第3話 本庁舎内にて
3-1 帰庁
「只今、帰りました、警視」
葵は、上司の本山に帰庁を報告した。
「あ、おかえり、山城君」
自身のデスクの傍らに立つ葵に対して、本山は言った。
「劉仁宏氏の殺人事件の件だけどね、今日、また、捜査のための合同会議が、午後3時から開かれる予定だ。山城君には、現場の状況を報告してもらいたい」
「はい、警視」
「それから、この件は、現職の国会議員が殺害された事件なので、やはり、会議の席には、公安の関係者も参加する。公安の参加者としては、あちらからの連絡によると、やはり、警部の玉井君が出席のようだ」
以前、斉藤良雄殺人事件の時も、公安から、第1回の捜査会議の時に、玉井が出席していた。その後、玉井の会議への出席は、見られなくなった。
葵はこの時、
・捜査一課-公安課
の捜査についての主導権争いが起きていた、と考え、結果として、捜査の主導権を捜査一課が握るのに成功していた、と考えていた。
しかし、今度は、どうだろうか。
「それこそ、本山警視が言うように、現職の国会議員が被害者や。政治関係の事件であることは、大いに考えられる。今度は捜査の主導権を、公安に奪われてしまうかもしれん」
葵は、自身の力で、警視庁の採用試験を突破し、採用後はまず、最下級の巡査から出発して、功績をあげ、今日、そのキャリアは、警部補という、一定の地位にまで来ている。
捜査は
<犯罪>
という
<日常>
の中の
<非日常>
を追う行為でもあると同時に、複雑怪奇に、様々なベクトルが行き交う各々の
<個人>
同士が結びあう
<ネットワーク>
というべき
<社会>
において、様々な<個人>と葵自身が結びつき合いながらも動いているというか、彼女自身の
<人生の旅>
のようなものである。
葵は、警察あるいは、警視庁という組織の中において、1つの
<歯車>
ではあるものの、捜査一課が主導権を握ることができれば、彼女自身が、1つの
<人生の旅>
として、主体的に動くことができる、とも言えよう。
「で、山城君、午後3時までに、会議に必要な準備をしておくように」
「了解です、警視」
葵は、いつもの職場における<日常>と言うべき、月並みな返事をした。
葵は、半ば空腹ではあるものの、まずは、自身のデスクに戻り、業務用のノートパソコンを開いた。
まずは、業務上の情報を確認しなくてはならない。
同じく、いつものように、葵の正面でデスク作業をしている楓は、同じく、自身のノートパソコンに向かって、もくもくと何かを作業をしていた。
<捜査>
という作業は、事件現場でのそれのみならず、室内での事務作業を通しての作業も欠かせない。そうした日々の努力の積み重ねの成果でもある。
但し、今回は、楓は別の事件に回されているので、今回の劉仁宏殺人事件の件については、捜査一課内での作業としては、葵1人の孤独な戦いと言えた。
<人生の旅>
の主導権を握るべく、戦っている葵ではある。しかし、これまで、共にコンビを組んできたことの多かった楓が、今回は、別ベクトルになっているのは、少し寂しく、また、心細いものにも感じられた。
葵は、そのある種の心細さから、正面の楓に声をかけてみようか、とも一瞬、思った。しかし、彼女は今、真剣に自身のパソコンに向き合っている。楓も又、自身の
<人生の旅>
を歩んでいるのだろう。その姿は、
「葵、あなたも真剣に自身の仕事に取り組みなさい。私は私で、頑張っているの。邪魔はなしよ」
と無言のメッセージを送ってきているかのようにも見えた。
「いかん、いかん、何をしとんのや」
葵は、心中にてつぶやくと、自身のノートパソコンに向かい直った。
パソコンの電子メールボックス内には、多くのメッセージが来ていた。
葵はそれを、順番にではなく、まず、検索窓に、
<劉仁宏>
と入れて、劉仁宏殺人の件から、順番に確認していった。
午後3時から、劉仁宏殺人事件の件について、合同の捜査会議が開かれることについての電子メール内には、本山から説明があったように、公安からの出席者として、
・公安課・玉井 康和 警部
