身代わり聖女は、皇帝陛下の求婚にうなづかない
汐邑雛/ビーズログ文庫
プロローグ
覚えているのは赤。
視界一面を
(……ほのお……)
あらゆるものが焼かれ、あるいは
(……あし……いたい……)
ほんの十数歩先で物言わぬ人の
どれほど足に痛みを感じようとも、ここで立ち止まってはいけないことだけは理解していた。
何が起こっているのかはわからない。
でも、見たことないほどの数の精霊達が
キィ――――――ンという空を
不安で、
(だって…………)
ここは知らない場所で、生ある人は自分以外誰もいない。
目の
だから、無中で足を動かした――――ここにいてはいけないのだと、
「……あっ」
何かにつまずいて転び、転んだ先に見知らぬ人の
身を起こしながらも背筋が
(……たすけて……とうさま……かあさま……)
父と母を呼んでも無意味だと、頭の
両親を
すぐ近くに
「……うん……」
震える足で立ち上がる。
(……たすけて、おとうさま……)
心の中で養父となった人を呼んでみたけれど、一度しか会ったことのない男の顔を思い出すことは難しかった。
代わりに思い浮かべたのは、
そっと左耳の
(……おにいさま……)
それだけではない。
一つ屋根の下で暮らしているのだから、と、できるだけ
(……たすけて……おにいさま……)
でも、義兄は今、
(……おにいさま……)
涙がこぼれる。
自分が、この炎の中でただ独りであることを理解していた。
それでも、
この
ぐいっと髪を強く引っ張られて足を止める。
焼けた建物の
「……っ !! 」
その勢いと大きさに目を見張り、足が震えた。
あと一歩前に
(もうやだ……たすけて……だれか……)
空気は熱で
それは誰かの
(…………どうして…………)
どうしてこんなことになっているのかわからない。
でも、自分はこの怒りに吞み込まれてはいけないし、
(わたしには、せいれいのかごがあるから……)
自分がこの怒りに吞み込まれれば、正気を保っている精霊達も荒れ狂うことになる。それはさらなる
踏みしめた
(…………っ!)
もうだめだ、と思ったのと、その声が耳に届いたのはほとんど同時だった。
『…………ねえ、助けてあげましょうか?』
「助けてくれるの?」
その
救いの手が差し伸べられたからというだけではない。
一人ではない、ということが、己の中に小さな光を
『ええ、もちろんよ』
その答えとともに、ふわりと空気が揺らぐ。
炎の支配する空間が軋み、そこに、光が降り立った。
それは、まるで光の
「…………あなたは、だぁれ?」
夜の
『
精霊というにはその姿形はとてもはっきりしていて、とても人間に近かった。
(……でも、ひと、ではない)
「…………あなたは、なに?」
『私? …………そうね、私は……たぶん、
「ゆうれい?」
聞き慣れない単語を
それは、清らかに生を終えたにもかかわらず、生前果たすことができなかった強い願いゆえに天に
よくわからないという表情をした私に、目の前のその人は軽く
『まあ、いいわ。……それよりも、さっさと契約をしましょう。…………ここは危ないし、 この火を
「……けいやく?」
『ええ。…………あなたには力がある。そして、私には知識が││││界を
「わたしに、できる………?」
『ええ…………だって、あなたは■■■■■だから』
でも、この炎を鎮めることが
『私の名は、ヴィヴィアーナよ。ヴィヴィアーナ・リオーネ゠アルフェリア。ビビと呼んで』
「わたしは…………」
自分にも呼ばれている名はあった。正式な真名もある。
けれど、洗礼前の身では名乗ることができない――――名乗ってはいけないと教えられているからだ。
ヴィヴィアーナは、しーっと
『…………わかっているわ。私はアルフェリアだと言ったでしょう』
わたしは、それが何を意味するのかを知っていた。
ああ、そうか……と、幼いながらも
だから、
半分
『…………やっぱり』
何がやっぱりなのか告げぬままヴィヴィアーナは笑って、短い
(…………あ…………)
ズルリと
『ごめんなさい。幼いあなたには
言うのが遅いと思ったものの、言葉にすることはできなかった。今口を開けばきっと、
そうならないよう小さな身体をぎゅっと縮こまらせてしゃがみ込んだ――――ぎゅうっと強く、すべてを
『ごめんなさい。あなたにばかり負担を
「…………いい」
この炎の世界が鎮まるのなら、
「だから……はやく……」
この炎を消して、と言葉よりも
『……ええ。ええ、任せて』
そして、深呼吸を一つすると再び流れるように言葉を
(…………うた、なのかな)
その美しい
不快感をこらえながら
次の瞬間、耳元で叫ぶような精霊達の悲鳴がして顔をあげ…………頭上からものすごい勢いで降り注ぐ炎が目に入った。身体が凍りつく。
『……
(…………みず? ……ちがう、あめだ…………)
次から次へと落ちてくる
(…………つめたい)
それを気持ちよいと感じていたら、ふわりと
ひどく
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