第10話 死霊術師と悪意の手
ガンガンと自分の拳が壊れるのもお構いなしに、障壁を殴り続ける“死体”には目に見えるほど濃密な魔力でできた無数の糸が纏わりついている。その糸を手繰っているのが“悪意の手”だ。
地の底から這い出てきたような黒く、生を感じさせない無機質な手。教本なんかで絵を見たことはあっても、こうして見るのは初めてだった。まずは、コイツをどうにかしないといけないわけか。
右腕を振るい、大鎌を取り出して腰溜めに構えてから一閃。障壁―それも死体が殴りつけているポイント―に鎌の刃先を打ち付けるようにしてまずは障壁を崩す。
魔力で編まれた壁は内側と外側からの攻撃に耐えきれず、割れて砕けた。その瞬間、“悪意の手”が自由に動けるようになった“死体”を使ってこちらに攻撃を仕掛けてこようとするが、それを読み切って攻撃が届く前に、“神の奇跡”を祈る。
「死と冥府の神に請い願う。今、
術式が起動すると同時、地面から茨が湧き出て“悪意の手”を拘束し、こちらに攻撃を仕掛けてこようとした冒険者の屍は糸が切れたように動きを止めて
次いでもう一つ。
「つづけて
“魔よけのメダル”を遺体の上に放り投げて、メダルに刻まれた術式を手動で起動させて、自分が想定していた使い方で機能させる。そう、魔よけのメダルは本来、持っている冒険者が死んだときに自動で術式を起動させ、その魂と躯を悪神の配下から守るためのものなのだ。
“魔よけのメダル”はその機能の通り、遺体に絡みついていた糸を取り払い、さらには身体の中に埋め込まれていた魔石までも排出してくれた。
身体から浮き出てきた魔石を鎌の先で引っかけて回収してからホッと一息をついた。もしも、魔石があるのに気が付かず、冒険者の死体をそのままにしていたら、今度は“悪意の手”関係なしに魔石の魔力で動き出して攻撃されていたことだろう。
これで一安心、といったところだ。もう悪意の手は遺体に手を出すことは出来ないし、あとは“手”を砕いて冒険者の亡骸を持って帰ればそれで終わり……。
「うわ!!?」
そんな楽観に浸っていたところで、シュっと、風を切りながら矢が飛来していき、自分のほんの目と鼻の先を掠めていった。
思わず驚いて尻もちを着いたところ、自分の視界が不意に明るくなった。普段目深に被っていたローブが大きく切り裂かれ、ちょっと眩しさを感じるくらいに顔に陽の光が当たっているのだ。
矢が来たのは森の奥から。そちらを見ればゴブリンがこちらを目掛けて弓を引き絞っている。
そして、矢がまっすぐにこちらへと放たれるのが見えた。
一瞬のことに理解が追い付かず、身動きを取れないでいるとローブを引っ張られて空に放り投げられてしまう。
落ちた先は白くてちょっとばかりゴワッとした大きな背中。アートが助けてくれたのだとわかった途端、一気に汗が噴き出てきた。
「ごめん、アート助かった!!」
わふっ、と答えるようにひとつ鳴いたアートは冒険者の遺体を咥えると一気に跳躍して、カイたちの後ろへと降り立った。
「無事に回収できたみたいね! それじゃ、撤収するよ!!」
「あいよ~」
エミリアさんの号令に合わせて、リリさんが懐から幾つかの丸薬を取り出すと、それを敵方へと投げ込んだ。
「オットーよろしく~」
「はいはいっと、“火球を成して敵を穿て”【
先ほどまでの【弾丸】とは違い、今度は火の玉が群れとなってゴブリンに降り注ぎ、そのうちの幾つかは丸薬にヒットした。
瞬間、丸薬は爆ぜて周囲一帯に真っ白な煙をまき散らしていく。
「うわ!! クッセ!!? なんだっていっつもいっつも煙幕に変な臭いつけんだよ!!?」
アートが鼻を抑えながら先頭を走って逃げ出すのを見ながら続いたリリさんがにこやかに笑う。
「だって~、魔物の中には鼻が効くやつだっているじゃ~ん、念のため、念のため~っと、導きと狩猟の神よ、我らを行く先へと駆けさせたまえ【
ぎゅんと加速する視界の中で、実に楽しそうに言ってのけるリリさんを見ながら、若干趣味と言うかカイに対する嫌がらせも含んでますよね? と聞きたいところを我慢した。
「あ、あの、アレクさん? か、帰りも、乗せて、もらえない、かな?」
「楽しようとしない!! ただでさえ体力ないんだから、鍛錬だと思ってこのまま走るよ!!」
後ろから必死の形相でついてきているオットーさんがエミリアさんに叱咤されてより厳しい顔つきになりながら走っている。
「おいつかれたら、鍛錬もなにも、あったもん、じゃ、ないと、いうのに」
息も絶え絶えに走りながらも恨み言を言い切る元気はありそうなのでこのまま放っておいても大丈夫そうだ。
でも、確かにここで追いつかれるようなら面倒なことになる。それに、街の近くにまで魔物を引き連れて逃げていくというのもよろしくないだろう。だから自分はもう一度、神に祈った。
「死と冥府の神に請い願う。今、屍を弄ぶ悪意の者に軛を与え給え【抑圧】」
立ち上がり、視界を拡げ、目に見える範囲にいるすべての魔物に茨の拘束を仕掛けると、思った以上に効力を発揮してくれた。前を走るゴブリンは茨に縛られて動けなくなり、その後ろにいたゴブリンも前が急に立ち止まったことでぶつかり、転がり、茨に身体が突き刺さってダメージを受けているではないか。
これならもう追いつかれることはないだろう、と安堵して前を向いたところで、周りからの視線が自分に突き刺さっていた。
「あの……何か……?」
「「「「そんな呪文があるならさっさと使っとけ~~~~~!!!!」」」」
走りながらの大絶叫に、アートの耳がぺたんと倒れた。
「いい!? アレク!?
エミリアさんが真剣な表情で忠告してくれるあたり、これは自分、かなりの
「あ~、まあ、なんだ、これが初めての冒険ってんなら仕方がないし、そもそもお前さんに何が出来るか確認してなかった俺らも悪いんだが……今度からは戦い方の基礎も覚えといてくれると助かる」
カイが割と沈痛な面持ちでコチラに気を遣ってくれているのもやってしまった感に拍車をかけてくる……どうやら、自分は基本的な部分でミスをしてしまったらしい。
「呪文は~使えるようになったからいいってもんじゃなくて~使い時をしっかりと覚えなきゃダメなんだよ~?」
アッ、ハイ、スイマセンと思わずカタコトで謝ってしまった。まさかこんな呪文を覚えるときの一番最初に教わるようなことを指摘されてしまうとは……かなり反省しなければ……。
「き、きちんと逃げられるなら、僕は構わない、かな」
余裕ができたことで少し速度が遅くなったことが幸いしたのか、オットーさんは少しだけ息を整えて、そう言ってくれた。でも、最初から呪文を使っていれば、そもそもこんなに走る必要がなかったんじゃないだろうか、と胸の中に浮かんだ疑問にはそっと蓋をした。
「ま、とりあえずは! 目的も達成したことだし、とっとと帰ろうぜ」
「気を抜かないように、ね」
ぐだッとしてきた空気を入れ替えるようにカイが明るく宣い、エミリアさんがクスリと笑みを浮かべながら言って、こうして自分たちは少しだけペースを緩めて街へと戻っていった。
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