の氏名の他、警察病院において、検死にあたった担当医
・市原 清志
の氏名等があった。この他にも、鑑識方面から、銃器の関係者等が参加すること等が書かれていた。
勿論、会議参加者氏名の中には、
・警視庁捜査一課・山城葵警部補
の名もあった。
午後3時からの会議参加者の各氏名等を確認すると、彼女はさらに、劉仁宏の経歴について書かれた電子メールの確認に入った。
その電子メールには、
<被害者・劉仁宏氏の経歴>
とタイトルにあり、その個所をマウスでクリックすると、劉仁宏についての経歴が出て来た。
劉仁宏は、40代の男性であり、日本に中国方面から移住してきた両親の下に生まれていたことが改めて、確認できた。
彼は、出生の時には、両親が共に中国籍であったことから、中国国籍であったものの、役10年前、彼自身は日本国籍を取得し、その後、地元にある選挙区から立候補し、衆院議員となったのであった。
所属の党は、葵自身が既にインターネットニュース等で確認していたように、野党第一党の
<民主労働党>
であり、与党の
<民政自由党>
とは対立する立場にあった。
「さて、肝心の犯行動機は何やろ」
葵はさらに、劉仁宏関係の他の電信メールをクリックした。
しかし、犯行動機については、書かれた電子メールは特になかった。捜査会議の席で発表されるか、または、列席者各々から、各自の主張を発表させる形になるのかもしれない。
劉仁宏関連の各電子メールを確認し終わった後、その他の事務的メッセージを確認した葵は、またしても、空腹を感じた。仕事に取組んでいたことから一時的とはいえ、解放されて、
<日常>
の基本である身体的欲求である
<食欲>
が、間違いなく存在し、自己主張しているのであろう。
デスクに向き合って、椅子に座ったまま、葵は捜査一課の部屋の壁面の時計を見た。
時計は、
・午後1時50分
を指している。
「いかん、いかん、早よ、お昼を済ませて、午後3時からの捜査会議に間に合わせんと」
内心で、そのように言い、慌てた葵は、
「本山警視、会議の前に、お昼に行って来ます」
と、上司の本山に、一言、告げると、楓にも、
「塚本警部補、お昼に行って来ます」
と一言、告げた。
一瞬、楓は、自分の世界を破られたからか、顔を上げて、少し、驚きの表情を示したものの、
「了解です、山城警部補」
と、返答し、再び、自身のパソコンに顔を向き直した。多分、楓は、既に昼食を済ませているのだろう。
とにかくも、まずは、昼食をすませなくてはならない。改めて、帰路、中途でパトカーを降りたことを悔やみつつも、葵は庁舎内の食堂に向かった。
3-2 遅目の昼食
その日の警視庁本庁舎内での昼食は、鴨蕎麦であった。
漸く、暖かい昼食を口にすることのできた葵であった。湯気を立てた麺と、赤い、しかし、澄んだ汁からたつ香りが、空腹だった彼女には、特にかぐわしいものに感じられた。
昼食が遅れた分、今日の昼食は、胃に浸み渡るようである。
しかし、短い休憩時間も、
<劉仁宏殺人事件>
は、葵を半ば、解放してくれはしない。
食堂内の大型テレビが放映する番組は、
<臨時特集>
と題して、同事件について放送していた。放送されている番組は、民法の所謂、
<ワイドショー>
番組であった。
普段なら、とりとめのない
<街中特集>
やら、
<芸能ニュース>
を放送しているところであろう。その内容も、ある意味、
<不真面目>
な、視聴者からの、ある種の笑いを誘わんとする内容であったろう。
しかし、今日は、現職国会議員の殺人について、取り上げているのであり、いつもとは、うって変わって、司会のタレント氏も、真面目な表情であった。
葵は、事件の当事者だからであろう、蕎麦を数口、胃の中に流し込み、空腹が和らぐと、すぐにテレビの方に気をとられた。
番組の中で、司会者が、出演者の1人である政治評論家に問うて、言った。その堀田修治という政治評論家は、
「いや、今回の事件ですが、どうでしょう、今日、劉仁宏議員の御遺体が発見されたばかりですので、何とも言えないところもありますが」
