第9話 裏取り

9-1 情報

 公安課の自身のデスクに戻った玉井は、昼食前までのデーターベースを確認する傍ら、業務用パソコンに届いた電子メールを改めて、確認していった。

 新たに届いた電子メールの中に、

 <○○署にて、取り調べを受けている≪世界創世教≫関連と思われる2人について>

というものがあった。

 先に久川が言った件に関する重要連絡であろう。

 「都内〇〇市××署に拘留されている<世界創世教>の関係者と思われる深沢辰美、相川雄造の2人については、<世界創世教>関連と思われる建物に出入りしていたことが確認されており、また、劉仁宏氏殺害のについての関与が疑われている」

 <世界創世教>

については、警察も一定の内偵は行なっていた。活動がなされていると思われる各所の把握を進めている他、実質的な

 <教祖>

が誰なのか、について、裏取りを進めようとしていたのである。

 しかし、

 <教祖>

に容易にたどり着くことはできなかった。先の

 <斉藤良雄殺人事件>

の時の津島も自殺しており、容易に

 <世界創世教>

の中核部に迫れず、苦戦している実態があった。

 「どうしたものか」

  <劉仁宏殺人事件>

に関する仕事を与えられている玉井が、まずなすべき仕事は、データベースの確認である。

 とはいえ、膨大な量の情報を、検索装置によって絞って検索しても、なかなか、答えは出て来ない。早くも疲労が蓄積し、目も疲れて来た。

 左脇の下田が、それに気付いたのか、

 「大丈夫ですか、玉井警部」

と声をかけて来た。

 「ん、まあな。下田君、君だって大変だろう」

 「はい、なんか、本当に疲れますよね」

 昼食から戻って、今日の仕事は後半になっていた。時間は既に2時間ほど経過していた。

 「少し、休むか?」

 「はい」

 下田は、玉井の呼びかけに同意した。2人は席を立ち、休憩室へと向かった。

 休憩室には喫煙室もあるものの、2人は非喫煙者である。自販機でコーヒーを買い、そのまま、テーブルについた。

 休憩室の大型テレビでは、今日も盛んに

 <劉仁宏氏殺人事件>

について、報じていた。

 番組の中では、テレビ記者が、街行く人々に、本件について、色々と問うていた。

 「まあ、そうですね。劉仁宏さんは、殺されたのは気の毒ですけど、外国人参政権をはじめ、外国人の権利を強調するのは、ちょってねえ。劉さんも言い過ぎたんじゃないですか」

 <脇役>

として、存在すべきであり、

 「主役は、日本人(日本国籍所有者)である」

ということを遠回しに主張しているかのような

 <声>

である。

 これは、街を歩いていて、テレビ記者に声をかけられた男性の声であった。そして、その後も全てとは言わないまでも、似たような声が続いた。

 これらの

 <街の声>

を紹介した後、番組はテレビのスタジオへと戻った。

 数人のコメンテーターが出演しており、その中の武村という

 <右派>

の論客として知られるコメンテーターが、

 「だから、国会議員は日本の国益のために働くことが必要なんですよね」

と、劉仁宏があたかも、

 <日本の国益>

を無視して動いた国会議員失格者であるかのようにコメントした。

 しかし、そもそも、

 <日本の国益>

とは何なのか。

 外国人を除く、日本国籍保有者のことだろうか。しかし、それならば、劉仁宏も、日本国籍を保有しているのだから、

 <日本の国益>

を語る資格があるはずである。しかし、武内の言い方では、あたかも、劉仁宏にその資格がないような言い方である。

 それならば、

 <日本の国益>

を語る資格がある者とは一体、何なのか?

 結果として、何等かの

 <特定の思想>

を持つ者、ということになるだろう。

 しかし、これでは、多様性による多角的な存在としての

 <社会>

を基礎に、多様な利害を自由かつ公正にぶつけ合う概念であるはずの

 <デモクラシー>

は成立しない。

 「玉井警部!」

 「?」

 先程まで、テレビを見入っていた2人であった。玉井は自身の思考の世界に耽溺していた。そこに、下田が声を上げたのであった。

 「俺達って、<社会>みんなのための奉仕者ですよね。それなのに武内さんみたいな考えがまかり通ったら、どうなるんですか?それこそ、俺達は一部の人間の為だけの奉仕者になってしまうかもしれません」

