第14話 死霊術師と訓練
正面、オーウェンさんが剣を振り下ろそうとするのを大鎌の峰―この場合は「刃の背」の部分と言った方が分かりやすいだろうか―で受け止める。そのまま刃の背を剣を受け止めながら滑らせるようにして、大鎌の柄の先端部分を首元付近まで下げる。そして刃を横に逸らすようにして受け止めていた剣から外すと一気に突き込んだ。
武器同士の衝突でわずかに動きを止めたオーウェンさんはそれでもしゃがむことでこれを回避した。そのまま低い姿勢のまま足に溜め込んだ力を爆発させるようにしてこちらに突っ込んでくる。
自分はと言うとバックステップで距離をとってから着地した右足を軸に旋回。鎌で刈り取るようにオーウェンさんの背に刃を向ける。
取った。と思った時にはオーウェンさんの姿が消えた。
瞬間、自分の右背の方から鈍い衝撃。
そちらには刃を潰した剣を振り切ったオーウェンさん。
たまらず。左側に転倒した。受け身をとるのに失敗して肘の上に脇腹が乗っかて来て自傷ダメージを喰らう。右も左も腹にダメージが残って起き上がるのも億劫になって、そのまま寝転がった。
見上げた先には、ずいぶんと荒い呼吸で汗を拭うオーウェンさんの姿があった。
ああ、なるほど。右旋回するこちらの動きを見てオーウェンさんは左、つまり自分から見て右にサイドステップ。大鎌の柄の下を潜り抜けて自分の死角に移動し、そのまま剣を振り切ったのか。
先ほどの敗戦の原因を頭の中で分析していく。それでもなぜか目線だけは動かせないでいた。
「お~、ずいぶんと~、派手にやってたね~」
「思っていたよりも、だいぶ
「だな」
騎士団詰所の中庭に三人の冒険者の声が響いた。皆、自分の知り合いだ。
「どうも、わざわざ来ていただいてありがとうございます」
言って、立ち上がった。起き上がる瞬間に腹筋を鈍い痛みが奔ったが、それについては何とか誤魔化しきることが出来た。出来なかったら、そのまま転がっていただろう。
「おや? オットーさんは?」
「ああ、あいつなら今回の件では役に立てそうにないからって、街の外周をランニングしてる」
今回、カイに頼んで声をこの間の冒険に付き合ってもらった三人を呼んでもらったが、どうやらオットーさんには断られてしまったようだ。
「そうでしたか……」
まあ、あちらの都合も聞かずに呼び出したのだ拒否されもするだろう。ちょっと残念な気持ちになっていたところで。
「オットーのことなら気にしないで頂戴。魔法師にとっての決闘ってやつは、ちょっと特殊なのよ。下手に助言したらかえって混乱させると思ってこなかったんでしょう」
ちょっと呆れたような目つきでカイを睨みつけながら、エミリアさんが優しげな声でそう付け加えてくれた。どうやら気を遣わせてしまったらしい。
「なるほど、ちなみに参考までに聞いておきたいんですが、魔法師の決闘って……」
「早撃ちしょ~ぶってやつかな~? 初撃で~決着つかなかったら~、そのまま弾幕せ~ん」
のほほんとした口調でリリさんが教えてくれるが、その内容はちっとも穏やかではない。いや、そもそも決闘について話を聞いているんだから穏当な内容であるはずはないのだけれど。
「一回みたことあっけど、ありゃヒデェぞ? 耳がバカになる」
カイが頭のてっぺんの犬耳をぺたんとさせている。それだけで余程のことだったんだろうと想像がついてしまう。
「お互い、最初の一発で決まらないときは魔法の乱打戦になるからね。爆発音やら地面が灼ける音やら、観戦席用の防護魔法が発動する音までなんでもありで、ちょっとどころじゃなくうるさいのよ」
ちょっと怒ったようにエミリアさんが言えば、まったく逆に楽しそうにリリさんは笑った。
「でも~、見てるとちょっとテンション上がっちゃうよね~」
「ああ、その気持ちは何となくわかる」
そこにシレっとヒューが混ざりこんでいた。
「おお~隊長も意外と話の分かる人?」
「そりゃまあ、なんつーか、ほら、花火大会? あんな感じ」
そんなことをヒューが言い放つと、リリさんが手を挙げてヒューとハイタッチ。いや? ハイタッチか? リリさんの背が低いせいで、ヒューの手の位置はほとんど上がっていないが。まあ些細な問題か。
そんな様子を見ながら、エミリアさんは腰に手を当てて、ふっと姿勢を崩した。
「あ~言われてみればそんな感じもしなくはないけど……」
ちらりとエミリアさんがカイの方を向くと、カイは耳を倒したまま渋面で。
「音が近くで聞こえすぎて空気が震えてる感じが耳の中に残ってヤなんだよ」
「ふむ。耳が良いというのも善し悪しあるものなんだなぁ」
とか言いつつこっちを見るヒュー。……なんでコイツ、急に現れてこんなスルリと会話に溶け込んでいるのだろう?
