第0話 死霊術師

 死霊術師ネクロマンサーと聞くと、多くの人は『ああ、あの……』と言葉を濁して曖昧に答えるだろう。だが、表立って悪く言う人はそうそういない。


 悪く言うやつがいたとしたら、家督争いしている貴族くらいのものだ。


 何せいつかは誰もが死に直面する。


 人は死んだ後に死霊術師の世話になる。


 葬式の時、家族に見せる最後の姿を綺麗に整えてくれるのは、死霊術師だ。たとえ、直視できないほどに酷く惨たらしい姿になっていたとしても、死霊術で生前と変わることの無い綺麗な姿にしてくれる。


 死に目に会えなかった時、死霊術師が助けてくれる。死者の霊を呼び起こして家族と最後の別れをさせてくれるし、揉めることになる遺言についても本人の口から正しく伝えさせてくれる。


 殺人事件が起きた時、死霊術師が助けてくれる。面と向かって殺されたなら死者がその相手の名前を告げることができるし、知らない相手であってもその特徴をしっかりと教えてくれる。それすらわからなくても、殺されたときの状況を本人の口から語ってくれたなら事件の捜査は大いに進展する。


 墓場を綺麗にしてくれるのは、死霊術師だ。死霊術師は【死と冥府の神レザティス】の信徒として死者の安寧を守るために墓守としても仕事をしている。多くの人が訪れやすいよう、墓地には四季折々の花が咲き、夜でも人が道を間違えぬよう篝火を灯し、照らしてくれている。


 このように、死にまつわることで多くの人と関わり、助けてくれることから死霊術師を悪く言うものはほとんどいない。


 しかし、イメージがあまりにも悪すぎる。


 死に携わる仕事、というのはただそれだけ忌み遠ざけられるものだが、それ以外にも原因がある。


 ひとつは、格好である。真夏の盛りですら上下真っ黒な衣装を身に纏い、さらにその上から顔まで隠れるような闇色のローブを被っているのだから、大変に目立つし、不気味だ。


 もう一つは二柱の悪神と魔王の存在だ。魂や死体を魔王の軍勢としてを創り変えるその力はあまりにも死霊術師に似通っている。


 その悪神が生まれた経緯も死と冥府の神が深く関わっていることから、人々の中には死霊術師を「疫病神の信徒」と口汚く罵るものもいる。


 おかげで、勇者と共に魔王を征伐した内の一人が死霊術師だったというのに、『何か不吉だし魔王と似た力を持ってるから』という理由で凱旋パレードで遠巻きにされて、勇者を含む他のメンバー十二人が十二勇士とか讃えられて星座まで出来たり、十二支になったというのに死霊術師だけハブられたりと散々な扱いを受けている。


 今でも死霊術師はおめでたい祭りや式典―例えば、新年祭や結婚式などに参加をやんわりと断られることが多いし、墓地の近く以外に家を建てることも、他所の街に行ったときに宿屋に泊まることすら拒まれることも多い。


 お店で入店拒否されることもあれば乗り合い馬車での乗車拒否なんかもたまにある。


 もっと差別意識の強い人間なんかは、街中を歩いているだけで「どっか行け!! 疫病神の信徒が!!」と罵声を浴びせてくるし、石を投げつけてくることも極稀にある。


 もっとも、そんなことをしでかした連中は、自分が死んだ後の葬式で目が半開きだったり表情が妙に引きつっていたりと最後の最期で面白おかしい感じの表情にされて式そのものを残念な感じにされたり、霊として呼び出されたときも良い感じのところで強制終了されたりと散々な目に合わされたりする。


 これは信徒である死霊術師を貶されたレザティス様が報復措置で神罰落とした結果なのだが、余計に人々を恐れさせることになってますます不吉扱いされることにつながっているのだから世の中というのは悲しいほどに噛み合わない。


 ともあれ、死霊術師たちはそんなこんなで色々ありながらも、尊敬されつつ、恐れられつつ、差別されつつの奇妙な距離感で人々と共に生活を歩んでいる。

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