 「分かっている。下田君はそれが許せないのだろう」

 玉井は下田をなだめつつも、番組内のコメンテーター達のコメントを見続けた。テレビの画面を見続けるのも、目の健康には良くないものの、データベースをひたすら検索し続ける、という無機質な活動よりはある種の刺激があるだけ、マシであった。また、何かの捜査につながるヒントが得られるかもしれない。

 武内に続き、別のコメンテーターが発言した。

 「衆院の任期満了も近いですがね、普通、ある種の大物政治家の身の上に気の毒な事が起こると、所属の党にお香典票が集まる傾向があります。場合によっては、今度の衆院選に影響するかもしれません」

 与党の

 <民政自由党>

としては、次期衆院選への影響は微妙、といったところだろうか。

 高田首相は、先の武内と半ば、同様の考えの持ち主である。国会答弁でも、盛んに

 <日本の国益>

を主張していた。

 しかし、それこそ、女性首相・高田が言うところの

 <日本の国益>

とは何なのか?

 彼女は、自分の自己紹介のホームページにて、

 「日本を支える各企業を支援したい。日本経済を支える各企業は、日本の誇り」

と述べていた。

 いわば、どちらかと言えば、企業経営者層等の支持の下に動いている政治家であり、

また、国際社会に対する、

 <安価で高品質な日本製品>

売り込み等を主張していた。

 しかし、それらは、定住外国人をはじめ、労働者層からの

 <安価な労働力>

によって支えられているのが現実であった。

 そして、劉仁宏の主張する

 <外国人参政権>

は、政治に、安価な労働力としての定住外国人の意見を反映させることによって、その状況を崩す可能性があった。

 <民主労働党>

は、-党内でも、賛否の両論はあるものの-、概ね、<外国人参政権>賛成の方向に傾きつつあった。

 他方、現時点で公式な政治参加ルートのない、彼等、彼女等の利害に与すると思われる勢力の1つとして、

 <世界創世教>

のような怪しげな集団が台頭しつつあった。

 これは右派政権というべき、高田首相率いる

 <民政自由党>

の治安維持に関する失政とも言えるかもしれない。それを言わば、公式の

 <政治参加ルート>

への道を拓こうというのが、劉仁宏の主張だったと言える。

 勿論、

 <街の声>

にもあったように、外国人参政権そのものには、否定的な意見も少なくない。

 しかし、劉仁宏はなかなかの論客であり、首相の高田も、答弁に詰まることもあった。

 その意味では、劉仁宏が消されたことは、高田政権にとっては、-ある種の非礼な話ではあるものの-、政権運営の円滑化にとってプラス個言うかであったかもしれない。

 このように考えてみると、


 ・女性首相・高田


にとっては、今回の

 <劉仁宏殺人事件>

は棚ぼた的な意味を有するのかもしれない。

 テレビ番組は、続いて、高田首相の実家がある彼女の出身地の映像に切り替わった。テレビ記者は、首相に対する評価等、様々な

 <声>

を聞き出していた。ある女性が、

 「高田さんのお宅は、古くからの老舗の大物さんなんですが、そのほかにも、ツチダだとか、いくつかの名家があって、古くからの伝統を守りつつ、腕を振るっているんです」

と答えていた。

 「ツチダさん?」

 玉井はその名に引っかかった。

 先日、合同会議を主催していた長官と同姓である。

 勿論、偶然かもしれない。しかし、

 「わずかな聞き逃しによって、事件が<迷宮入り>した」

は、捜査を担う者として、あってはならない。

 玉井は、与えられた仕事しつつも、この問題を追求してみたい欲求にかられた。

 しかし、今はまさに、

 <与えられた仕事>

をなすべき時である。玉井は下田を促し、公安課に戻った。


9-2 追及

 「やっと、終わった」

 休憩室から戻って、仕事続きを行っていた玉井にとって、定時が来たことによって、今日の仕事が終わったのであった。彼は、椅子に座ったまま、手のひらを組み伸びをした。

