第一章 私と幽霊と宰相閣下②



***



 ガタンと大きく馬車が揺れ、私の軽い身体からだの上でねた。

 大きく揺れるたびにこれなので、地味に体力がけずられていくのがつらい。

 こらえるようにして座り姿勢を保ちながら、私はぼくな疑問に首をかしげた。


(…………なんで、馬車移動なのかしら?)


 私のようなラドフィア聖教団の聖職者にとってちょうきょの移動は――――少なくとも都市をまたぐような移動は『転移門』で行われる。

 ラドフィア聖教の聖堂に必ずある『転移門』は、大陸中にある聖堂を結ぶ転移ほうこうつうもうを形成している。

 一部地域を除いては当たり前のように使われている重要な長距離移動手段の一つで、聖職者はこの門での移動が当たり前になっている。

 いっぱんの人が利用するにはそれなりのお金がかかるけれど、聖職者や信者には割引があるし、そもそも目の前に座るこの男性にとっては、門の使用料金などたいした金額ではないだろう。


(だって、『私』を借り出すために三億ベセルもはらうんだから……)


 つい先日、めでたく一つ階位が上がったばかりの私の『派遣料』はおそろしく高値だ。

 私はかなりしょうな御技スキル持ちなので、階位が上のすうきょうや大司教達よりも高額なのだ。

 でも、それであったとしても、三億ベセルというのは破格である。

 今回は、何としてでもラドフィアの聖職者の派遣を願わんとする先方が、なかなか良い返事を得られないことにごうやし、『基本ほうしゅうを三億ベセル。別条件の追加報酬有り。現地で予測外の仕事が発生した場合は、都度追加で特別報酬をはらう』という破格の条件を提示してきた。


 ――――それが、だいたい一ヶ月前。


 で、財務省の担当官達が死にそうな顔で私の前で土下座してけいを説明したのが二週間前だ。

 というのも、皇国にあまた多の聖職者あれど、先方の条件に当てはまるがいとうしゃが私しかいなかったのだ。

 もちろん、私に断るというせんたくは最初からなかった。


(だって、この仕事を引き受ければ、期日までに借金を返済できる目処が立つかもしれないんだもの)


 引き受けるという返事をしてからの諸決定は驚くほど早くて、あっという間に派遣日も派遣期間も決まり、しかもむかえの馬車まで差し向けられるというじょうきょうに逆に不安を覚えた。

 しかも、迎えに来るのとえに基本報酬の三億ベセルを金の延べ棒でもって運び込んでくるに至っては、絶対にがさない! という先方の強い意志を感じた。

 素晴らしい気前の良さ! と皆は喜んでいたけれど、逆に私の気持ちはだだ下がりした。

 派遣期間は一ヶ月。たった一ヶ月に三億ベセルである――――そんな高値をつけられて何をさせられるのか……しかも、護衛を連れて行けないことに対してふっかけた追加報酬までもあっさりりょうかいされてしまうに至り、これはもう絶対に何か裏があるはずだと考えずにはいられなかった。

 なのに、その派遣先となるヴォリュートていこくていまでは、わざわざ五日もかけて馬車で移動するというのだから、私がせない気持ちになったのはわかってもらえるはずだ。

 だって、一ヶ月で三億ベセルということは、一日一千万ベセルの日給が発生するということだ。つまり、馬車で移動するだけで五千万ベセルが消える。


 これは日給のづかいでは?


 だって、五千万ベセルといえば、小さな聖堂が一つこんりゅうできてしまうほどの金額だ。 それが、馬車に乗っているだけで消費されてしまう。


(いや、私の場合は考えを逆転させるべきです――――馬車に乗っているだけで五千万ベセルを稼ぎ出したと思えばいいんです)


 そうは思うもののいまいち割り切れない。


(本当になぁ……。どうしたらいいのか……)


 私は真向かいに座る男性をヴェールしに観察する。

 ねんれいはたぶん二十代後半から三十代前半くらい。

 光の加減で青みがかって見える灰銀のかみは、目をらすとうっすら光を放っている。魔力がにじているのだ。


(ヴェール越しなのにこうやってえるくらいの魔力があるってことは、これまでの経験からすると、貴族かそれに準ずる身分だということです)


 指先もれいだし、身のこなしもとても洗練されているので、それなりの身分なのだというのはすぐにわかった。

 細いぎんぶちの眼鏡が、彼の整ったようぼうに冷ややかな印象をあたえているのだけど、実際に彼はあんまり優しい人ではなかった。


(っていうか、私のようなむすめを相手にするつもりはない! 的な感じなんですよね)  


