第7話 死霊術師と冒険者

 重々しく無骨なデザインを施された石扉を開いてギルドの中に入ると、ホールにいたすべての視線がこちらに集まってきて、すぐに消え去った。


 街中とは違う、排他的な視線を感じることはほぼほぼない。おかげさまで随分と軽い足取りでカウンターまで歩き出すことができた。


 冒険者というのは死霊術師への偏見が少ない職業の一つだ。


 というよりも、冒険者を続けていくと死霊術師への偏見が薄まる、というのが正しいそうだ。冒険者は死と隣り合わせであり、死霊術師と関わることが増えるおかげでどっちかというと味方になってくれる人が多くなる。


「おう! 死霊術師さん! わざわざギルドまで何の用で?」


 そのためか、冒険者の中にはこうして親し気に話しかけてきてくれる人もいるほどだ。


「追加で頼まれていたメダルの納品で」


 話しかけてきたのは頭のてっぺんに犬耳がある茶髪の見知った青年だ。背が高く、身が引き締まっていて、いかにも体力自慢と言った感じで鍛えられた体躯をしている。


「お!? その声、南東墓地のアレクか? ワリィ、そのローブ来てると誰が誰だか見分けがつかなくてなぁ」


 親し気にこちらの名前を呼んだ青年は楽し気にこっちの背中をバシバシと叩いてきながら、カウンターまで歩く自分についてきた。


「そうか? 意外と見分けられる人は多いよ? カイ」


 そう指摘すると横にいる犬耳、カイ・メルダースは耳をピンっと立てながら不服そうに。


「しょうがねーだろ? 死霊術師ってぇのはどうにも匂いや音で区別しづれーんだから……」


 ああ、と何となく納得できた。おそらくは墓場で使う香の匂いや同じ靴、同じ歩法を使うから全体的に似ていて分かりつらいのだろう。


「ふふ、それでも意外と個人差があってわかるものなんですよ?」


 前からそう声をかけてくれたのはギルドの受付の一人、リタさんだ。


「全体的な雰囲気や立ち居振る舞い、本人の気質などはローブやフードで隠していてもにじみ出てくるものですから」


 言って、にこやかに笑うこの女性は、口だけではなく本当にどの死霊術師が来ても一発で名前を言い当ててしまうという恐るべき特技を持ち合わせているらしい。


 同じ死霊術師同士でもたまに間違えて違う人の名前を呼ぶことがあるというのに、だ。


「ふむ、なるほどねぇ」


 カイが感心したようにつぶやいてこちらをジロジロと観察してくる。


 それを半ば無視するようにして、自分はローブの中から革袋を取り出した。中に入っているのはもちろん。


「“魔よけのメダル”30個です。確認願います」


「はい、確かに」


 リタさんは革袋の中からメダルを取り出して数を確認しながら並べていく。そして、きちんと30個あるのを確認したところで、カウンターの裏からあるものを取り出した。


 魔石だ。


 魔石は魔物を動かす核とでもいうべきもので、魔物や魔族を討伐した際に回収されるものだ。


 そんな魔石が取り出されたことで、“魔よけのメダル”が仄かに光り始めた。


「流石はアレクさん。こんなちいさな魔石の欠片にも反応するメダルを作ってくださるとは」


 実に嬉しそうに言いながら、リタさんは30個のメダルをカウンターの裏へと運び込んでいった。


「小さい欠片にも反応すると良いことってあるの?」


 ふと、気になったので横にいたカイに聞いてみる。


「そりゃそうだろ? 小さい欠片にも反応するってことは、罠なんかの魔力や遠くにいる魔物、魔力や気配を殺して奇襲してくる魔物の魔力にも反応するってことだぞ? オレら冒険者からしてみたら生命線だっての」