と前置きしつつ、
「やはり、今、申しましたように、今日、御遺体が見つかったばかりですからね。その背後にどんな動きがあるかは、私も分かりかねます」
葵は、この堀田については、スマートフォンや自宅のパソコン等にて、これまでも目にしてはいた。比較的はっきりと、かつ、分かりやすく、政治状況を解説してくれる評論家なので、一定の信頼を置き、又、選挙の時には、国政、地方を問わず、彼の評論を参考にすることも多かった。
しかし、今日のそれは、どうにも歯切れの悪い口調である。
「何や、堀田さん。いつもの歯切れの良さはどないしたん?」
葵は心中にて、テレビ画面の中の堀田に、思わず、疑問の声を投げかけた。
しかし、いつも、歯切れよく、分かり易い堀田氏が、今日は歯切れが悪いのは、それこそ、彼の背後に何かがあるからなのだろうか。
番組の中で司会者が続けた。
「劉仁宏議員は、外国人参政権賛成論をはじめ、外国人の人権を主張する論者でしたね。その件で、反対論者から憎まれ、殺害されたという可能性はいかがでしょうか」
「まあ、その可能性もあるかもしれません」
堀田は、困惑の表情を浮かべつつも、答えた。
「堀田さん、歯切れが悪いな」
葵は、そうは思ってみたものの、警察関係者として、考えてみるに、思い当たる節がないでもなかった。
所謂、
<愛国者>
を自称する者たちによる嫌がらせである。
かつて、葵が担当した斉藤良雄殺人事件が、一応の解決を見た後、葵が外食していた時にも、
「外国人参政権反対」
を叫ぶ街宣車が活動していた。
こうした活動をしている当の当事者は、自分たちは
<愛国>
を叫ぶ、格好の良い存在と思っているのであろう。
しかし、それは、大音量によって、周囲に迷惑、というか、恐怖を与えているのも又、事実であろう。
そして、その大音量によって、相手を恐怖させるという
<破壊力>
によって、
<愛国者>
を気取っている勢力にとっては、彼ら自身が敵とみなす勢力の
<日常>
を破壊し、
<恐怖>
の日々という
<非日常>
の生活へと引き込むことに、力を発揮するものと言えた。
「堀田さんも、そうしたことで、困ってはるんかもしれんな」
多様な利害が交差する現代の<社会>において、全てに対処することはできない。その隙を縫って、利害という、誰でもが有する
<日常>
の概念の中から、犯罪を含めて、ある種の
<非日常>
が発生しているのであった。
人々の<日常>という平和な生活を<犯罪>という<非日常>からまもる立場にある葵としては、忸怩たるものがある。しかし、警察官も又、1人の生身の人間であり、超人ではない。
<日常>
とは、そうした現実との妥協とも言えるのである。
しかし、葵は、
<諦め>、<妥協>
という言葉が好きではない。毒母・真江子との戦いという現実が、自身の生活において存在しているからであろう。
暫く、心中にて、思うものがありつつも、テレビの画面に見とれていた葵ではあったものの、画面の中の司会者が、
「お伝えしておりますように、本日の≪ワイド○○ショー≫は、予定を変更して、劉仁宏衆院議員殺人事件のニュース番組として、お届けいたしました。間もなく、午後2時50分になります。CMを入れます」
とつげ、番組がCMに切り替わったことによって、自身の思いに耽溺していた葵も、自身の置かれた状況に改めて気づかされた。
「いかん、いかん、もうすぐ、捜査会議の時間や」
葵は改めて、自身が捜査一課の自身のデスクから持ち出した資料等を確認した。昼食時間が見時間ことも分かっていたことから、食後、会議に直行できるようにしていたのである。
「よし、必要な書類等は、間違いなくあるね」
今回の事件は、いつものそれにもまして、重大な事件である。警視庁内で、捜査一課の刑事が会議の冒頭から、資料を忘れたともなれば、周囲の関係者から、
<やる気>
を疑われるかもしれない。そして、場合によっては、
「それならば、捜査の主導権は他課が持つべきだ」
との声が上がり、捜査の主導権が、例えば、
・捜査一課⇒公安課
といった流れにでもなったら?