 馬車に揺られすぎて何となく忘れかけていたいかりがこみあげる。

 思い出すとちょっと腹立たしいことに、目の前のこの人は私を迎えに来たというのに、当事者である私は眼中になく上の人とばかり話していた。

 そのせいで私のげんがやや下降していたことを、上の人――――私の直属の上役であるフォルリ枢機卿や法皇猊下らはとっても気にしていたと思う。

 でも、つい一週間前に十五歳で成人したばかりの私は、どもあつかいでご機嫌取りをされるのがいやなおとしごろなので、それをがおもくさつしてこの馬車に乗り込んだのだ。

 当人に直接話を聞こうと思って声をかけたら、仕事が立て込んでいるのでそれが一段落するまでは静かにしていてほしいと一方的に宣言され、おかげでモヤモヤしたまま今日でもう四日目である。


けいやく書類によれば今回のお仕事は、身体の弱いせんていこうのごれいじょうけんじゅつってことみたいですけど、絶対にうそですね !!   仮にも借り受けた仕事仲間を馬車の中で 放置してまでこんな風にいそがしくしている人は、そんなことのためにわざわざ馬車を出してお迎えに来たりしません!)


 そこまで時間がないなら、馬車なんかじゃなく転移門を使えばいいのに!

 と考えるのも無理はないと思う。


(裏を返せば、当事者に説明する時間すらしんで仕事をしているにもかかわらず、馬車で移動しないといけない理由があるってことなんですよね!)


 その理由に心当たりが…………なくはない。

 私は、熟読しすぎて覚えてしまった今回の派遣契約書の写しの文面を頭の中に呼び起こした。


(目の前のこの人は、皇国のとなりに位置するヴォリュート帝国の大貴族フィアリス選帝侯の代理人――――そして今回のらいしゃは、フィアリス選帝侯家)


 皇国の人材派遣契約は、基本的には個人との契約を認めない。

 なので、目の前の彼は、彼の主家であるフィアリス選帝侯家の代理人として契約を結んでいる。彼個人がどうにかなったとしても、あるいは選帝侯がだいわりをしても、そのさいは選帝侯家が負うことになっている安心安全な契約だ。


(そもそも、ラドフィアには契約の神としての側面がありますから、皇国との契約は絶対にできないんですけど…………)


 フィアリス選帝侯家の現当主は、ヴォリュート帝国のさいしょうの地位にる。

 当代のこうてい陛下のそくの際に並々ならぬ助力をし、「宰相なくば、陛下の即位はなかったにちがいない」とまで言われているのだ。皇帝と宰相のあいだがらふんけいまじわりであるとされ、ゆいいつばくぎゃくの友であるとも言われている。

 私の目の前にいるこの人は、その帝国くっの大貴族の当主が代理人に指名するほど信任の厚い人物だということになる。


(さて…………)  


 皇国と違い、帝国において魔法やじゅつで転移することは一般的ではない。

 中でも、ほぼ絶対的に転移門を使わない種類の人達がいる。


(――――転移門を使わなくても自分の魔法で移動が貴族)


 血がうすれたと言われる現代、帝国において魔法による移動が単独でできるほどの魔力を持つのは限られた大貴族のみとされている。

 魔法が貴族を貴族たらしめているとされる帝国なればこそ、転移門を使うというのは、それができるだけの魔力がないと見なされてしまうらしい。


(魔力は血にるっていうのが通説ですからね。…………ただ、代理人でも、選帝侯家の格式っていうものを守らなければいけないのかが疑問なんだけど?)


 うすうす推測できることはあるけれど、断言するにはまだ早い。


(…………でも、そろそろちゃんとしたお仕事の説明をしてもらわないと困るんですよね)


 しょうさいについては直接馬車で説明する、と猊下に言っていたのはこの人自身なのだ。


(説明なしでいきなりお仕事をするなんて無理だし、忙しさを言い訳になしくずしで仕事に入るなんてのもありえない――――というか、これから一緒にお仕事するにあたって、こういうのは良くないけいこうなのでは?)