 普段は、データベースのひたすらな検索という無機質な作業によって、終業時には、申し合わせたように、土った疲れが全身から噴き出す感があった。

 しかし、今日は少々、異なった。これから帰宅して、自身で自由に

 <捜査>

をしようというのである。

 警察組織という、本来、捜査を担うところにいながら、自由に活動できず、何かしら

 <抑圧>

された場所から、解放され、

 <自由>

になることによって、かえって、捜査がうまく進むかもしれない。そう思うと、何か嬉しいのである。

 主体的に活動できるということもあるものの、やはり、玉井も刑事なのである。

 <事件>

にまつわる

 <謎解き>

が好きなのであろう。

 「玉井警部、お疲れ様です」

 定時にて、退庁せんとする玉井に下田が挨拶した。

 「あ、お疲れさん、じゃ」

 そう言うと、玉井は席を立ち、私物をまとめた鞄を肩にかけて、公安課の部屋を出た。

 本庁舎を出た玉井は、桜田門駅から地下鉄に乗り、鉄道とバスを乗り継ぎ、自宅に戻った。

 背広から自宅内での私服に着替えるのもそこそこ、自宅内の私用パソコンに彼は向かった。

 彼が考えていた

 <操作>

の手法とは何か?

 まず、女性首相・高田の経歴等をインターネットで確認することであった。

 玉井は、インターネットの検査装置に、


 ・高田初江


と入力してみた。

 様々な項目が出て来る。一番上に出て来たそれは、彼女の自己紹介のホームページであり、そこには、


 ・高田初江


 ・1970年○○県××市出身


とまず、生年月日があり、高校時代までは、その地元で過ごすも、その後、都内有名大学を卒業し、政治家を志し、


 ・民政自由党


に入党したことが書かれていた。

 玉井はさらに、グーグルアースによって、彼女のホームページの<経歴>にある地方を探索してみた。

 すると、今日、休憩室のテレビ番組で見たように、立派な屋敷が映し出された。

 この屋敷は何であろうか。高田初江の<経歴>によると、実家は


 ・□□呉服株式会社


とある。

 玉井は、同社について、さらに、インターネットで検索してみた。

<□□呉服株式会社


 江戸時代から続く老舗の呉服店。この他にも、衣料品販売等、手広く事業を展開>

という意味の解説が

 <□□呉服株式会社>

のホームページにはあった。

 では、同じく、本庁舎休憩室のテレビで見た

 <ツチダ>

はどうか。

 グーグルアースを回してみると、 

 <土田>

と名の付く事業所らしき建物が数件、出て来た。

 果たして、

 

 ・警察庁長官・土田慎一


は、この地区の関係者なのであろうか。

 玉井は改めて、警察のホームページを開き、また、ウィキペディア等でも確認してみた。土田慎一は別の地方の出身らしい。

 「まあ、土田さんって言っても、色々な人がいるしな。この線から迫るのは、やっぱり、難しいかもな」

 改めて、玉井の

 <捜査>

の前に、1つの壁ができた格好となった。

 しかし、どうしても、この線を棄てる気になれなかった。というか、この線を棄てたら、またもや、データベースを検索するだけの面白味もない日々に戻ってしまうだろう。

 玉井も1人の魂ある人間である。そうである以上、自分で

 <自由>

に、自身の意志で行動したいという欲求は棄てられないのである。

 しかし、早くも、

 <捜査>

は壁にあたってしまった。

 この

 <壁>

を乗り越える1つの道として、戸籍謄本をとることによって、関係者の出自等を明らかにする道がある。

 刑事という身分で、かつ、そのような行動が上司から承認されているならば、それも可能であろう。しかし、データベースに張り付くことを半ば、業務として指示されている彼が、そのような行為に出れば、越権行為として処分の対象になるかもしれない。

