終 この国の今後は?

 元首相・高田初江が逮捕されたことは、日本の政治史上に残る政治史上の大汚点となった。国際関係においても大スキャンダルとなり、このことは各国マスコミでも大きく報じられたのであった。

 当然のごとく、高田内閣は、リーダーであった首相が逮捕されたことで総辞職となり、民政自由党では、新総裁・黒井和久衆院議員を緊急に選出し、首班指名選挙に臨んだ。

 衆参両院では、改めて、首班指名選挙がなされ、高田内閣総辞職後も、民政自由党が第一党であるので、所謂

 <数の論理>

で、首班指名選挙を制した。参議院では、民政自由党の新総裁を首班に選出しなかったものの、衆院では、黒井和久を新首相に選出、衆参両院の両院協議会が開かれ、10日、経過の後、黒井新首相が誕生し、新内閣の組閣となった。

 <黒井新政権成立>

 <黒井首相誕生>

等の見出しが、インターネット、新聞、あるいは、全国の都市の大型スクリーン等に現れたのであった。

 しかし、<社会>の声は、当然のごとく、厳しいものがあった。

 「新しい首相が選出されてもねぇ・・・・・同じ民政自由党じゃね」

 「同じ党の人じゃ、信頼出来なわね」

 玉井は、都内の例えば、銀座等を歩いている際、テレビの取材班からの取材も受けた。

 勿論、玉井は裏で、今回の高田元首相の逮捕劇のシナリオを書いた人物である。又、警視庁公安課の警部の身分であれば、色々、厄介である。

 「すみません、急ぎますので」

 全く、月並みな断りの台詞で、その場をすり抜けて、行くのであった。

 「しかし・・・・・」

と玉井は思った。

 「俺だって、警視庁の一員だ。マスコミの取材が進めば、俺も、マスコミに追われることになるかもしれない。佳華の方もマスコミに追われるかもしれんな。佳華の方から、足がつくかもしれない」

 そうなった場合、玉井の方にも、取材の矛先が向いているかもしれなかった。そうなれば、玉井も逃げられないかもしれない。そうであればどうなるだろうか。、

 「俺は、警察の組織の一員だから、守られるだろうか。あるいは、警察の人事異動の中で、<組織の論理>が変わった場合、その<論理>によって、警察組織内での左遷、最悪の場合は解雇もあり得るかもな」

 いつかも、頭の中で考えていた一種の

 <シミュレーション>

というべきものを、いつの間にか、繰り返していた玉井であった。

 「だが、考えていても仕方がないか。政治の世界は魑魅魍魎だ。いつどこで、どうなるかは、一寸先は闇だ」

 玉井は、その日の勤務時間が終わると、いつもの飲み屋にでも行こうかとも思った。しかし、

 「いや、やめとこう」

と、心中にて呟き、まっすぐ、帰宅することにした。

 以前、彼は

 <愛国誠民党>

の支持を主張する男性にからまれたことがあった。何とか、その時はかわしたものの、今後はどうだろうか。あの時だって、もう少し長く、男性に絡まれていたら、玉井自身も酔っていたこともあり、

 <捜査情報関係>

を思わず、漏らしていたかもしれない。そうなれば、彼は、まさに

 <組織の論理>

によって、その地位を失っていたかもしれなかった。

 自身の地位を失うかもしれない

 <落とし穴>

は、決して、遠いところに存在する他人事ではない。日常の生活の様々な場所に口を開けているのである。

 玉井とて、今までは、何とか、<落とし穴>に落ちることはなかったものの、今後は、どうなるだろうか?

 <落とし穴>

に落ち込む可能性が、今後も無いとは言えない。

 そう思えば、玉井自身も、国家権力の側に立つ存在であるとはいえ、ある種の恐怖を感じざるを得ないものがあった。最悪の場合、警察という国家権力の

 <権力>

の行使によって、まさに、高田初江が、国家の最高権力者から、犯罪容疑者に転落したように、自身も転落しないとは限らなかった。

 <捜査>

は僅かな情報のキャッチと解析がその鍵になる行為である。換言すれば、僅かな失言であっても、それが、

 <僅かな情報>

として、玉井自身に対するある種の

 <捜査>

となって、降りかかって来ないとは言えない。

 そのように思えば、油断は大敵であった。

 「とにかく、自分の城に帰宅しようぜ」

 彼は、自身に言い聞かせると、家路を急いだ。

 通勤電車の乗り換えで、一度、電車を降りた渋谷では、夜になっても、駅近くの大スクリーンが、

 <黒井新政権成立>

を大見出しで報じていた。

 しかし、玉井にとっては、とにかく、今は、自身の立場を護ることが最優先であった。彼は、スクリーンを一瞥したのみで、足早にその場を去った。

 黒井新内閣は、勿論、解散権を行使しなかった。

 <社会>

が、現職首相の逮捕という大スキャンダルに対して、厳しい目線を向けていることは言うまでもなかった。そのような状況の中で、解散権を行使すれば、民政自由党は政権与党から、一挙に泡沫野党に転落するかもしれなかった。

