死霊術師は悪じゃない!!

不破 雷堂

序章

おとぎ話

 むかしむかしのお話です。


 かつてこの世界は、一面に荒野が広がるだけのとても寂しく静かな世界でした。命あるすべてのものが存在せず、生も死もなく、ただ永遠だけがそこにありました。


 その永遠を終わらせるために一柱の神がこの世界にやってきました。


 創造神パンヴァオルト様―。


 創造神様は永遠だけが支配するこの世界に降り立つと、数多の神々を創り上げて世界を動かし始めました。


 大空には太陽と月が交代で顔を出すようになり、大地は動き出し底から黒雲と共に火が噴き出しました。雲から雨が流れて海や川が出来上がり、風がそよぐようになったころ、永遠は消え去り、代わりに命が生まれました。


 創造神様は生まれた命に形を造ることにしました。たくさんの植物を造り、多くの動物を造り、最後に幾つかの人間を造りました。


 植物は風に乗って世界中に散っていき、動物は自らの足で世界を駆けていき、最後に造られた人間は、その場に留まって何かを考えていました。


 そんな中で大変なことが起きてしまいます。命が生まれたことで死も生じたのです。多くの動物や植物が自然の動きに巻き込まれたり、食べられたり、事故や老いなど様々な理由で死んでいったのです。


 死んだ命は魂になって彷徨うようになりました。


 さて、創造神様と神様達は困ってしまいました。彼らは死ぬことが出来ないことから死を司ることが出来ません。死んだ魂をどうしたらいいのかが全く分からないのです。


 創造神様と神様達が頭を悩ませていたところで、全ての死した魂と一人の人間がやってきていいました。


「私を殺してください。そして、死んだ私の魂とここにいる魂を合わせて、神に造り変えて下されば、私は死を理解した神になることができるでしょう」と。


 創造神様はいいました。


「申し出はありがたい。たしかにキミたちの協力があれば、新たな神を造ることは出来るだろう。でもそうなったら、キミも他の魂もただの材料になってしまって、何も覚えていられないよ? キミたちはそれでいいのか?」と。


 人間は頷き、魂たちも同意したように寄り添っていました。


 「わかった」と創造神様は初めて命を殺しました。そして、殺した人間の魂と死した全ての魂を混ぜ合わせて【死と冥府の神】を造り上げました。


 死と冥府の神様は、ほとんどのことを忘れてしまっていましたが、ただ一つ『死した魂を迎え入れる場所を造る』ことは覚えていました。


 死と冥府の神様は地中の奥深く、神と魂以外が訪れることが出来ない場所に冥府を開き、死した魂を受け入れました。


 一方、地上では一つ大きな変化が起きました。神様達が植物や動物、人間に知恵と力を貸し始めたのです。神様は自分たちが抱えていた問題を解決した、死と冥府の神の素となった人間と全ての魂に敬意を抱き、それを行動で示したのです。


 動物や植物は力と知恵で己を変えました。どんな場所でも生きていけるように、どんな状況でも命を繋ぐことが出来るように、たくさんの種類に枝分かれしていきました。


 人間は、自分を変えることなく、周りを変えていきました。つまり、神様の真似事を始めたのです。


 大地を耕し、水の流れを変え、火を操り、風の運んでいた種子を植えて、自分たちの国を造っていきます。


 神様達はその様子を楽し気に眺めながら、ふと気が付きました。「創造神様はどうしたのだろう」と。


 その頃、創造神様は一人で悩んでいました。自分の手で命を殺したせいか、それとも死に関わる神を造り上げたからなのか、自分の手で新しいものを造り上げることが出来なくなってしまいました。


 何を造ろうとしても死んだように崩れてしまうのです。


 創造神様は困りました。創造する力が封じられてしまったら、創造神様に出来ることはなくなってしまいます。


 創造神様はついに神々に相談しました。


「私の腕が死に取りつかれたのか、新しいものを作り出せなくなってしまった。どうすれば良いか、皆の知恵と力を借りたい」


 創造神様と神様達は三日三晩あーでもない、こーでもない、と議論を続けました。混乱する神々の会議の中で、ようやく一つの結論にたどり着きました。


 創造神様の腕を切り落とすことにしたのです。


 腕を切り落とした後で、すぐにたくさんの神々が創造神様を手伝い、新しい腕を造り上げました。その腕が創造神様にくっつくと、創造神様は今まで以上にたくさんのものを造れるようになりました。


 創造神様が復活したことを全ての神々が喜び、そして地上にいたすべての命も喜びました。新しい神様の腕で、さらに世界が大きく造り変えられていったからです。


 しかし、喜べないものも居ました。


 それは切り落とされた創造神様の両腕でした。


「自分たちはこれまでたくさん働いてきたというのに、なんだこの扱いは」


 両腕は怒っていました。切り落とされた後できちんとみんなが彼らを労わって、また別の形を貰っていたら彼らも怒ったりせず、喜びの輪に加わっていたでしょう。でもそうではありませんでした。切り落とされた両腕は投げ捨てられて、忘れられてしまいました。


 だから、両腕は自分たちでお互いのカタチを造りあいました。右腕は病と邪悪を司る悪神に、左腕は破壊と憎悪を司る悪神になってしまいました。


 二柱の悪神は、片腕ずつしかありません。それでも二柱は力を合わせて魔王を創り上げました。魔王は世界中から死んだ魂や死体を奪うと、それらを二柱の悪神が魔人や魔物に創り変えました。こうして魔王は世界を相手に戦いを挑みました。


