第11話 進行

11-1 出勤

 日曜日は、1人であった玉井は、当然の如く、月曜日には、警視庁本庁舎の自身の職場に戻った。今日も与えられた仕事は、データベースの検索である。

 とはいえ、データベースを検索したところで、これといった情報は見つからない。先日から、玉井と同じく、隣席で作業している下田も同じのようである。

 データベースの検索は、一応は、業務上の指示なのである。勝手に、理由もなく、拒否することはできない。

 しかし、この作業は、半ば、生あくびが出そうな、眠気を誘う

 <ルーティンワーク>

であった。いつもなら、玉井は眠くなるであろう。しかし、今日は異なった。玉井は心中にて思うことがあった。

 「高田首相と土田長官は、本当につながりがあるのだろうか。あるとしたら、どんな親戚関係があるのだろうか」

 この他にも、今回の事件には、疑問点が多い。


 ・未だに行方が分からない凶器:米国××社製ライフル


 ・<劉仁宏氏殺人事件>と<世界創世教>の関係


等である。

 そして、何よりも、ある種の

 <不安材料>

として、脳裏をよぎるのが、先の土曜日、佳華に、捜査の一部を話したことが、

 <捜査情報漏洩>

として、

 <上>

に知られたら、どうなるか、ということである。

 先日も、考えたように、佳華との件については、

 <一般市民への捜査協力のお願い>

として、弁明するつもりではあるものの、しかし、それでも、

 <上>

が、

 <捜査情報漏洩>

と解釈したら?

 それこそ、玉井の地位は危うくなるであろう。あるいは、土田が本当に、何等かの本件への関係を持っているなら、

 <左遷>

等によって、あるいは、警察組織内で、定年まで日の目を見ない生活になるかもしれない。

 いや、いや、それこそ、一挙に警察組織からの追放、すなわち、

 <懲戒免職>

もありうるかもしれない。

 このように考えていると、玉井は、

 <不安材料>

を感じるよりも、

 <恐怖>

を感じざるを得ないのである。

 こうした心中での動きが気になったのか、玉井は思わず、椅子の上から、後ろを振り返った。

 上司の久川は、自身のデスクで、彼もまた、いつも通り、何等かの作業を行なっていた。

 久川も、彼自身の

 <ルーティンワーク>

を行っているようであった。

 玉井の振り返りは、ほぼ一瞬のことだったので、久川は、玉井が振り返って自身を見たことに気づかなかったようであった。

 改めて、自身のデスクで、パソコンに向き合った玉井は思った。

 「しかし、気になるな。今度の件に<世界創世教>が関係しているなら、それこそ、俺達、公安の関係者が行くべきではないか。それを、久川警視はなぜ止めたのか」

 このことが気になった玉井は、今現在、自身が向き合っているパソコンで、上田の経歴について、見てみようかとも思った。しかし、生あくびの出そうな

 <ルーティンワーク>

とはいえ、やはり、与えられた業務の最中である。

 指示外のことをしているのを見つかると、ましてや、


 ・高田首相-土田警察庁長官


の関係が、今回の件に関して、関連があるとなると、いよいよ、久川にとがめられるかもしれない。そうなれば、佳華の協力を得た

 <捜査>

の頓挫、以前の話になるだろう。それだけは避けたい。

 <ルーティンワーク>

は、同じ作業の繰り返しだから、

 <ルーティンワーク>

である。

 その内容があまりに、単調だからこそ、それこそ、あくびが出るし、居眠りの睡魔に誘われる。今日は、いつもと異なる1日であったにもかかわらず、玉井は眠気に襲われ出した。

 「玉井君!」

 「どうしたんだ?いつもの君らしくないじゃないか」

 久川からの叱声が届いた。

 「あ、すみません、警視」

 <上>

の一員であり、<世界創世教>関係者の取り調べを避けさせた、という点では、久川も又、ひょっとしたら、捜査すべき

 <敵>

なのかもしれない。その仮想

 <敵>

に目を覚まされた玉井であった。

 右隣の下田が、玉井に声をかけた。

 「どうしたんですか?まだ月曜なのに、お疲れですか?」

 玉井は心中にて言った。

 「それはそうだ。<ルーティンワーク>は眠気を誘うよ。しかし、今日はちょっと違うものもあるな。<大捕り物>になるような話をシミュレーションしていたんだからな。しかし、それに疲れて、いつも同様に眠くなったようだ」