 しかし、先の衆院総選挙によって、選出された衆院議員の4年の任期切れが来年に迫りつつあった。黒井政権は、単なる

 <繋ぎの政権>

でしかないことは明らかであった。

 -翌年、衆議院は議員の任期が切れ、総選挙となった。高田初江が逮捕されて以降、マスコミ等-週刊誌、インターネット等-において、来るべき衆院総選挙についての予想議席数が盛んに論じられていた。

 結果として、民主労働党が過半数ではないものの、第一党となった。

 衆院総選挙の際、各テレビ、インターネットは選挙速報によって、各党の獲得、配分議席について、解説していた。それらの解説によれば、

 「民政自由党が、大幅に議席を減らしたのは現職首相逮捕の影響が大きかったものの、当時の政権与党たる民政自由党よりも<右>の愛国誠民党が、議席を大幅に獲得した場合、外国人排斥等の政策がなされ、日本の現在の経済を支えている定住外国人を含め、外国人労働者が居なくなった場合、経済が大幅に機能不全になる危険性があり、それは、これまで民政自由党を支持していた企業経営者層等にも受け容れられるものではなかった」

という解説がなされた。

 高田元首相等は、劉仁宏を殺害することで、その責任を民政自由党の

 <別働部隊>

というべき<世界創世教>になすることによって、自身は責任を回避するのみならず、外国人の背後には怪しげなカルト勢力というべき者が存在し、故に、外国人の彼等彼女等の政治参加は、危険であるので、参政権を与えないものの、民政自由党の政権の下、一定の保護を与えることによって、2030年代の不可欠な労働力として外国人を維持し、又、 

 <外国人排斥>

を主張する<愛国誠民党>、逆に、外国人参政権を主張する<民主労働党>の双方を排撃する、という政策を主張する、というシナリオを描いたのであった。

 高田初江は、警視庁の取り調べの中で、

 「愛国誠民党が強くなった場合、外国人労働者を排斥して、そこに日本人を入れようとするでしょう。そうした主張に魅力を感じる有権者もいるかもしれない。一時的とはいえ、そうした主張に魅力を感じて、票が流れるのを防ぎたかった」

とも言っていた。

 つまり、場合によっては、

 「民政自由党の政権の下、一定の保護を与えることによって、2030年代の不可欠な労働力として外国人を維持」

を主張する<民政自由党>を見限り、日本人労働者雇用の方向へと向かう経営者層がいるかもしれない。又、日本人労働者の中にも、

 「自身の職場、ポストが奪われるかもしれない」

と考え、愛国誠民党に一票を入れる可能性も考えられないではなかった。それを恐れていた民政自由党であったものの、

 <劉仁宏氏殺人事件>

という犯罪によって、半ば、自らの首を絞めることになったのであった。

 他方、民政自由党が排斥しようとした<愛国誠民党>は、一定の議席は得たものの、国政に大きな影響を与えうる勢力とはなり得なかった。

 やはり、日本経済に不可欠な労働力と化していた(定住)外国人労働者の排斥は、経営層にとっても、多くは受け入れられないものであったのであった。

 加えて、外国人への日本<社会>における差別という意味で、外国からの目も厳しい目が注がれていた。又、

 「自身の職場、ポストが奪われるかもしれない」

と思いつつも、グローバル化の中にしっかりと組みこまれている日本の<社会>にとっては、外国人排斥は各企業で生きる労働者にとっても、受け容れられないものであった。

 故に、原田行雄は、今回は民主労働党に1票を入れた。息子・幸作への教育という意味をも込めて、原田遥は反差別の意味から、同じく民主労働党に1票を入れたのであった。山城葵も、同じく反差別等の考えから、民主労働党に入れたのであった。

 投票後、葵は思った。

 「毒母の真江子が、寝ている間に、うちには、苦しみが分かるから、帰って来い、と言ってきたことがあったな。<社会>の矛盾が苦しいやろうから、そこから、娘のあんたを守ったる、ということやったんかいな」

 そう心中で呟きつつ、葵は、しかし、心中にてとはいえ、はっきりと、それこそ心中に真江子の向かって言った。

 「あんたがどう思っているんかは分からん。せやけど、<社会>のそれこそ、矛盾から目を背けていたら、何も始まらん。あんたがそうしたければ、そうしたらええ。しかしな、前向きにこれからの時代を、うちら若い衆は生きていかなければあかん。そう思うたら、毒母のあんたの意見は単なる人生の妨害者なんや」

 そう言うと、その日は非番の葵は、自宅マンションに戻って、とりあえず、心身をいやすことにした。

 「休日の過ごし方も、前向きに生きるためには重要なことや」

-その後、民主労働党は、少数与党であったものの、他党との協力によって、都道府県、市町村等での外国人参政権を衆参両院で通過させた。これは、

 <グローバル化>

によって、

 <定住外国人は最早、単なるお客人ではない、共生者である>

ことからすれば、

 <共生>

にとって不可欠な外国人参政権が成立したのであった。

 この後、日本は、或いは、日本の<社会>はどのような方向に向かうのであろうか。

 日本の今後について、漠然とした、或いは曖昧模糊たるものが<社会>にあるようであった。

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公安刑事・玉井康和ー日本は何に支配されているのか? 阿月礼 @yoritaka

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