第二章 出稼ぎ聖女は追加報酬の機会を逃さない③


***


「つまり、あの細かな条件は、ひめぎみの身代わりを探すための条件だったのですね? ……ということは、閣下は私に姫君の身代わりをさせたいのですか?」


 私の問いに、閣下はあっさりと同意した。


「はい。…………誤解してもらっては困るのですが、最初にそれを考えたのは義妹本人です。私達は身代わりをさせようとまでは思っていませんでした。ただ、義妹が並べる条件を見て、何か事があった時に、おとりになっていただくかもしれない……くらいは考えていましたが」


(最初に考えたのが義妹姫だったというのは、本当かもしれない)


 政治にたずさわる人達は感情をせいぎょすることがすごくお上手なのでわかりにくいが、わずかな声の感じで伝わるものはある。


ひどい話だとお考えかもしれませんが、私だけでなく、帝国にとっても、義妹の身はそれだけ特別なのです」

「…………存じております」


 酷い話だとは思わない。むしろ、当然だと思う。

 それくらい、フィアリス選帝侯家という家が……その家の血統が持つ固有魔法が帝国においては特別なのだ。


「言い訳になるかもしれませんが、護衛になれるほどの腕を持つことを条件にしたのは、私達の誠意です……それだけの腕があればご自身の身を守ることもできるだろうと考えました」

「もしもの時には自分の身は自分で守ってくれ、ということですね?」

「はい。義妹と間違えられて害されるようなことがあってはいけないと思いましたので。それに、これだけ細かな条件をつけたのです。派遣されてくる方はかなりの高位だろうとも思いました。そのような方に何かあったら、今度こそ我が国と皇国との間にいくさぼっぱつしかねません」


 何を考えているのかよくわからないおだやかな表情で、わりとおんなことを口にしている閣下をちらりと見て、私は己の考えをまとめる。


(噓を言っているようには聞こえないけれど…………でも、完全にすべてが本当かというと、何か違うような気がする…………)


 つまるところ、私は目の前の人を心底信じることができない。こういう時の私のかんは当たるのだ。

 でも、これは、閣下の方も同じだと思う。

 お互い、まだそれほど深く知り合ったわけではない。

 悪い印象が少しずつふっしょくされつつあるけれど、きょだいなマイナスが多少のマイナスになった程度でまだまだだ。

 現状、そこそこ多く見積もっても、まだゼロ地点にすら立っていない。


「ですが…………」


 閣下は、困った風にも見える表情で続けた。


「……当方の事情が変わりました」


 そうなのだろうな、と半ば予測していた私はそのまま話を聞く。


「聖女様は、なぜ義妹のために我々が治癒術師けん護衛を望んだかご存じですか?」

「成人のおがあるからだと聞きました」

「そうです。本来であれば昨年お披露目をしたかったのですが、なにぶん、義妹の体調がそれを許しませんでした。ずっとついていてくれた治癒術師もおりませんでしたし……」


(…………それはごうとくですね!)


 私は答える代わりにただ微笑ほほえんだ。


「並はずれて内気な義妹は、帝都でお披露目をしなければならないというだけで負担を感じたのか、さらに体調を悪化させたので、私達は彼女の十五歳でのお披露目をあきらめました」

「必ず十五歳でしなければいけないというわけではないですし……お身体が弱いという事情があるのですから、特に問題ないのでは?」


 一般的に成人年齢は十五歳からくらいまでとされている。

 皇国では、導師が成人するに足る能力があると認め、教団のしんに合格しないと成人できないので、私のように十五歳で成人する者もいれば、二十歳を過ぎてまだ成人できない者もいる。

 だが近年、帝国では成人年齢が早まっているそうだ。

 特に貴族階級ではそのけいこうけんちょで、さまざまな政治的おもわくもあってか、男女ともに十五歳で成人するというのがほぼ慣例となりつつあるらしい。

 とはいえ、事情があることなのだから、なんさいか延期したとしても構わないと思う。


(まあ、延期するとみょうな噂になるんだろうけど……でも、ご令嬢は閣下との婚姻が決まっているのだから、多少噂になったところで別に問題ないのでは?)


 今更一年も二年も変わるまい、と思うのは、私が部外者だからなのだろうか?


「義妹の身体の弱さはよく知られているので、一年は何とか延期できました。ですが、二年は無理です。今年はどうしても成人してもらわねばならなかった」


 閣下の口調にどこか諦めのような……あるいは、多少の投げやりなひびきが入りまじる。


「だから、新たな治癒術師の派遣をようせいしたのですか?」


「はい。厳しい条件が多かったのは、さっきも言いましたが、義妹がわがままを言ったせいです……彼女は、派遣されてくる治癒術師が自分と背格好のよく似た同年代の少女であれば、それを身代わりにして自分は表舞台に立たずにいられると考えたようです。ですが、 皇国側のしょうだくがなかなか得られず待ちきれなくなったのか、――彼女はしょうを起こしました」


「不祥事?」


 閣下は、そこでこほんと小さくせきばらいし、息を整えてからいくぶん声をひそめるようにして言った。


「……屋敷の使用人をそそのかして家出をしたのです。本人はちと言っていましたがね」


(病弱で内気な少女が駆け落ち !?   うわあ、それはない!   ありえません !!   というか、 それってだいしゅうぶんなのでは?)


 思わずポカンとづらになっていることに気付いて、私は慌てて顔を引きしめた。ほんと、ヴェールがあって良かったと思う。


「あの…………それで?」


 この方、そんな醜聞を私に話していいのだろうか?


「連れ戻したはいいのですが、その……とても人前には出せないのですよ…………」

「えーと…………というのは?」

「懐妊したなどの事実はありませんが、人の口に戸は立てられませんので、そういった噂をたてられてもおかしくはない。身体も虚弱ですが、あの子は心も虚弱です…………とてもおおやけの場など耐えられないでしょう」


 物は言いようだな、と思う。

 懐妊しているかどうかとか、そのあたりは興味がないのでどうでもいい。

 でも、家出の一件を聞き、それから閣下の口調を聞いていると、これまで聞いていた『虚弱』というのが、すごくあやしく思えてくる。

  選帝侯家のご令嬢ともあろう方が、ご自身の立場や地位をわきまえていないのだろうか?


(いや、一方的に決めつけるのは良くないな。もしかしたら、家出するほどめられていたのかもしれない)


 一度はそんな風に考えたけど、私はすぐにそれをてっかいした。


(いや、自ら駆け落ちなんて言ってしまうくらいだから、たぶん違う)


 それはあまりにもけいそつすぎる。

 私も人のことはあんまり言えない――――孤児院の子供達に甘くて、すぐにいっしょになって遊んでしまったりして、階位にそぐわないことを !!   とか、軽率です !!   と怒られることが多々あるから。  でも、彼女がしたことはそれとは全然次元の違う話だ。


「…………そこにやってきたのが、私だったわけですね」


 渡りに船というか、飛んで火に入る夏の虫というか…………とりあえず、私にとってはあんまり良くない時機だった。


「そうです。本当はもう少し時間をおいて緩やかに皇国との関係を改善していきたかったのですが……」


 そうは事情が許さなかった、というわけだ。


「つまり、私はご令嬢の『成人のお披露目』を代理としておこなう、ということでよろしいのですか?」

「そうです」


 閣下は真面目な表情でうなづく。


「では、精霊の加護が必要な理由は?」

「義妹は『ヴィイ』のしょうごうを持ちます。『ヴィイ』がどういう意味かはご存じですか?」

「その家系の固有魔法の持ち主と聞いていますが…………」

「そうなのですが、それは単なる結果なのです。…………『ヴィイ』というのは、別名を『精霊王のまな』という、精霊王の加護を得ている子のことを言います。精霊王の加護があるから、結果として固有魔法を持つのです」


「…………つまり、フィアリス選帝侯家のご令嬢である閣下の義妹いもうとひめは、水の精霊王の加護を持つのですね?」

「はい」


 これ、普通ならとくされている情報なのでは?

 と思ったけれど、口には出さなかった。 皇国と帝国では情報の扱いにもいろいろ違いがあるのだろう。


「…………であればご安心を。精霊王とまでは言えないかもしれないですが、私、精霊に好かれる体質らしくて、水の精霊のご加護もあります」

「それはありがたい!」


 閣下の表情が目に見えて明るくなった。


「水の精霊の加護も、ということは他の精霊も?」

「はい。複数の精霊のご加護があります」

「それは生まれつきですか?」

「さあ…………私、聖堂育ちのきっすいのラドフィアの子なので」


 これは孤児だってことを聖職者流の表現で言っている。


「……それは、大変失礼いたしました」

「いえいえ。――――で、どうしても今年ご令嬢が成人しなければならない理由とは何ですか?」

 私は話を元に戻した。

 閣下の視線がわずかにれる。


「それは、我が家の事情になりますので…………と申し上げたいところなのですが、それでは聖女様はなっとくなさらないですよね」

「はい。……こうしてのんびり事情をおうかがいしているだけでも、特別だと思ってくださいませ。本来であればけいやくはんを言い立てて戻ってしまってもいいくらいです」


 もちろんそれは最後の手段だ。ここまで内情を聞いてしまったのだから、多少は協力してもいいと思っている。


「それは…………」

「正直に話してくだされば、悪いようにはいたしません」


 私はにっこりと笑いかける。

 もちろん、見えているはずがないけれど。


「…………せいれい教会が、義妹をひめとして教会で預かりたいと申し出てきたのです」

「不勉強で申し訳ありませんが、精霊教会の巫女姫というのは、精霊の加護を受けたみょうれいの女性を指すというにんしきで合っていますか?」

「ええ、合っています。……精霊魔法は、ラドフィア聖教ほど治癒の術にはけておりません。ですが、治癒魔法は存在しています。ていの精霊教会の大司祭は治癒魔法に特化しており、多くの人々を救ってきました。能力ある者は、巫女姫として、その魔法を惜しみなく分け与えるべきであり、ついては教会で大切にお預かりさせていただきたく、と言うのです」

「…………それにうなづけない理由は何なのでしょう?」


 いろいろと虚弱で目が離せない義妹姫を下手に外に出すわけにいかないのはわかる。わかるけれど、精霊教会の巫女姫というのは貴族の姫君には素晴らしいはくがつくめいしょくだ。 断る理由なんてないはずだ。


「精霊教会と帝国上層部が対立しているからです。私達は宗教勢力にまつりごとへの口出しを許可しない。引きこもっていた義妹にはそういったことがわかりません。そのあたりをうまく処理できるほどあの子は世慣れていない……世間知らずなのです」


 閣下は口元にややちょうめいた笑みを浮かべ、そしてニヤリと笑って続けた。


「――――これ以上彼らに口出しされるくらいなら、帝国はラドフィア聖教と手を組みます」

「ラドフィアを政争に関わらせないで下さい。他国の政に口出しする気は一切ないので!」


 私は手で大きな×を形づくり、かんはつ入れずに言い放つ。自分達の争いに人んちを巻き込むな!   の気分だ。

 精霊教会と宗教戦争なんてごめんだし、そもそもラドフィア聖教は他の宗教の存在やそのしんこうを認めている。


「そういうところが、ラドフィア聖教は好ましいのです」


 何が楽しいのか、閣下はくすくすと面白そうに笑っている。


「…………報酬を倍にしていただけるのでしたら、閣下のお考えの通り、お約束の残りの期間、義妹姫の身代わりをしてもよろしいですよ」


 私はぶすっとふてくされた口調で言った。

 あと三億ベセル追加してね!

 という遠回しな追加報酬要求である。


「…………倍?」

「はい」


 とりあえずふっかけるだけふっかけとけ、と私に教えたのはこうしょうじゅつの教師だ。

 まずは様子見で軽く一発お見舞いして、その反応次第でこちらに有利に持っていくんだ、と彼は言った。

 最初にとうていかなえられないような高望みの要望を投げつけ、そこから徐々に譲歩したフリを見せ最終的に本来の希望を通せるようにがんれ!   という手法だ。

  なのに、閣下は見たことがないような晴れやかな顔をして言ったのだ。


「三倍出しましょう」

「はい?」


 私は思わず耳を疑ってしまった。

 だって倍ですらふっかけすぎたなって思っていたのに、それが三倍に増やされていたから。


(…………待って。え?   それって六億ベセル追加ってこと?   え?)


「私は貴女の年代で貴女よりそうめいな少女を知らない。私と対等に話ができ、にんたいづよく、かつちょうはつには乗らぬ冷静さを持ちながらも、決して泣き寝入りはしない…………かんぺきです。 貴女ならば精霊教会の者が何か仕掛けてきたとしても、げんを与えず臨機応変に立ち回ってくれるはずだ」


 身代わりに最も相応ふさわしいとたいばんを押されてしまった。


「…………その前に、一つ条件があります」

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