 偉く真剣な表情で語ってくるカイにちょっとだけ驚いたものの、自分が作ったメダルが評価される理由が何となくだが分かった。


「そうなのか……自分はてっきり、もうひとつの……」


 言葉の途中で、バン!! と大きく扉が開け放たれる音がホールに響いた。


「た……助けてくれ!! 仲間が魔物にやられた!!!」


 入口で大声を上げている、傷だらけの少年少女たち。彼らは自分の目から見ても実に華奢で装備も手入れせずに使っているのが見て分かるほど、つまりは金の無い新人冒険者、といったところだろう。


 ホールにいた冒険者たちはそちらを見はするものの、誰も動こうとはしなかった。見かねて一歩を動こうとしたところで、カイが自分を遮った。


「ま、ちょっと待ってろよ」


 クイっと顎で後ろを指し示すカイに釣られてみれば、カウンターにリタさんが戻って来ていた。


「仲間がやられた、とは? いえ、そもそもあなた方は5人で薬草採取に出たはずでは? なぜ4人しかいないのです?」


 リタさんが冷たく問いかけると、少年たちのリーダーだろうか、先頭にいて、先ほども大声を上げた少年が再度吠えた。


「だから! やられたんだよ!! 魔物に負けて! 連れて行かれたんだ!!」


 その言葉に、今度はホール全体がざわついた。


「連れていかれた、とはどういうことですか? あなたたちにも“魔よけのメダル”が支給されていたでしょう?」


 今度はリタさんの方が大きな声で問いただした。


「あ、あんな死霊術師が作ったもん何て! 縁起悪くて持てるかよ!!」


 ああ、と自分もホールにいた冒険者たちも頭を抱えた。


 リタさんも、はぁっ、と小さくため息をついて。


「緊急クエストです!! 内容は、魔物に持ち去られた遺体の回収!! 参加する冒険者の方はすぐに受付まで!!」


 その言葉とともにカイをはじめとした何人かの冒険者がすぐに受付へとやって来ていた。


「アレクさん」


 自分も手伝いを申し出ようか、と思っていたところで、リタさんの方から声をかけられた。


「申し訳ありませんが、回収に向かう冒険者たちに同行してもらってもよろしいでしょうか?」


 深々とお辞儀をするリタさん。


「もちろんです」


 それに応えるように自分は強く頷きながら了承した。


「な、なんだよ、なにがどうなって……」


 ふ、と入口の方を見たところ少年たちが状況を理解できずにオロオロとしていた。


 そこに、受付をすませたカイが歩いていき。


「そりゃ、オマエらが冒険者として一番やっちゃいけねーことをしたからだ」


軽い口調で厳しい事実を突きつけた。


「いいか? “魔よけのメダル”ってのは魔力に反応するだけじゃなくて、持ち主が死んだとき、遺体が魔物に持ち去れるのを防いでくれるって効果があんだよ。だから、冒険者ってのは肌身離さず持っておく……何でかわかるか?」


 思いっきり怒気を込めながら平然とした口調で喋るカイの圧力に少年たちは口を開くことさえできない。


「魔物に持ち去られた遺体は、魂ごと魔物に造り変えられてしまうからだよ」


 見かねて、カイの横で少年たちに優しく教えてあげた。


 が、逆効果だった。少年たちはさっきまでよりも青い顔をしてこちらを見ている。


「最悪、真新しい死体は見た目そのまま、魔人化されて町や村に送り込まれることだってある。街の外で気づけたならともかく、街中に入り込まれて暴れられたらデカい被害が出るし、街を守る外壁の門の中で自爆されでもしたらどうなると思う?」


 カイの言葉を聞いて、少年たちの顔は真っ白になった。


「そうはさせないための冒険者ギルドです」


 リタさんがいつの間にか後ろに来ていた。


「アレクさん、カイさん、他の冒険者さんたちが受付でお待ちです。すぐに合流してください」


 言われて、カウンターの方を見ると3人の冒険者がこちらに向かって手を振っていた。


「あなたたちの身柄は、冒険者ギルドで一時拘束します。冒険者資格のはく奪は免れないと思ってくださいね」


 ちらりと振り返ってみたリタさんの顔は今まで見たどんな笑顔よりも迫力に満ちていた。

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