いよいよ、大失態である。
人間にはある種、ミスがつきものである。そして、それは、些細なミスから大ミスへと発展してしまうこともある。
捜査においては、
「些細な見落とし、聞き落としが、結果として、事件解決のカギを逃し、その事件を迷宮入りさせる」
等とも言われる。
<ミス>
が原因の失態は、まさに、
<日常>
において、自身の身近、或いは、自身の中に、常に潜んでいるとも言えた。
「大丈夫や、さ、急がな」
葵は、鴨蕎麦のどんぶりが乗った盆を返却口に返し、急ぎ、食堂を出た。速足で、会議室にむかってみると、14時55分であった。なんとか、ぎりぎり、セーフであった。
会議室の戸は開いており、葵は一言、
「失礼します」
と言って、一礼すると、会議室の開いている席に座った。パイプ椅子に折り畳み式のテーブルの会場である。
見れば、外は相変わらずの雪である。その勢いは、一層、激しくなっている感があった。
会議室の壁面の時計が
・午後3時
を指した。しかし、席が一人分、空席のままである。
会議場の設営をしたらしい巡査のスマートフォンが鳴った。彼は即座に応対した。
「はい」
葵をはじめ、一同の顔が、その巡査の方を見た。
「え、あ、はい。分かりました。この突然の大雪なので、思うように車が進まず、少々、遅刻されるんですね。分かりました」
巡査は、さらに、言った。
「分かりました。30分から1時間ほどですね。はい、皆さん、既に集まってらっしゃいますので、なるべく早く、お願いします」
巡査はスマートフォンの電源を切ると、言った。
「すみません、皆さん、聞いての通りです。警察病院で劉仁宏氏の遺体を検死した監察医の市原清志医師ですが、この大雪のため、30分から1時間程、遅刻されるとのことです。ですので、会議はその分、開始が遅れます」
この言葉を聞くと、葵は、持参した書類の確認を始めた。事前準備の時間を与えられたという意味では、突然の悪天候たる
<雪>
が、葵に味方してくれたとも言えた。しかし、
「やっぱ、遅刻はいかん。さっきから庁舎内にいたうちには、<雪>は遅滞を正当化する理由は与えてくれんのや」
と、自身を戒めた。
3-3 準備
葵は、資料を確認しつつも思った。
「今日の捜査会議では、何が言われるんやろうか」
何が言われるのか?考えられるものとしては、当然、以下のものがある。
① 犯行動機
② 凶器となった銃器
③ 死亡推定時刻
等。
① 犯行動機
については、先程のテレビのワイドショーでも論じていたように、劉仁宏が、
<外国人参政権>
推進論者であったことが、犯行動機の1つとして、挙げられるのではないだろうか。この点については、
<劉仁宏殺人事件>
は一種の
<政治問題>
であり、公安が捜査会議に出席して来ていても、おかしくはない。
折り畳み椅子とテーブルが、会議室の中心を四角く囲む形で、四角形に組まれている会議室の一遇に葵は座っていた。葵以外の列席者も、担当医の市原が到着するまでの時間を利用して、資料の整理、確認をしている。
その中に、業務用電子メールにもあった公安課の刑事としての玉井康和警部の姿もあった。葵から見て、やや、右斜め前正面の席に座っており、持ち込んだノートパソコンにて作業していた。
葵は一瞬、パソコンに向かって、作業している玉井をにらんだ。
勿論、玉井が個人として、憎いというわけではない。
捜査一課所属の葵としては、玉井は、彼女にとって、仕事上のライバル、場合によっては、彼女の仕事を奪いかねない、犯人以外の、もう一つの
<敵>
かもしれなかった。
そうした思いが、右斜め前に座る玉井への表情としてあらわれたのかもしれなかった。
その表情に、玉井が気づいたか否かは定かではない。しかし、敵意とも言える表情を相手に気づかれてもまずい。葵はすぐに、自身の顔を、自身の資料へと戻した。
とりあえず、今、とにかく、この時点で、葵に出来ることは、与えられた自身の立場を踏まえて、仕事としてなすべきものの準備をおこなうことであるはずである。
資料に目を通した葵は、資料の各項目を、番号ごとに、その内容を確認していった。
② 凶器となった銃器
は、特に気になるところでもある。銃の特徴、種類等が特定できれば、容疑者にたどり着くのは容易かもしれない。
捜査一課の自身のデスク上のノートパソコン内の電子メール等の添付ファイルをダウンロードしておいた手元の資料の中に、3ページ目の部分に、凶器とみられる銃器についての解説が載っていた。
しかし、その記述は、葵の内容を裏切るものであった。
