
だって倍ですらふっかけすぎたなって思っていたのに、それが三倍に増やされていたから。
(…………待って。え? それって六億ベセル追加ってこと? え?)
「私は貴女の年代で貴女より
身代わりに最も
「…………その前に、一つ条件があります」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます