第9話 死霊術師と魔物の罠

「連れ去られたって言ってなかったか!?」


「た~しか~に言ってたね~?」


「見間違いか何かだったんじゃないの?」


「もしくは、途中で遺体の回収を断念したのかもしれませんね」


 カイが聞き、リリさんが肯定し、そしてエミリアさんとオットーさんが可能性を示した。


 それに対して、自分は違う仮定を持ち出した。

 

「もしくは、連れ去ったように見せかけたのかもしれません」


「罠ってこと!?」


 即座にエミリアさんが反応した。


「全員、一旦止ま……」


「止まるのはナシだ!! ここで混乱して足止めすんのが敵さんの思惑かもしれねぇだろ!?」


「だ~ね~、こういう時は、慌てず騒がず、罠ごと踏みつぶす心づもりで~」


 カイがこういうやつだってのは良く知っていたけれど、まさかリリさんがそれ以上に考えなし……いや、猛々しい性格をしているとは思わなかった。というか口調と違いがありすぎて違和感がある。


「脳筋思考!? いやダメでしょ!? せめてどんな罠かくらいは検討つけときましょうよ!!?」


 対して、オットーはこの二人を前にして制止するように声を挙げた。が、半分以上は二人に同意しているので、彼も恐らく脳筋の気がある。


「あ~もう! それじゃあ、あそこにつくまでに対策練りなさい!!」


 叱って、止めない辺り、エミリアさんもそうなのかもしれない。


「任せた!」


 言って、こちらを見ながら親指を突き上げる仕草をとるカイ。


「せ~んも~んかだもんね~、よ~ろしく~」


 確かに、死霊に関しては専門だが、魔物退治の専門家はそちらのはずなのでは?  なんて言っていても埒があかないので、とりあえずは懐からある物を取り出した。


 普段と違って、青白い光を放つ“魔よけのメダル”だ。このメダルをありとあらゆる方向に向けたところ、ひときわ強く光ったのが死体のある方向。ならばもう、確定だろう。


「あの遺体は魔力汚染がなされています。おそらくは、すでに魔軍から何らかの改造を加えられているかと」


 魂に手を付けられてはいないのが、より残酷だ。死んでいるとはいえ、肉体を無理に改造されてしまったのなら、魂にだって悪影響はでるはず。おそらく魔軍はこちらをおびき寄せるために魂に加工を施さず、肉体に少しばかり細工をしたのだろう。


 そこまで思い至ったところで、胸のあたりがじくじくと痛み、頭の奥に火がついたような熱を感じた。


「で、だ」


 その熱が他のところに燃え広がる前に、カイの声が自分を現実に引き戻した。


「対策はどうなんだ、対策はよ!?」


 カイ自身は無策のくせに、とは思うが少しだけ感謝した。別のことを考えている間は、あの熱さを思い出さずに済みそうだ。


「一番いいのは隔離するか、どこか遠くに離すかなんだけど……」


「なら僕の魔法で! “へだわかつ障壁と成せ”【隔離《アイソレート】」


 魔力で編まれた障壁が死体の周りを取り囲んだ。


「とりあえずこれで!」


 アートの首にしがみついたまま詠唱を終えたオットーさんが声を挙げる。


「でかした!!」


 カイが全体の前へと進み出た。


「アレク! オオカミを下げて!!」


「森の中に隠れてるね~」


 カイの後ろにエミリアさんが付くと同時、リリさんがまったく気づかない間に番えていた矢を放った。


 森の木々の上の方へと飛び立った矢は鈍い音を響かせ、次に何かが落ちてきて地面にぶち当たり湿った音をまき散らした。


「ゴブリン!!」


 叫んだのは、オットーさんだ。


 同時、カイが足を止めてエミリアさんがその横に立った。その後ろ、二人の間から弓をのぞかせるようにリリさんが立って、オットーさんがリリさんの後ろにアートから剥がれ落ちた。


 自分はリリさんの横に立つようにしてアートはそのまま最後尾についた。


 その上から、オットーさんが杖を掲げて。


「“礫を成して敵を穿て”【弾丸バレット】」


 呪文と共に現れたのは純粋な魔力の塊だろうか? 青白く光る球体が十数個の群れになって森へと飛び込んだ。


 ガサッと大きな音を立てながら森の中へと分け入った弾丸はあちらこちらで破壊をもたらす。木を穿ち、地面を抉り、そして魔物の悲鳴が聞こえてきた。


 もはや隠れる意味はないと悟ったのか、それとも魔力弾から逃げるためか、十を超えるゴブリンが森の中から湧き出てきた。


「んじゃ、いつもどーりっと!!」


 槍を構えて、一挙にカイが駆け出した。


 先頭を走るゴブリンの一頭の腹に穂先を突き込み、刃先が喰いこんだ瞬間に手首を捻り、腕を振るい、胴体を真横に切り裂いた。


 次いで、手首の返しと腕の振り戻しで横にいた頭部の上半分を飛ばす。そして、そのままカイに向かって飛び込んできた一体の脳天から真っ二つにしてしまう。


 だが、敵も馬鹿ではない。カイが正面の敵と戦っている隙に背後に回り込もうとしたゴブリンがいた。


 が、すぐに倒された。


 カイの攻撃範囲から少し離れて接近した敵はエミリアさんが両手剣で割断し、大外を回ったゴブリンはリリさんの矢に射抜かれていった。


 また、森から次々に出てくる敵の多くは、オットーさんが【弾丸】の魔術で牽制して足止めするか、森へと弾き返していった。


「すっご……」


 思わず、見惚れてしまった。


「悪いんだけど、死霊術師さん!? さっさとあの死体、回収してくれないかな?」


 ハッとして自分の本来の役割と今回の依頼内容を思い出した。


 やらなくてはいけないのはゴブリンの殲滅ではなくて冒険者の死体を回収することだ。


 念のために大鎌を取り出していつでも自分の身は守れるようにして冒険者の死体に近づいたところで、


 ガキンッ!!!!


と大きな音をさせながら障壁が光を上げた。


 少し後ずさりしながら見たところ、障壁の中で死体が動かされて・・・・・いた。


悪意の手ヴァイスハンド!?」


 悪神二柱が世界の各地に送り込み、死体や魂を魔族や魔物に造り変えるために働く、文字通り悪の手先が冒険者の死体を操っていた。

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