第8話 死霊術師と臨時パーティー

「今の時期、新人冒険者に薬草採取が許可されてるのは街を南に下った平原だけよね? そんなところで魔物が出るかしら?」


 冒険者ギルドを出て街の南門へと走っていく途中、今回初めて顔を合わせた両手剣使いの女性がそんなことを言い始めた。


「そんなに不思議なことじゃねーだろ? ちょっとでも稼ぎが欲しい奴は平原の端、森に近いところまで行っちまうからな」


 それに反応したのはカイだった。どうやら新人冒険者の中にはルールのギリギリをついてまで収入を優先するものがいるようだ。


「その言いぶりだと、アンタもやってたってみたいね……」


 ちょっと棘のある言葉で女性が返事をしたところ、カイはばつが悪そうにそっぽを向いていた。


「平原の端、森の近くということは南西に広がる森林地帯のことか?」


 助け舟を出すつもりはないが、話がここで止まってしまっても困る。そう思い、しょうがなくカイに話しかけたつもりが。


「ええ、そう。街道沿いの平原からさらに西の奥、魔物が多く生息していると言われている一帯のことよ」


 答えてくれたのは、両手剣使いの女性だった。


「ありがとう、え~っと……」


「エミリアよ。エミリア・マクファーレン。カイから話は聞いているわ」


「そうでしたか。自分はアレクサンド・ガル・フォスター。よろしくお願いします。マクファーレンさん」


「エミリアで良いわ」


 よろしく、と言ってエミリアさんは前を向いた。


「んじゃ、次はあたしかな~っと」


 先頭を走っていた弓使いの女性がチラッとこっちを振り返ってから。


「リリ・ココット。【導きと狩猟の神アルト】様を信奉するレンジャーってとこかな~。よっろしく~、リリでい~かんね~」


 どこか気の抜けたような挨拶をしながらも速度はまったく落ちていない。


「はぁっ、はあっ、魔法師のオットー・フリクセル……オットーと、呼んで、くれ……は、ふう、はっ」


 最後方から声が聞こえたので今度はこちらが振り返ると、軽く走っているだけで息が上がり始めている男性がいた。


「大丈夫ですか?」


 思わず心配になって聞いてしまったが。


「だ、大丈夫、はぁ、鍛えないと、はっ、いけないからね、はっ」


 本人的には大丈夫だそうだ。弱音をはかずに頑張っているのだから、これ以上余計なことは言わない方がいいだろう。


「よろしくお願いします。リリさん、オットーさん」


 挨拶を交わしているうちに、街の南門が見えてきた。


「といっても、どうやって探すの? 平原の西側って予測はできても広すぎて目途もたたないわよ?」


 エミリアさんの言葉に返そうとしていたところで、カイがこっちを見ながら偉そうにわらった。


「ふっふっふ……こういう時の為に死霊術師が同行してるんだよ! な、アレク!」


 カイがこちらを見て確認してくるのを見て、呆れたように息を吐いてみせてから答えた。


「死霊術師には魂と躯を探す術式がありまして、それに頼りになる味方もいますので……」


「それって~、あの入口でお座りしてる~、おっきいワンちゃん?」


 ちょうど南門を通過しようとしたところで、リリさんが真っ先にその存在に気が付いた。


 アートだ。


 どうやら複数人で走って来ていたことで何かあったと勘づいて、迎えに来てくれていたみたいだ。


「アート!!」


 呼びかけると、すぐさま背を低くしてこちらを乗せようとしてくれるが、今回はそうじゃない。


「後ろから走ってきている魔法師を乗せてくれ!!」


 一番足が遅く、疲れが見え始めているオットーさんのことだ。


 アートも理解したのか軽く跳びはねてこちらの頭上を通過した。


「おわ、わああああああ!!!?」


 そのまま着地と同時、オットーを咥えたかと思うと自分の背中に放り投げた。よだれでべっとりとなっていても、傷はついていないから良し。


「死と冥府の神に請い願う。命途切れし魂と躯の在処を示さんことを。【魂探シーク】」


 術式が発動して、自分の目とアートの鼻に力が宿る。死者の魂を探す、死霊術師の魔法の力。


 死んで魂と躯に分かれた後は、身体が朽ち果てるまで、魂と肉体は傍らにあり続ける。【魂探】はそんな魂と体を探す魔法だ。もっとも、既に冥界に送られていたり魔物に作り変えられてしまった魂を探すことはできないが。


「へぇ~、同じ呪文シークでもレンジャーとは大違い~」


「ええ、確かに、魔法師も似たような呪文がありますが、死者に限定して探すとはいったいどういう原理なのでしょうか……」


 感心したようにこちらを見ているリリさんと興味深そうに観察しているオットーさんを横目に自分はアートを見つめていた。


 自分の目よりもアークの鼻の方がより遠くまで感知することが出来るからだ。


 やがて、アークが何かを感じ取ったのか、一声鳴いて、こちらが合わせられるくらいの速度で走り始めた。


「おわ!?」


 上に乗っていたオットーさんが態勢を崩したのか情けない声を挙げている。


「どうやら見つけたみたいです! 追いますよ!!」


「うひゃあ~! お~いつけるかな~?」


「見失わなけりゃ大丈夫だろーよ」


「馬鹿なこと言ってないで、急ぐよ! 幸い、こっちに合わせてくれてるみたいだし」

 

 一頭と四人が駆け出して、街を離れていく。


「ここまで離れりゃだ~いじょ~ぶかな~」


 門が遠く見えるほどになったところで、リリさんがにんまりと笑った。


「導きと狩猟の神よ、我らを行く先へと駆けさせたまえ【加速アクセラレート】」


 途端、足がものすごく軽くなり、反面蹴り上げる力は強くなった。不整地で凸凹しているはずの平原をまるで綺麗に舗装された道路の様にまっすぐに全力で突っ切って行ける。


「ふふ~ん! ど~よ、便利でしょ~?」


 相も変わらず緩い感じで笑っているリリさんだったけれど、すでに弓を引き抜いて矢を番えていた。いつでも構えて打ちぬける準備が出来ている。


「森が見えたぞ!!」


 カイの声で目をこらすと、この速度ならもう間もなくのところに鬱蒼とした木々が見え始めてきた。


「隊列を組むよ、カイ先鋒、中団にアタシとエミリア、後方にオットーとアレク!」


 その声にカイが背負っていた槍を下段に構えた。


「アレク! 付近についたらオオカミを後ろに下げてくれる?」


「わかりました」


 と答えたところで、自分の目にかけた魔法が捉えた。


「これはまた、厄介な……」


「どしたぃ? なんかあったか!? アレク!?」


 小さな呟きだったが、カイの耳にはバッチリと聞こえていたらしい。


「ああ、どうやら持ち去られているはずの冒険者の死体が、まだあそこに残っているみたいだ」

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