第一章 死霊術師と見習い騎士

第1話 死霊術師と墓地のごみ拾い

 春、門出の季節。


 冬の名残を吹き飛ばす嵐が過ぎ去って、穏やかな陽の光とこれまでとは違う柔らかな風が流れる良き日に、自分はのんびりと墓地を彷徨い歩いていた。


 幼いころから勝手知ったる自分家じぶんちの庭みたいな墓地は、暴風が運んできた枝やゴミがあちらこちらに転がっておりひどく見栄えが悪い。これでは死者も安心して眠れやしまいし、此処を訪れた人にとっても良い気分はしないだろう。


 だからこうして自分は籠を背にして墓地を廻る。手にしたトングでごみを拾いながらふらふらと墓の合間を縫うようにしてごみを拾っていくところで、一組、二組とお墓参りに来た客とすれ違い、そそくさと避けられていった。


 まあ、無理もないことだろう。教義とはいえ全身黒ずくめの上に、さらに真っ黒なローブで頭からすっぽりと全身を覆い隠して顔も良く見えない男が、黒く染められた籠を背負って黒檀で出来たトングを持って墓地を歩いているのだ。


 どう頑張ってみたところで薄気味悪い印象しか持つまい。


 自分だって出かけたときに不意に水辺などに映った自分を見て、「うわ!? 不審者!?」と思うほどだ。


 だが、こう何度も人とすれ違うたびに、ビクッとされたり、スッと視線を逸らして遠ざかられたり、稀にあからさまに頭を下げて謝られた後で逃げられたりすると少し気分も重くなる……というか、今日はやけに人が多いような気がする。


 改めて、お墓参りに来られた人たちの姿を見れば、多くは少し大きくなった子どもを連れた家族連れが目立つ。特に、子供たちの多くは制服を着て胸に青いバラを差している。


「ああ、今日は卒業式だったのか……」


 今、自分が管理している墓地のあるロンザでは貴族から貧民まで、戸籍さえあればどんな境遇の子供たちであろうと5歳から15歳までの間は学校で公教育が受けられる。


 生活の厳しい貧困層からするとありがたい政策だ。なにせ十年間、親か子のどちらかが希望すれば、無償で寮生活までさせてくれるので、体のいい口減らしとばかりに後継ぎ以外の子供が放り込まれる。


 そして、実家から通うのは後継ぎか、貴族や生活に余裕のある家庭の子供たちという図式が広がる。


 今ここに来ているのは、こうした実家通いの子たちなのだろう。卒業した報告を亡き家族へと届けにきたというところか。


「今日は早めに篝火をつけて……ああ、数も増やしておかないといけないな……」


 こうして家族連れで報告にやってくる子たちも多いが、寮生だった子たちは自分が住んでいた部屋の片づけを終えてから夕方から夜にかけてお墓参りにくることが多い。


 だからそんな彼らの為に準備をしておくのが死霊術師たる自分の役割であるし、明日以降もお墓参りに来る人が増えるだろうから、と自分はゴミ拾いのペースを上げつつ首から提げていた笛を吹いた。人には全く聞こえない音が響き、誰一人として気づかぬままに音は四方に広がっていく。


 しばらくすると、二頭のオオカミが元気よく走ってきた。


「よしよし、よく来た」


 尻尾を振って身体を擦り付けるように甘えてくる二頭を撫でて落ち着かせて、その場に座らせる。


「お願いだ。お墓参りに来ている客を脅かさないように、ごみを集めてきてくれないか?」


 ワフ、と小さく吠えた二頭がバラバラに駆け出していくのを見届けてから自分は再度歩き出す。ふと見上げれば太陽は既に中天に差し掛かろうとしている。


「やれやれ、少し急ぐとするか……」


 足早に歩き始めたことで、オオカミよりも自分が注目を集めてしまったけれど、それは一旦無視しておくこととする。


♦♦♦


 昼をまたぐ頃になってようやく墓地を一周し終えて、重い足取りで礼拝堂まで戻った。思っていた以上にごみの数が多く籠からはみ出した状態で運ぶのはあまり体力のない自分にはキツイ作業だった。


 礼拝堂の裏に設けたゴミ置き場で籠をひっくり返して軽くゴミを分別していく。二頭のオオカミたちも頑張って集めてくれていたのか、結構な量がある。


 木や枝は薪代わりに使うことができるから適当に積んで集めておき、レンガ片などの石材と金属類はまとめておき、それ以外のものは一カ所にまとめて一気に燃やしてしまう。


 死霊術で冥府から青い火種を分けてもらい、それをゴミにくべる。すると、ボッと一瞬で火柱が上がって、あっという間もなく消え去った。残されたのは灰だけだ。その灰は肥料に使うので丁寧にほうきとちりとりで掃き集めて灰箱にしまっておく。


 ごみの片づけを終えて、ゆっくりと背伸びをしていた自分の下に、二頭がそれぞれかまって欲しそうに近づいてくる。


「おー! よしよし!! エライ! エライぞ! お前たち!! お昼は良いモン食わせてあげるからな!!」


 代わりばんこに撫でてやりながら可愛がっていたところで、ふと自分もお昼を食べていないことに気が付いた。


 さて今日のお昼は何にしようかな、と礼拝堂の隣にある我が家へと足を進めていく途中で入り口の方から声が響いてきた。


「フォスター殿!! フォスター殿はおられませんかー!?」


 高く鈴音の様に広がる女性の声は確かに自分を呼んでいる。やれやれ昼ご飯も食べてないというのに急ぎの客人とは、嫌な予感しかしない。


「はいはい!! フォスターはこちらにおりますよ!!」


 呼び声に大きな声で答えたところで、自分を呼んでいた声の主が礼拝堂の正門から慌ただしくこちらに向かってきた。


 鉄色の胸甲や手甲、脚甲をはめた黒い制服姿の女だ。


「急なご訪問で申し訳ありません、私はロンザ騎士団ロイド小隊に所属しています従士キャロル・オーウェンといいます!!」


 ビシッとした敬礼をしながら自己紹介をしてくれた年若い少女に軽く会釈してからこちらも名乗り返す。 


「この墓地の管理を任されています。アレクサンド・ガル・フォスターといいます」


 初めまして、と付け加えたところで、目の前にいた従騎士は少しだけ、意外そうな寂しそうな顔を浮かべて、すぐにその表情を消し去った。


「つい今しがた、街で殺人事件が発生しまして、出来れば現場まで来ていただきたいのですが……」


 殺人事件とは、また穏やかではない話だ。急がなければ死体の状態が悪化するし、死者の魂も何処かに行ってしまうかもしれない。


「準備をしますのでしばしお待ちを」


 すぐに家に入って干し肉を窓から二頭のオオカミに差し出して、それから自分の昼食がわりに口へと放り込んでから、今度は礼拝堂の中まで駆けていく。


 必要な道具をひとまとめにしたカバンを引っ掴んだら、それで準備完了。


「お待たせしました、行きましょうか」


 少しだけ息を切らせながらそう宣言したところ、オーウェンさんが信じられないようなものを見る目でこちらを見ていた。


「あの……、昼食をとる時間くらいは待ちますが……」


「いえ、大丈夫です。こういうのは時間が勝負なので」


 超絶微妙な空気が辺りを満たしたが、自分のせいではないことを神に祈りたい。

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