 しかし、口では、

 「いやいや、申し訳ない。俺も弱いんでね」

と、何か、月並みな

 <弁解>

をした。

 「そろそろ、昼だな、下田君。昼にするか」

 「そうですね、玉井警部」

 2人は食堂に向かった。

 今日の食堂には、ちょうど、昼時に来たからか、沢山の職員で込み合っていた。その中に、山城、塚本両警部補の姿を認めたものの、玉井は目を合わせないようにした。

 きっと、彼女等は、

 「捜査一課の仕事を奪ったやつ」

と公安課を憎んでいるだろう。席もなるべく、彼女等2人と離れた場所にした。

 玉井と下田は、同時に席に着いた。食堂内の大型テレビは相も変わらず、

 <劉仁宏氏殺人事件>

について、放映していた。しかし、途中からニュースとなり、国会についての報道に変わった。

 画面内で、首相の高田が○○委員会にて、答弁している姿が写し出されている。

 「我が民政自由党といたしましては、劉仁宏議員が、わが党のライバル<民主労働党>の所属であったとはいえ、誠に遺憾に思うものであります」

 はきはきとした彼女の答弁である。

 「さて、どうなりますか」

 玉井は心中にてつぶやいた。

 どうなるか、については、まず第一の鍵については、佳華から届けられる

 <戸籍謄本>

であろう。

 「玉井警部、さっきから、随分、見入っていますね」

 「え?」

 確かに、テレビに見入りすぎているようであった。味噌汁は冷えて来ていた。

 昼休憩は、そんなに長いわけでもない。

 「すまん、すまん」

 そう言うと、玉井は、冷えかけた昼食をかき込んだ。

 2人は、食堂を出て、公安課に戻ると、それぞれ、パソコンでの電子メールチェックを行なった。昼食と共に、電子メールチェックは、

 <ルーティンワーク>

から離れることのできる、一種の

 <束の間の休息>

かもしれなかった。同じ作業が続くと、どうしても、

 <異なる刺激>

が欲しくなるものである。

 数件の電子メールの中に、

 <動静>

というものがあり、

 「首相、2月○○日、赤坂の料亭Hにて、会食の予定」

とあった。その会食の出席者の1人として、

 

