第13話 死霊術師と騎士団詰所

「で、まんまとお師匠さんから報酬をせしめて俺のところに来た、と」


「人聞きの悪い言い方をしないでくれよ、ヒュー。自分は正当な権利を行使しただけだ。」


「違いねぇ」


 ニカッと笑ったヒューに釣られて、自分も少しほほが緩んだ。と言ってもローブを被ったこちらの表情はヒューにはわからないだろうが。


「そんなら、こっちとしては出来ることは一つだな」


 そう言うとヒューは応接室の椅子から立ち上がり、廊下に繋がるドアを開け放った。そのまま。


「オーウェン!!!! キャロル・オーウェン!!!!! 今すぐ応接室まで駆け足で来い!!!!!!」


 鼓膜の震えが分かるほどのバカでかい声で叫んだ。


「ちょっ、ヒュー!!」


 抗議の声を挙げたが、さっきのヒューの銅鑼声のせいでこっちの耳がバカになっているせいか、声が大きくなってしまった。


「はは、どうした? そんな大きい声を出して」


 自分は一つ大きなため息を吐くことで、「ヒューのせいだろ!」ともう一度大きな声を出したい気持ちを抑え込んだ。そのうえで。


「もうちょっとマシな呼び出し方は無かったのか……」


 諦めたように呟いた。


「ん? そりゃ、誰かに言伝頼めばいけるかもだが……」


 ヒューはこちらの言葉を拾い上げてやや考え込むようにして。


「こうした方が早い。幸いここはウチの小隊詰め所。小うるさいことをのたまう上役殿がおられないからな。」 


 最早何を言っても無駄だった。一体全体どうして目の前の幼馴染が騎士の身分を授与され、あまつさえ小隊の隊長に任じられているのだろうか。


 いや理由は自分も分かっている。単純なことだ。ヒューはとにかく冗談みたいに強いからだ。


「お、どうした?」


「いや、上官殿はさぞかしヒューを持て余しているのだろうな、と」


「あ~~~~」


 ヒューは何かを考え込むようにして、それから笑いながら言った。


「あの御方はむしろ俺に対して『好きにしろ』としか言わんのだがな」


 果たして、その「好きにしろ」が「制御できないから勝手にしてろ」、なのか「信頼しているから自由に動け」なのかそこが重要だと思う。そのことがわかっている。というか上官の意図を図りかねているからこそヒューも少し悩んだのだろう。


「まあ、中隊長殿がどう思っていようが俺は騎士としての務めを果たすさ。お前が死霊術師としてそうあるように、な」


「そうか」


こちらが一つそう言えば。


「そうだ」


 ヒューが一つ返す。お互いのことが分かっているからこそ踏み込まず、離れず、丁度いい幼馴染としての距離感。それをお互い確認したところで。コンコンと軽くノックの音が響いた。


「オーウェンか? 入って来い」


「失礼します!」


 そう言って綺麗な動作でドアを開けてくるりと回って静かに閉めた。そこからもう一度こちらに向き直ってから敬礼を一つ。


「従士キャロル・オーウェン、呼び出しに応じ参上しました!」


 常識的な声でハキハキと述べたオーウェンさん。


「おう!! オーウェン!! ちょっとしばらくこっちの死霊術師の特訓に付き合ってやれ!!」


 そこにデカい声で用件を被せる上司ヒュー。やはりこの男が小隊長だってのは間違っているだろう。


「え? は? はい?」


「よかったな! オーウェンは快く相手をしてくれるみたいだ!!」


 このバカ、勢いで押し切るつもりだ。


「今のは疑問符つきの『はい』だろう。オーウェンさん、まだ事態を呑み込めていないぞ」


 ため息つきながらそう言うと、「そうか」とわかったようなことを言ってヒューは頷いた。


「いいか、オーウェン。こっちの死霊術師はゆえあって決闘に臨むことになった。ついてはお前が、彼の訓練相手になって特訓に付き合ってくれ」


 が、やっぱりわかっていなかった。このまま勢いで押し切るどころか押し出すつもりだよこのバカ。


「え、あ! え~、つまり遺言決闘が行われることになったからその訓練相手に、ということですか」


 オーウェンさんの言葉を受けて、ヒューが自慢げなドヤ顔でこちらを振り向いた。「なんでお前がそんなに誇らしげな顔をしているんだ、このバカ!!」と叫んでやりたい気分だったが、それを呑み込んだ。


 吞み込んだ結果、ため息が出た。というかため息ばかりついているな自分。


「すいません、オーウェンさん。自分には生きている・・・・・人間相手に戦った経験がないもので」


 こちらが頭を下げると、ヒューが意外そうな声で。


「なんだ? 死んだ人間相手ならあるのか?」


 そんなことを問いかけてくるから。


「スケルトンやゾンビ、ゴーストのたぐいは倒したことがある」


「……そちちの方が珍しいかと」


 やや引きつった顔でオーウェンさんが口に出す。


「死霊術師になるとそういうやつ相手が多くなるのか?」


 ヒューは動じずにそう聞いてくる。


「ほったらかしにされた死体があれば、悪神の手先が関わらずともそう変じていくからね」


 悪神の手先が入り込めないように防備を固めた都市の中で死体を放置しておくと体内に残った魔力が自然の魔力と結びつきスケルトンやゾンビになり、死体を燃やしたり粉々に砕いたりするとゴーストになる、と言われている。


 つまりは正規の手続きに従って死霊術師が葬儀を行わないと、死者は人に仇成す存在へとなってしまうわけだ。


「その解決を行うのも死霊術師の仕事、というわけでしたか」


 オーウェンさんが納得したように頷いていた。


「ま、話が横に逸れちまったが、今回は生きた人間相手だってことで、どう戦えばいいかがわからんっていうところらしい、いけるなオーウェン」


 話を本筋に戻してから軽い調子でヒューがオーウェンさんの肩を叩いた。


「え、いや、私、まだ人に教えられるような」


「おう、教えなくていい。とりあえず何度でも戦ってこい」


「た、戦うだけですか?」


 その一言に、ピンと来たのかヒューは悪い顔をした。


「いやあれだ、お前には条件をつける。一つたりとも同じパターンで戦うな。毎回手をかえ品をかえ、色んなパターンで死霊術師殿の相手をして差し上げろ。」


「ええ!?」


 どうしろって言うんだ、とでも言いたげなオーウェンさんに代わって自分がヒューに。


「そこに何の意味があるんだ?」


 問いかけた。


「オーウェンには頭を使った戦い方を身に着けさせる。お前には身体で様々な手を覚えさせて対応力を身に着けさせる」


 意外と理にかなった答えが返ってきて、思わず言葉に詰まった。


「場所はこの詰め所の中庭を使っていいから、頑張れよ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る