第二章 死霊術師と冒険者ギルド

第6話 死霊術師と魔よけのメダル

 春も盛りを過ぎ、多くの花が咲いては散り、たくさんの人が新たな人生の門出を踏み出した頃。この頃になると朝晩の冷え込みはすっかりとやわらいで、人々が動ける時間も長くなっていく。


 その少しだけ余裕の出来た時間で自分は魔よけのメダルを作っている。


 本来なら冬の間にコツコツと数を作って、あちこちのギルドや領主に納めるものなのだが、どうやら今年は例年以上に冒険者になりたがる者が押し寄せたようで、早々に在庫が少なくなっているらしい。


 なんでもここ最近、魔軍を退けたり古代遺跡の発見に成功したりといった冒険者の目覚ましい活躍が目立っているそうで、世情に影響されやすい若者がこぞって押し寄せてきているとのこと。


 というわけで、この街にある大霊園を管理する死霊術師協会に要請が届き、自分も魔よけのメダルの納品依頼を受けたのだ。


 手のひらの半分くらいの大きさの銀のメダルに、三日月と水仙とアネモネを重ねた意匠。このメダルの縁に文様を彫り込むのが自分の仕事だ。


 三日月は死と冥府の神を、水仙は神秘を、アネモネは死そのものを表わし、それを魔よけを意味する銀で出来た、メダルの縁に術式の発動キーとなる文様を一周、円になるように彫り込むことで術式陣としているのだ。


 実に細かい作業になるのだが、自分はこういう仕事が向いているのだろう、あまり苦にはならない。今日も今日とて想定よりも多い数を作ることが出来てしまい、納品予定日までかなり時間があるというのにもう目標数に到達してしまった。


「このまま作り続けてしまおうか……」


 そう考えてみたが、予定よりも多く持っていったからとて確実に引き取ってもらえるわけではないだろう。むしろ、早めに納品しに行って、そこでもっと数が必要かどうかを聞いて、追加で受注する、といった感じの方が良いのではなかろうか。


「うん、そうしようかぁ~~~っふぅ~」


 気が抜けたのか独り言の最後にあくびが混じって随分と間抜けなことになってしまった。


「いかんいかん、早く寝よう」


 そうして椅子から立ち上がると軽く身体をほぐして、そのままベッドで眠ることにした。



♦♦♦



 翌朝、日課になっている墓地の清掃を終えてから、自分は納品予定数のメダルを持って街へと向かうことにした。


 人間の耳には聞こえない犬笛を吹くと、いつも通りに2頭のオオカミがこちらに走ってくる。


「よしよし、今日は街まで出るからな、頼むよ」


 そうお願いすると、1頭は低い姿勢になり、もう1頭は教会の入り口前に座り込んだ。


「ん、じゃあお留守番よろしくアイダ」


 お留守番役のオオカミ、アイダの前に干し肉を一塊置くと、自分を連れて行ってくれるもう1頭が急かすように手で催促を始める。


「わかってるよ、アート」


 アートと呼んだオオカミには一欠けら分の干し肉を渡すといかにも不満そうな顔で見上げてくる。


「いっつも、ちゃんと向こうについた時と、向こうを出るときと、帰ってきたときの四回に分けてるだろ?」


 頭を撫でながら言ってみると、そういえばそうだったか? とばかりに干し肉に食らいついて再度伏せた。


「それじゃ、お願いな」


 そう言ってポンポン、と頭を軽く叩くとあっという間に加速して森の中を駆け抜けていった。


 本来なら街道を走った方が早いのだろうが、さすがにオオカミが人目につくところを全力疾走していると恐怖を感じる人もいる。そうした配慮もあって獣道を走らせているわけなのだが、それでも馬で走るよりも何倍も速い。


 死霊術師はその初代からオオカミと共に暮らし、契約を結んで仕事を手伝ってもらっている。そのおかげなのだろうか、野生のオオカミよりもずっと身体能力も知能も高い。


 ちょっと考え事をしている間に、街の入口まで到着してしまった。


「それじゃあ、帰るときにまた呼ぶよ」


 すこし大きめに切り分けた肉を渡すと、アートはそれを咥えて森の奥に隠れていった。不用意に人前に姿を出さないためだ。


「ここからは自分の足で歩かないとな」


 街道に出て街の門に向かって進んでいく。門番はこちらの姿をみつけると一瞬ビクッとするが、それでも仕事柄慣れているのか、すぐにこちらを手招きで呼び寄せる。そして死霊術師の証である大鎌と青い炎を共に呼び出すと、すぐさま街の中に入れてくれた。


 周りからみると脅して門の中に入っているように見えるらしいけれど、死霊術師が身分を証明する確実な手段として大昔から伝わっているものだ。


 街中に入れば、街道の端をなるべく目立たないように意識して歩くのだが、まあ目立つ。格好のせいだ。真っ黒なローブを目深に被り、素顔どころか素肌を一切晒さない人間なんて死霊術師以外にありえないし、何より不気味だ。


 道行く人、すれ違う人に避けられながら道を歩いていくのは何だか心苦しいものを感じるが、それも自分の選んだ生き方なのだから仕方がない。


 こういう時は、騎士隊の仕事を手伝うとき、馬車に乗せてもらえることを感謝しなければならないと思う。オオカミと違い街の中でも乗れるから歩くより早く着くし、人目に晒されずに済むのだから。


 そうして、さまざま視線や言葉に曝されながら進んだところで大きな建物が見えてきた。


 様々な神を信奉する者たちが集まり、ありとあらゆる危険な仕事を仲介する場、冒険者ギルドだ。

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