「まあ、確かに遺言決闘に魔法師の方が出てこられることはまずありませんから」
と、とりあえず会話を『魔法師の決闘について』から『自分の遺言決闘について』の方へと矛先をズラしていくことにする。
「あ? そうなのか?」
カイが不思議そうにこちらを見るので、自分は一つ頷いて。
「大体は、傭兵か貴族―それも下級貴族の三男以下の人物が代理人として出てくることが多いようで」
自分の発言に「ああ」とヒューは分かったように声を挙げ、エミリアさんは「ふうん?」と意味ありげに呟いた。リリさんはニコニコと笑っている。カイについては「へぇ」と興味なさげだった。聞いてきた張本人なのに。
「と、言うことなので現在はあちらにおられる従士のオーウェンさんに特訓相手に成ってもらっていて、皆さんには
そう言って無理矢理に話を本筋に戻そうとしたところで。
「お、じゃあ俺はその間にオーウェンに助言してくるわ」
とヒューはその場を去っていった。何でこの場に交じってたんだろう、アイツ。
「あー、そう言えばそうだったなぁ」
カイにはキチンと説明していたはずだが、さっきまでの会話ですっかりと忘れてしまっていたらしい。ぺたんとしていた犬耳が元に戻り、痺れでもしたのか頻りに付け根辺りを指でもみほぐしながらそんなことを言っていた。
「助言、ねえ……」
エミリアさんはすっ、とあごに手を当ててこちらをジッと見つめている。
「さっきのを見せてもらっただけの感想で申し訳ないけど、ちょっと動きが教本通りにすぎるというか何と言うか……」
「たたかった経験ないのが~、まるわかり~?」
言いにくそうに途中で区切ったところで、ド直球が投げ込まれてきた。
「こう、変化が欲しいよな。例えばちょっと扱いにくく感じるかもしれねえけど、釜の持ち手を状況に遭わせて右手上、左手上で持ち替えたり、柄を長く持ったり短く持ったりと変えるだけでも全然変わって来るし……」
カイが背負っていた槍を構えて実際に身振り手振りでそう教えてくれると。
「後は刃の角度もね。さっき見てただけだと、ずっと鎌の刃の部分は柄から左斜め下方向にしか向いてなかったし」
エミリアさんがそこに重ねてきた。
「あとは~狙いも~、ずっと上半身ばっか狙ってたから~。大鎌なんだし~足元を刈り取るように振るったり~、逆に刃を旧回転して上に向けて~下から腕を刎ねたりなんかもオモシロそ~」
さらに横からリリさんも意見を差し込んできた。
「えっと、その、一体どうしたら……」
「とりあえず、構えてみ。んで、今言われたことを確認しつつ素振りな」
カイのいうことに一つ頷いてから自分は構えた。そして三人が言う通り、大鎌の握りを変え、手の位置を変え、刃の角度を変え、狙いを変えるように、大鎌を振って、振って、振り抜いた。
「あとはこれを実戦に取り入れるだけなんだけど……」
エミリアさんがそんなことを言いつつこちらを見た。しかし、自分としてはちょっとの変化が大きな違いとでも言えばいいのだろうか、いつも振るっていた大鎌が全然違うものの様に扱いづらく感じられて、ぜえぜえと息を切らせていた。
「いきなり自分で一から考えて全部やれってのもなんだから、こっちで幾つか型を考えておくことにするわ」
「だから~、今まで覚えてきた~戦い方とか~型とか~、今ここでやってみてもらえる~?」
この時見た二人の笑顔はやさし気なのに、自分にはとても兇悪なものに思えて仕方なかった。
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