 ・警察庁長官・土田慎一


の名があった。

 この情報を見た途端、玉井は眠気が覚め、更に思った。

 「面白くなってきたんじゃないか。何が、実際、話し合われるのか」

 但し、会話は料亭でなされる以上、

 <密室の密談>

である。勿論、ポイントは、

 「如何にして、内容を知り得るか」

である。

 しかし、新たな問題が浮上したものの、事件はいよいよ、面白い方向に向かっているようである。

 <密室の密談>

を如何にして、知り得るか、という問題を突破できれば、

 <捜査>

は大きく、進展することが期待できそうである。

 事件が面白くなってきたからか、玉井は、パソコンの前で、思わず笑みが出た。


11-2 佳華の連絡

 それから数日、やはり、

 <ルーティンワーク>

を続けていた玉井であった。そして、今日も時間が経ち、定時となった。

 「それじゃ、今日はこの辺で失礼します」

 そう言うと、玉井は、定時で職場を引き上げた。

 いつもの如く、地下鉄と電車を乗り継いで自宅に戻った彼は、背広を脱いで私服に着替えると、パソコンに向かった。

 佳華の提案を受け入れて以来、

 <捜査>

に関する彼女からの電子メールが来るのを期待している日々であった。しかし、昨日までは特に、これといった電子メールは来ていなかったのである。無論、すぐに、

 <良い情報>

が入って来ることは、多くはない。辛抱も捜査を進める際の必要な条件である。

 しかし、今日、やはり、

 <良い情報>

が入って来ているかもしれない。ある種の期待をもって、注意深く、メールボックスを下へとスクロールして行くと、

 <連絡>

と題する電子メールがあり、佳華からだった。

 「康君、こんばんは。今日も警察の仕事、大変だったかしら?お疲れ様です。所望の戸籍謄本の写しを、添付ファイルとして送ります」

とあった。

 期待の情報である。重要情報だけに、もう少し、時間がかかるかと思ったものの、予想よりは早かった。

 「どれどれ」

 玉井は添付ファイルを開いてみた。ファイルは3通あり、1通は高田についてのもの、もう1通は、土田について、更に、高田の祖父の代にさかのぼったものもあった。


 高田 初江 1970年 〇月〇日生まれ


 本籍地 ××県××市○○街1-14


 テレビで放送していた地所とほとんど変化ないようである。

 さらに、高田の祖父についてのそれを見ると、初江の父には妹がおり、土田家に嫁いだものの、そこから、更に分籍していた。分籍事由は離婚であった。

 そして、その分析した妹の子が土田慎一であった。生年月日は、警察庁のホームページのそれと一致する。

 やはり、つながっていた。

 「先日のテレビでの些細な情報を見逃さなくてよかったな」

 玉井は改めて、思った。そして、佳華に向けて返信メールを打った。

 「返信、感謝!ところで、政府の<動静>として、2月○○日、赤坂の料亭Hで、土田警察庁長官も参加の形で、高田首相が会食を行う。情報を何とかして、つかみたいのだが」

 こういった内容の返信メールを打って、送信した。

 暫くして、返信が来た。

 「ならば、料亭Hの隣の料亭F等に予約を入れて、某企業の会食という形で、情報を収集しましょう。高性能の収音機を使えば、会話が録音できるかもしれない」

 いよいよ、

 <スパイ>

から、国家を守るべき公安刑事が、

 <国家の最高権力者>

に対するスパイとなりつつあるようであった。

 玉井は、自身も佳華との会話で合意していたとはいえ、何かしら、違和感を感じつつも、

 「了解」

の電子メールを送った。しかし、やはり、自身が

 <スパイ>

と化していく姿に悩まざるを得なかった。

 しかし、それでも、1人の刑事として、自身の

 <事件>

を、最後まで追いたかった。

 そういう気概がなければ、彼とて、職業としての刑事を選ばなかったであろう。

 あるいはこれは、

 <組織の論理>

という

 <抑圧>

に対する

 <社会>

からの

 <情報提供>

による

 <捜査協力>

という建前を使うことによる、彼なりのギリギリの抵抗かもしれなかった。

 そうは言うものの、今日の

 <捜査>

は他人任せである。自身が主役になっているわけではなく、あるいは、

 <情報漏洩>

として、処罰の可能性があるかもしれない。それがまさしく、また、改めて、

 <組織の論理>

として、玉井の心中に重くのしかかるものがあった。


11-3 2月○○日、料亭<H>

 「首相、お待ちしておりました」

 高田の到着前から、玄関の外に出て、首相の高田を待っていた料亭Hの女将が、深々と頭を下げ、本日の主役である高田初江を迎え出た。

 黒塗りの政府公用車から、玄関前に数台が停車し、他にも背広姿の関係者が数人、出て来た。

 その中には、もう一人の主役、警察庁長官・土田慎一の姿もあった。

 これから、料亭内では、高級な料理に酒がふるまわれ、上品な雰囲気な中での

 <政治>

がなされるのであろう。

 隣の料亭<F>では、既に、佳華の会社が手配した

 <宴会>

が開かれていた。その建前は

 <□□株式会社重役会>

であった。

 <□□株式会社>

は、佳華の勤める華人系企業の関連会社の関係者が構成していた。

 既に、料亭<F>の

 <□□株式会社重役会>

では、座敷への料理の運び込み等は終わり、スタッフ達は、部屋を出た後であった。

 無論、彼等の活動が、首相・高田等への

 <スパイ活動>

等であることが知られてはならない。スタッフ達には、

 「これから、重要な会議があるから」

との建前で、スタッフ達が不用意に立ち入らないようにしたうえで、隣接する料亭

 <H>

の会話について、録音できるよう、録音装置のスイッチを入れた。

 この盗聴装置とも言うべき録音装置は、実は、手製のものであった。3Dプリンター等をも用いて、組み立てたものなのである。

 勿論、21世紀となり、2030年代となった今日では、

 <情報化社会>

と言われて久しい。その

 <情報>

を得るための装置を作製することについては、それこそ、ひと昔前に比較すれば、

 <盗聴装置>

のような、それこそ、ひと昔前ならば、日常生活とはかけ離れた映画の中の世界にのみでしか見られなかったような物品さえ、部品さえ入手できれば、容易にインターネットを参考として、組み立てることができる時代である。

 そして、<情報化社会>であるからこそ、インターネットによって、大量生産の中から、部品等を調達できる時代でもある。彼等が使っている装置の部品には、そうしたものがほとんどであった。

 秋葉原等で、部品を購入し、また、それらによって、装置を組み立てることもできた。しかし、それでは、盗聴活動そのものにアシがつくかもしれない。それをまくために、イ部品のほとんどは、インターネットによる大量生産品の調達であった。

 「さて」

 <□□株式会社重役会>のメンバーの1人が<盗聴装置>を入れると、装置は上手く作用した。今日のために、この装置は、一度、テスト済みであった。テスト時と同様、問題は無いようである。

 <情報化時代>

において、所謂、

 <パソコン>

や、

 <タブレット>、<スマートフォン>

等の情報装置は、最早、

 <社会>

を生きる各々の

 <個人>-勿論、自然人のみならず、各法人も-にとって、必携の装備である。そして、それらの装置は、使用に慣れ、かつ、必要なれば、自身で組み立てることもできる、最早、

 <専門性>

をある種、有さない存在である。それらからすれば

 <情報>

の取得は、然程、困難なことではない。

 スイッチを入れた装置からは、隣接の料亭

 <H>

からの会話が流れて来た。首相はじめ、政府の大物の会話であるからか、

 <H>

では、今日は高田や土田等の貸し切りになっているらしい。

 他室からの会話等、いわば、

 <雑音>

が流れ込むこともなく、その会話内容は、かなりの程度、スムーズに流れて来た。勿論、

<F>にて、盗聴している

 <□□株式会社重役会>

の装置には、録音装置もついており、又、万が一の録音漏れの場合のため、各自のスマートフォンの録音システムを作動させてあるのである。

 「いやあ、お疲れさんです」

 土田の声であった。何か、知人、友人と私的に会話しているかのような口調である。

 「そうよ、お疲れさん」

 高田の声が続いた。同じく、知人、友人と私的に会話しているかのような口調であった。

 何かしら、政治家としての公的会話ではなく、私的会話を思わせるものである。


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