 小さなつまずきが、大きな失敗の原因になるなんていうのはよく聞く話だ。


(報告・れんらく・相談はえんかつなお仕事の基本ですが、今の状態はそれ以前の問題だと思うんですよね)


 しかも、元々このお仕事はちょっと訳ありっぽいのだ。


(今回のお仕事、私は絶対に失敗するわけにはいかないんです)


 だって大聖堂がかかっているのだ。


(仮にもラドフィアの総本山の大聖堂ですよ? たかが三十億ベセルで差し押さえなんてありえません!)


 三十億ベセルという金額は確かに大金だ。つうの聖職者では一生かかっても稼ぎ出せるものではない。

 だからといって、ラドフィアの総本山の大聖堂の価格というにはあまりにも安すぎる。


(本当は、値段なんかつけたらいけない場所なんですよ !! )


 の国で言うのならば、王宮にも等しい場所である。そんな場所が三十億で他者の手にわたるなんて、あっていいわけがない。

 もちろん、大聖堂だけ手に入れてもどうにかなるものではない。けれど…………たまたま金主である大商人を知っているのだけれど、あのタコじじいなら大聖堂を解体して売り飛ばすくらいのことはする。


(あるいは…………目的は転移門かもしれません)


 タコじじいの転移の時に何度か担当官になったことがあるので、転移門の仕組みや、転移交通網に彼がきょうしんしんだったのを覚えている。


(何にせよ、この仕事で成功を収めて……追加報酬を積み上げて大聖堂をもどすんです!)


 財務省の担当官達には泣いてたのまれた――――もう他に手はないのだと。

 ほとんどの高位聖職者の年金はとっくに担保に差し入れられている。


(あと、七億――――確定している追加報酬を除けば、残り六億)


 私は、白いぶくろおおわれた自分の手を見た。

 やっと成人したばかりの……小さな手だ。

 ふるえる手をぎゅうっとにぎりしめる――――でも、止まらないのだ。


(……こわい)


 ぐっとおくみしめる。

 本当は、怖くて怖くてしょうがないのだ。


(本来、こんな依頼はありえないんだから…………)


 泣きたいような気分だった。

 記念すべき成人して初めての仕事なのに、どう考えても裏のあるとくしゅ案件で単独派遣。 さらには絶対に失敗できないちょう高額任務だ。


(……それを、私一人でやりとげなければならないなんて……)


 金額的なことを言っても、特殊性から言っても、教団あげての支援体制がとられるような案件だ。

 にもかかわらず、依頼元の都合からごくに進めなければならず、さらには絶対に単独派遣でなければいけない……私の階位だったら必ず付き添うはずの護衛の同行すら許されなかった。

 もちろん、その分はぼったくりではないかと思うくらい追加報酬を割り増ししたのだけど…………それを理由にあちらがじょうしてくることを願っていたのに、それすらも仕事が終わった後に満額支払うと確約されていて、これでもかというくらいに逃げ道がふさがれている。


(私にできるのかな?)


 ついそんな風に考えてしまう。

 できないなんて思いたくないけれど、でも、けられているものが重すぎる。


(ううん、グレーシア。できるかどうかじゃなくて、やらなければならないんです!)


 震えを止めるようにぐっと力強く指を握り込み、自分に言い聞かせた。

 やらなければいけないのなら、今、何をすべきか…………。


(できるだけ入念な準備をすること。……そして、失敗する芽をできるだけみ取っておくこと)


 だとすれば、今やれることは一つだ。


(これは、折を見て、ちゃんと《《お話し合い》》をしなければいけません)


『お話し合い』――――『対話』は、ラドフィア聖教の根幹をなす思想である。

『対話』によって、ラドフィア神の眠り続けるこの世界を守るというのが、我がラドフィア聖堂の究極的な役割だ。


(私、『対話』はわりと得意なんです!)


 裏で『言いくるめ術』と言われている『こうしょうじゅつ』の成績は、優・良・可で言えば良だったので、大得意というわけではないけれど、対話というのは何も言葉だけでするものではない。


(いざという時に切れる切り札があれば何とかなります!)


『対話』に物理とか腕力というルビを振る人がいるけれど、か弱い少女である私はそっち方面は全然なので、代わりに得意な魔法や魔術を『対話』の切り札としている。

 それはちょっと違うのでは? という疑問がていされることもあるけれど、大らかでかんようなラドフィア神は、ちょっとりょく割り増しでごろうさせていただく派手な魔術くらいでは、目をつぶったままでいてくださるので、たぶん問題はない。


『なぁに、グレス。その男にれているの?』


からかうような笑いをふくんだ、やわらかな声が私の名を呼んだ。

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