「本件の凶器とみられる銃器については、警視庁内の銃器等のカタログには見られないものであり、又、銃弾についても、現時点では、カタログでは、発見されていない」
これでは、本来、犯罪の有力物証であるはずの
<凶器>
がまるで、有力物証の役割を果たせてない。早くも、捜査に暗雲が漂ってきた感がある。
しかし、劉仁宏は、間違いなく、胸部の中心、つまり、心臓を撃ち抜かれて死亡していた。犯人の側は、一体、どんな銃を使用していたのか
葵は大学卒業後、警察学校にて、勿論、拳銃の使用方法等も訓練されていた。撃鉄を引いた時、耳当てをしていても、結構、銃声は激しく、耳に響いたことを記憶している。
しかし、劉仁宏の死体が発見された都内郊外の河川敷付近にて、銃声を聞いたという証言は得られていない。
「特殊な消音装置の付いた特殊銃やったんやろうか」
あり得る話である。銃声がなかった、という点では、逆に、本件の事件解決についての1つの特徴とも言えるものを得られたかもしれない。
では、
③ 死亡推定時刻
についてはどうか。
これについては、持参の先の資料には、第5ページ目から始まっていた。
「劉仁宏氏は、現場である都内○○市の××川河川敷にて発見された1月△△日、早朝午前○○時の少なくとも、12時間前に殺害されているものと推定される」
葵にとっては、
「少なくとも」
という文言が気になった。
どうも、死亡推定時刻があいまいである。無論、
<推定時刻>
であり、また、事件からさほど時間のたっていない、現時点では、細かく、時間を特定することはできないであろう。
しかし、
「死亡推定時刻がはっきりせんとなると、難しいことになるかもしれんな」
と葵は、心中、つぶやいた。
凶器が特定できず、しかも、もし、死亡推定時刻がこのまま、はっきりしないとなると、本件は、捜査会議前の段階で、かなり、
<難問>
となっているのかもしれず、いわば、
<怪事件>
となっているのであろうことが、葵の前に示されたようである。
葵としては、この劉仁宏殺人事件について、どこまで、追及できるだろうか。捜査のプロとしての重い課題が与えられているようなのである。
「はい、もしもし」
列席者が各々、自身の資料やパソコンに向かい、作業を行っていたところに、再び、先程の巡査のスマートフォンが鳴った。
「ええ、はい」
巡査は暫く、電話の相手方の話にうなづきつつ、会議室の外に目をやった。外は相変わらず、雪が降り続け、空は灰色一色、というより、冬という季節柄、かなり暗くなり始めていた。
「はい、分かりました。もう後、10分程で到着ですね。了解です。お気をつけて」
巡査は電話を切った。
「皆さん、後、10分ほどで、監察医の市原氏が到着されます。もう少しだけ、お待ちいただけますでしょうか」
葵は再び、会議室の壁面の時計に目をやった。時計は
・ 午後3時45分
となっていた。
「結果として、貴重な予習時間を得られたね」
葵は心中にて、つぶやいた。捜査一課の代表として、失態はしたくない。そのためには、ある種の準備が必要であろう。現時点でできることをしたに過ぎないものの、大げさなたとえかもしれないが
「備えあれば、憂いなし」
とも言うではないか。
そこに、息せき切って、1人の男性が会議室に入って来た。
「皆さん、遅れて来てすみませんでした。劉仁宏氏殺人事件の担当監察医の市原清志です」
彼は、アタッシェケースのようなものを手にしていた。その中に、監察医としての今回の件についての資料が入っているのであろう。
葵は、再び、壁面の時計に目をやった。
・午後3時55分
である。
「それでは、皆さん、これから捜査会議が開始されます。本会議の司会は、非常に重要な事件でので、土田慎一警察庁長官が、トップとして行います」
この言葉を受けて、会議室正面のスクリーンの右わきに着席していた警察庁長官・土田慎一がおもむろに起立し、口を開いた。
「列席の皆さん、お疲れ様です。では、これより、会議を始めよう」
何かしら、威圧感の効いた台詞が、会議室内に響いた。
「では、市原さん、ガイ者の監察医として、見解を発表してもらいたい」
そう言って、土田は着席した。
室内の電灯が消され、正面のスクリーンが逆に明るくなった。
正面のスクリーンにはパワーポイント資料が映し出された。タイトルには
「劉仁宏氏殺人事件に関する担当監察医の見解-警視庁警察病院付属医師・市原清志」
と出た。
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