第2話 死霊術師と事件現場

 馬車に揺られて1時間もしないうちに現場に到着した。人の足で4時間ぐらいの道のりをあっという間に通り過ぎていく間、目の前にいる従騎士の少女からチラチラとした視線を感じるも会話は生まれず、車輪の回る音だけが空間を埋めていた。


 うってかわって、現場は喧騒で満ちていた野次馬たちのザワザワと話す声や、目撃者を募ったり、現場から野次馬たちをとおざけようとする騎士たちの声。


 それらに混じって、というより圧倒するような声があたりに響いた。


「おーい!! 死霊術師!! コッチだ!!コッチ!!!」


 そちらを見遣れば一際デカい男が満面の笑顔で手招きしている。視線を合わせるとウインクまで付けてくれる。


 周囲を見れば、皆、こちらに気が付いたのかサーッと潮が引くように人垣が割れてその外側からポツリポツリと人が離れていく。


 結局、自分が現場にたどり着くまでに野次馬の大半は解散していった。



◆◆◆


「すまんなぁ、呼び出しに応じてもらっただけじゃなく、野次馬避けにまで使ってしまって」


「そう言うセリフは、少しでも済まなそうな顔をして言うものじゃないか、ヒュー・ロイド小隊長どの?」


 言い返した途端、ガッハッハと大きな笑い声が事件現場となった室内に木霊こだました。


「お知り合いだったのですか!?」


 自分の後ろをついて来ていたオーウェンさんが疑問の声を上げたところで、目の前にいたヒューがポンと自分の肩に手をおいた。


「ま、幼馴染ってやつか? 家が近所にあってな、これでも同い年なんだぜ?」


 えっ!? と驚愕の声を上げた少女にゴツいヒューが「ど〜ういう意味だぁ? オ~ウェ~ン?」と迫る絵面は実に犯罪的だ。


「・・・・・・よかった、まだここに居てくれてる」


 そんな二人のやりとりを無視しながら室内を見渡したところ、目的の人影はすんなりと見つけることができた。


「そうか・・・・・・ 頼めるか?」


 その問いかけに頷きだけを返して、自分は部屋の中央はと歩いて行き、そして、窓の外を見つめているヒトに手をかざし、術式を展開した。


「死と冥府の神に請い願う。くらみちゆきへ踏み出したばかりの者に、今、わずかばかりの猶予ゆうよを、【幽現ビジブル】」


 瞬間、自分の目にだけしか見えていなかった影が術式によって形を得て、おそらくは生前のそれも健康な姿で現れた。


 捜査に当たっている騎士たちの中からも驚愕の声が聞こえて、死んだはずの被害者も驚き、そして傷ついたのだろう深く俯いた。


「今、声を上げたヤツらは全員外に出ておけ、邪魔だ」


 静かに、怒気に満ちた命令をヒューが下し、顔を青くした騎士が逃げ出すように現場を立ち去り、現場には自分と被害者、そしてヒューやオーウェンさんを始めとした数人の騎士が残った。


「・・・・・・さっきまで」


 寂然とした空気を破って、ぽつりと被害者の霊魂が口を開く。


「頭の中がこんがらがっていたんです。なんで自分が、とか。本当に死んだのか? とか。犯人は誰だ? とか。家族は、どうなるんだろう、とか・・・・・・」


その声に、誰も言葉を挟むことが出来なかった。


「窓の外に、女房と息子が居るんです。それを見つけてしまったら、もう、どうしたら良いか、分からなくて・・・・・・」


 目が合った。


「死霊術師さんにこうして姿が見えるようにしてもらったときに、急に頭が冷えたって言うんですかね? こう、まともに頭が働くようになって・・・・・・」


「この術は、死後に家族と最期の時を過ごすためのものです。ですから、少しだけ、精神を落ち着ける作用があります」


 嘘偽りのない術式の事実だけを告げて、もっとも言いづらい事実を暗に示した。『あなたは死んだのだ』と。


「そう、そうなんですね。それで、騎士さん達がここにいると言うことは・・・・・・」


 目線が自分の後ろへと移る。


「申し訳ないが・・・・・・」


 一身に視線と責任を受け止めながら、ヒューが自分の前に出るように歩いてきた。


「ご家族と最期の別れをする前に、事件についてお話をお聞かせ願う」


 そこからは騎士隊による事情聴取の時間だ。こうなると自分にできることは何もない。


 実際に現場を使いながら状況を再現しながら話を聞くということで、自分はそっと外に出た。



◆◆◆



 外に出て、大きく深呼吸を一つ。


 こうして唐突に死んでしまった人物の霊と会話をするのはどうにも慣れない。彼らに冷静さを取り戻させることができてるとは言っても、それだけだ。


 ふとした一言、態度で余計に傷つけてしまい、より深い哀しみや苦しみを上乗せする可能性もある。


 それでも、彼らに死後、ほんの少しの時間でも現世において聞かねばならないことを聞き、伝えておきたいことを伝えさせるのが自分のような死霊術師の仕事だとは、わかっている。わかっていても・・・・・・


「こんな事件が起きなければ、こんな仕事も無くなるんだろうに」


 言葉にしたくなるのだ。


「そうですよね」


 その呟きを拾われてしまった。誰にも届かないようにと小さく、囁くようなその声を。


「私も、こんな事件なんか起きなければいいって、そう思います」


 拾い主はそう言って微笑み。


「って、私が言ってちゃダメなんですよね! そんなこと!」


 オーウェンさんはグッと拳を握り高々と掲げながら。


「むしろ私が言わなくちゃいけないのは、こんな時間が起きないようにするんだ!! ってことですよね!! 街の治安を守るべき騎士が、人任せにするようなこと言ってちゃ、街の人が不安になっちゃいます」


 満面の笑みでこちらを見てくるオーウェンさんに、自分はちょっとの間、見惚れてしまった。

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