 困ったのは創造神様と神様達です。下手に自分たちが魔王や魔人、魔物を殺してしまったら、以前のように仕事が出来なくなるかもしれません。


 困った様子の神々に、一つの妙案が生まれました。


「そうだ、人間に力を貸して、代わりに戦ってもらおう」と


 かくして、創造神は新しい神様を造りました。【勇気と冒険の神】です。


 勇気と冒険の神様は、人間たちの中から特に勇気ある一人の若者を選びました。彼こそが勇者です。

 

 そして、他にも12柱の神様が人間たちの中から自分たちの力を分け与えるにふさわしい若者を選び、勇者のお供にしました。


 【烈火と鍛冶の神】は鍛冶師を遣わせました。彼のものは多くの武器防具を作り上げ、人々に戦う道具を与えました。


 【流水と治癒の神】は医者を遣わせました。彼のものは多くの薬を生み出し、疫病を退け、人々を癒しました。


 【疾風と旅人の神】は伝令を遣わせました。彼のものは危険を知らせ、助けを求め、戦うすべのない人々を戦場から遠ざけました。


 【大地と豊穣の神】は料理人を遣わせました。彼のものはたくさんの調理法や栽培法を編み出し、暖かな食事で多くの人々を飢えから救いました。


 【光輝と秩序の神】は騎士を遣わせました。彼のものは人々に規律を守らせ、自らが人々を守る盾となりました


 【夜闇と安寧の神】は詩人を遣わせました。彼のものが歌えば、多くの人々が安心し、恐怖から遠ざけられ、安心して眠ることが出来ました。


 【繁栄と芸能の神】は踊り子を遣わせました。彼のものが踊れば、人々は手を取り合って踊りあい、元気が湧いてきました。


 【知識と学問の神】は軍師を遣わせました。彼のものは戦略や戦術を駆使して、戦場を有利に進めました。


 【魔法と錬金術の神】は魔導師を遣わせました。彼のものは弟子を取り、多くの魔法師と錬金術師を育成しました。


 【武術と鍛錬の神】は達人を遣わせました。彼のものは身に着けた多くの武器や肉体での戦い方をたくさんの人に伝授しました。


 【導きと狩猟の神】は狩人を遣わせました。彼のものはどのような場所であっても道を定め、多くの人々の足を進めました。


 【死と冥府の神】は死霊術師を遣わせました。彼のものは死した魂を冥府へと送り届けるとともに、魔王の軍勢に死体や魂を奪われることを防ぎました。


 勇者と12人の仲間は力を合わせて世界を巡り、魔王の軍勢から世界を守りました。そして、永きに渡る戦いの末に、勇者は魔王を倒したのです。


 魔王は言いました。


「私が倒されても、魔の軍勢は消えない。魔王を継ぐ者も現れるだろう。戦いに終わりはない」と。


 勇者はその言葉を聞き終えた後で、魔王を斬り伏せ言いました。


「だからどうした」と。


 こうして魔王は滅びました。


 勇者と12人の仲間は、人間の国へと帰りました。国中が歓喜の大騒ぎ、神々も祝福し、凱旋パレードは大盛り上がりです。


 しかし、唯一、死霊術師の周りには誰も寄って来ませんでした。


 死霊術師が魔王に似た力を持っていたからです。


 人々から距離を取られても死霊術師は落ち込むことなく、前を向いていました。誰からどう思われていようと、死と冥府の神様から受けた神命を全うできたからです。


 パレードの最中、勇者と他の11人の仲間たちは怒りだしたい気持ちを精いっぱい堪えていました。皆、自分たちの仲間が理不尽に晒されていることに憤っていました。


 そしてパレードの最後、王城の前で、創造神様と13柱の神様、それに人間の王様や偉い人達が集まっている前で、勇者と12人の仲間は盛大に迎えられました。


 そこで王様が言います。


「この度、勇者とその仲間たちの輝かしい功績を称え、夜空に12勇士の星座を描き、世界を支えた十二支として諸君らの年を制定しよう」と。


 その発案に、勇者が鋭い口調で言いました。


「我らは13人です」と。


 しかし、偉い人の一人が言いました。


「めでたい話をするときに死霊術師を混ぜるのはちょっと……」と


 この発言を聞いて神々は嘆き悲しみ、勇者と仲間たちは怒りました。


 勇者は思わず、怒鳴りそうになりましたが必死に堪えました。だって、悪く言われている死霊術師が黙っていたからです。


 それでもお馬鹿な偉い人は余計なことを付け加えます。


「死を司る年に生まれるというのも可哀そうではないか」と。


 ついに勇者は本気で怒りました。剣を抜き、今にも王様たちを皆殺しにせんと一歩を踏み出そうとしたところで、ようやく死霊術師が口を開いたのです。


「皆様の仰る通り、私は死と冥府の神に仕える死霊術師、皆様からすれば不気味で、縁起の悪い存在でしょうが……」


 死霊術師が王様や偉い人達の前に進んで言いました。


「あなた方は皆、死した後で私の世話になることを忘れていませんか? 私が居なければ、あなた方の死体や魂は魔人や魔物に造り変えられてしまうんですよ?」と。


 さらにそれまで黙って耐えていた死と冥府の神様が地の底から響くような声で言いました。


「お前たちが死んだ時を楽しみにしていなさい」と。


 自分が仕える神の声を聞いた死霊術師はそれっきり王様たちに関心を失くしたように街から離れたところにある、墓地に向かっていきました。


 王様や偉い人達は顔を真っ青にして、許しを請おうと後を追い始めますが、さらに追い打ちが来ます。


「これが王とは呆れたものだ。俺はこの国を出る」


 勇者が国を見放したのです。


 かくして王様と偉い人たちは、死と冥府の神を怒らせ、勇者に捨てられてしまいました。


 そして始まりの国は崩壊し、世界は多くの国々に分かれていったのです。

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