 玉井は、

 <捜査>

を優先させるか、

 <自分の地位>

の保持を優先させるか、という問題にも突き当たってしまった。

 「ひらめいた!」

と思っても、すぐに壁にあたる。しかし、それが、

 <捜査>

の常であり、また、警察という<組織>においては、

 <捜査>

を優先させるか、

 <自分の地位>

の保持を優先させるかが問題になることも少なくないと先輩刑事から聞いてもいた。この問題が、今日、初めて、玉井の身上に降りかかったとも言えるのであった。

 どうも、データベース検索で疲労しているところに、更なる困難がかぶさりそうな気配である。

 「どうするか、ゆっくり休むか?」

 しかし、

 <ゆっくり、休める>

だろうか。

 玉井は、何かひらめくと、すぐに行動したくなる性格である。また、矛盾あれば、解決したくなる性格である。

 だからこそ、職業として、

 <刑事>

選んだという一面もあったのであろう。そもそも、犯罪は

 <非日常>

とはいえ、日々、何らかの形で動き続ける

 <社会>

という

 <日常>

の産物である以上、そこに土日、祝日等はないのも現実である。玉井自身、非番日に、本庁から、

 「登庁願います」

の連絡を受けたこともあった。故に、常に、追及し続ける姿勢は不可欠であった。

 そうした職業には、

 <何かひらめくと、すぐに行動したくなり、矛盾あれば、解決したくなる性格>

は適した性格とも言えた。

 とにかく、それら故に、

 <捜査>

が、頭から離れることはなく、そして、それ故に、疲れが蓄積していくとも言えた。

 そんな時には、自宅でひたすら眠って、疲れをとるのが良いのかもしれない。

 と、いった具合に、

 <劉仁宏氏殺人事件>の<捜査>

から派生する形で、ひたすら、あれこれ考えることから解放されずに、自身の思考の世界に自身で自身を束縛している玉井がいた。

 その時、傍らの彼のスマートフォンが鳴った。

 ディスプレイには、


 ・金本 佳華


とある。玉井の彼女からであった。

 「あ、もしもし」

 先程から、自身の思考世界にいて、疲れていた玉井ではあったものの、電話に出た。

 「ん?」

 「え?」

 「どうしたの、元気ないじゃん」

 「あ、まあ、ちょっと」

 疲れから覇気のない返答になったようであった。

 「今日、何回か、LINEを送ったけれど、既読スルーされたから、どうしたのかと思って、電話したのよ」

 「ああ、ごめん、仕事が忙しくてさ」

 「明日、良かったら、街歩きしない?私も土日で暇だし」

 「どこ行く?」

 「康君は、どこへ行きたい?」

 玉井としては、自身の世界に耽溺していたので、思いつかない。暫く、言葉に途切れた。

 「どうしたの?」

 スマートフォンの向こう側から、佳華の不安がる声が聞こえた。

 「え、ああ」

 「しっかりしろよ!康君、刑事なんでしょ!」

 男勝りの

 <激励>

とも、

 <叱責>

ともとれる女性の声が響いた。

 「分かりました、はい、お任せします」

 佳華の声に圧倒されたのか、玉井の声と言葉は、上司からの言葉に対する返答のようになった。

 「うん、じゃ、午前10時に渋谷ハチ公前でね」

 「了解、午前10時に渋谷ハチ公前だね」

 「そう、忘れないでね。じゃ、明日、よろしく」

 そう言うと、佳華からの電話は切れた。

 玉井は改めて、

 <ゆっくり休む>

ということさえ、半ば、思考の世界にからめとられていたことに気づかされて、苦笑した。  

 同時に、佳華の存在は、-まあ、台詞の口調は厳しとはいえ-、何かしら、今日のように<壁>にあたって、気弱になっている時、適度な励みを与えてくれる存在だと言えた。

 そのことに気づかされた玉井は、一服の清涼剤を与えられた感がした。

 「1人じゃない」

ことが確認できて、少しく嬉しくなる玉井であった。


9-3 入店

 「待った?」

 今日のデートは、佳華からの申し込みによるものであったものの、彼女は約束の午前10時に、10分程、遅刻して来た。

 「いや、別に」

 時間が多少、前後することは、よくあることであろう。仕事上での遅刻は、社会人として、基本的に許されないことであるものの、

 <デート>

という

 <私生活>

においては、相当のひどい大遅刻でなければ、互いに文句を言いたくないのである。

 一定程度、相手に寛容でなければ、かえって、イライラの世界にはまり込んでしまうようである。

 玉井にとっては、普段、特に、ここ1~2週間ほど、

 <データベース>

に取り組み、というよりも、

 <データベース>

に半ば、紐づけられているのが現実であった。

 そこに、久し振りに、佳華が新鮮なイベントを用意してくれた。玉井自身もしっかり楽しみたい。そのため、玉井は、昨日から、自宅で8時間以上、しっかりと眠ったのであった。そのためか、頭もすっきりした感であった。

 1月も終りに近づき、間もなく2月であった。冬の東京はまだ、空気が乾いて冷たい。しかし、空は青く晴れており、雪も雨もない。今日の天気は、

 <デート日和>

というべき天気であろう。

 非喫煙者の玉井は、ガラス張りの喫煙コーナーの外で佳華を待っていた。喫煙コーナーからは、煙草の匂いが匂ってくる。もし、寝不足だったら、不快感を感じたであろう。しかし、スッキリとした頭のせいで、然程の不快感でもかった。

 玉井は約束の20分ほど前には、ハチ公前についていたので、30分ほど、待った計算になる。

 「さ、行こうか」

 玉井は佳華を促した。

 「うん」

 彼女は同意し、2人は歩き出した。

 2人は、道玄坂を登って行った。寒い冬とはいえ、空が晴れていることもあってか、少し、身体が熱くなってきた感がした。

 「大丈夫かい?」

 玉井は、佳華を気遣った。

 「大丈夫よ」

 佳華は、まだ、これくらい、何のこれしき、といった態度で応じた。

 佳華も玉井と同じく、30代の女性であった。

 佳華-金本佳華は、劉仁宏と同じく、帰化日本人であった。日本に移住して来た中国人、但し、数代前であったので、所謂

 <移住>

から、時間が経過した後、日本で産まれた女性だった。

 元の姓は

 <金>

であり、

 

 ・金佳華


が、元の氏名であった。出自は、中国東北部の朝鮮族だとも聞いていた。

 <外国人参政権>

がいまだにない日本では、参政したければ、劉仁宏同様、帰化しなければならない。


・<政治権力>=<社会>(=各<個人>)のあり方を定義する強制力


である以上、参政権がなければ、自身の人生を他人に定義されているようなものである。

 日本で生まれて育った佳華にとっては、日本という

 <社会>

が、無意識に自分の

 <個人>

と、半ば、当然の如く、恒等式で連結する存在であった。

 <自由>

な<個人>になりたければ、現行の日本の体制に帰化せざるを得なかった。その後、ある華人系の企業に就職し、働いていたという経歴を持っている。

 佳華はまじめな女性である。納税も法に違えたことはなかったものの、

 <帰化>

という行為を-常に、ではないものの-、周辺地域の住民等、一部で、言い立てられ、

 「本物の日本人ではない」

 「何のためにこの国に帰化したのか」

等を、悪口のように、ある種の周囲の知人等から、問いたてられたこともあった。問うた方に悪気はなかったのかもしれない。

 しかし、佳華からすれば、まるで、

 「帰化しても、所詮、よそ者はよそ者」

 「なんちゃって日本人」

といった視線が、ついて回っているかのようであった。

 そうした中、ある時、自称

 <愛国者>

に、路上でからまれていた時、偶然、刑事である玉井に助けられたのであった。

 その後、LINEを交換したことによって、現在の玉井との関係になったのであった。

 つまり、

 <外国人参政権>

を認めない体制の一翼を担う体制側の人間たる玉井に

 (元)<定住外国人>

の佳華が救われるという何かしら、皮肉な結果となったのであった。

 道玄坂を登り切った2人は、その後も歩き続け、喫茶店を見つけた。

 「ここ、入ろっか」

 佳華の提案は、2人は、その喫茶店に入った。

 「いらっしゃいませ」

 店員が2人に挨拶した。

 こじんまりとした喫茶店ではあったものの、土曜の休日ということもあってか、結構、客は入っていた。店内は騒がしく、賑わっていた。

 近くに来たウエイトレスがメニューを2人に差し出し、注文を問うた。

 「ホットコーヒー」

を佳華が言ったのに続き、

 「じゃ、僕も」

と、2人とも、ホットコーヒーを注文した。

 先に出されたコップの水を飲みつつ、玉井が言った。

 「久し振りだね、最近、どうなの?」

 「まあまあ、仕事も順調だし」

 月並みな返答である。

 しかし、佳華は、ある意味、先の電話にもなったように、

 <強い女性>

である。これまで、

 <帰化>

故に、周囲からある種、辛く当たられたことも、これまでの付き合いの中で聞かされたこともあった。だから、かえって、強く出る性格になったのかもしれない。

 しかし、その、

 <強く出る性格>

から出る台詞が、玉井にとっては、何かしら、

 <心の支え>

となっている面もあるにはあった。

 <社会>

での立場が逆方向とも言える2人ではあるものの、何か、心が通じ合うものがあるようであった。

 「というか、康君こそ、警察の仕事、大丈夫なの?」

 佳華が問い返して来た。

 「まあね、でも、まあ、色々と大変だ」

 「どうしたわけ?」

 佳華が更に問うて来た。


 


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