第4話 死霊術師と気の向かない仕事
「お? もう終わったのか。相変わらず早ぇーなぁ、お前は」
現場の前で待っていたヒューに検視結果を手渡したところで、バシバシと背中を叩かれた。
「んで、アラキナもありがとな。やっぱり医者の所見があると助かるもんでな」
「なに、大したことじゃないさ。ほとんどはそこの死霊術師くんがやってくれたものだからね。私がやったのはちょっとした手伝いだけだよ」
軽く肩をすくめて
「そんなに謙遜しなさんなって、こっちが『ありがとう』って言ったんだから『どういたしまして』でいいんだよ」
「こ、こら! 乙女の髪に勝手に触れるだなんて! なんてことをするんだ! キミってやつは!!」
言葉では思いっきり文句を言ってる割には、口元には薄く笑みが乗っている。
「ヒュー、君が外に出ているってことは、事情聴取や現場検分は終わったのか?」
話を切り出したところで、少し、空気が変わった。あ、これは空気読めてないやつだなと気づいたがもう遅い。このまま仕事の話を続けさせてもらおう。
「被害者に用がないなら、家族に会わせてあげて欲しいんだけど……」
「お、おう。お前ならそう言うと思って、もう家族と面会させてるところだ。今は家族水入らずってところだろう」
こういうとき、死霊術師の仕事に理解のある相手というのは、本当にありがたい。なにせ、時間は限られている。
「……そうか、なら、僕はギリギリまで待つことにするよ」
空気が完全に切り替わった。先ほどまでの和気あいあいとした雰囲気は消え去り、暗いどんよりとした様子があたりを満たした。ここから先に何が起きるのか、誰しもが予想できてしまったからだ。
「俺も残る。オーウェン、お前は……」
「はい!! 私も残ります!!」
ヒューの指示を待つことなく。オーウェンさんは、はっきりと答えた。
「オマエなぁ、これから何があるか、わかってんのか」
こめかみを抑えながら言うヒューをオーウェンさんはまっすぐに見据えて、言った。
「わかります。5年前、私も
その言葉を受けて、今度はアラキナが口を開いた。
「ああ……魔族の侵攻があった年だね? もしかして……」
「ええ、父が……。随分と酷いことを言いました」
そのとき、不意にオーウェンさんと目が合った。
「なら、残っていても大丈夫じゃないかい? ヒュー?」
「……俺としては、お前を送って帰らせたいところなんだが?」
「大丈夫だよ。私も最後まで残るつもりだ」
ぱちりとアラキナがウィンクをとばし、ヒューが大きくため息をついた。
「わかってるだろうが、余計な口は開くなよ?」
二人が頷いたところで、ヒューがもう一度項垂れるように息を吐いた。
そんな様子を横目に、空を見上げた
夕暮れ。
まだ、太陽は地平の上にあり、東の空はゆっくりと橙から紫に移り変わるころ。夜の帳がまもなく降りようとする黄昏の空。
懐から取り出した時計を確認しても刻限は迫っている
「そろそろ限界かな」
三人を見ると、大きく頷いてくれた。それに自分も頷きで返して、歩き出した。
♦♦♦
事件現場の扉を開くと、一つの家族の最期の時間が流れていた。
10歳になるかならないかも男の子が大きな声で泣きながら駄々をこね、それを涙を流しながら母親がなだめている。被害者たる父親は悲しそうに笑いながら、自分の息子に語り掛けている。
一歩、室内に踏み出す。
家族の方も自分に気が付いたのだろう。父親は観念したように立ち上がってこちらを見た。母親の方は、青白い顔をして夫と自分の顔を見比べている。子供は、まだ意味が分からないのだろう。泣きながら駄々をこね続けている。
「お時間です」
自分が告げた言葉に父親が足を踏み出し、こちらに歩いてきた。
母親は崩れるように泣き落ち、子は父を止めようと、縋りつこうとして、父の身体をすり抜けた。
「ご家族にお別れの言葉を」
「――――― ―――――― ――――――」
「~~~~~ ~~~~~~ ~~~~~~」
「…って!! ……だ!! ……いで!!!」
家族がそれぞれに言葉を交わしていく。家族間でのやりとりの内容は意図的に聞かないようにして、その終わりを待つ。
そして、死者たる父が別れを終えたのを見計らい。
「今、死と冥府の神に請い願う。
瞬間、父の足元に無数の花が開いた。黄金の水仙だ。一斉に開いた花は、これまた一斉に花びらを散らし、舞わせ、父の姿を覆い隠し……。
気が付いた時には、そこに何者も存在しなかった。
「お悔み、申し上げます」
最後に大きく一礼をする。
母親も立ち上がりこちらに礼をする。が、子供はこちらを睨みつけるようにして、叫んだ。
「お父さんを返せ!!!」
その言葉はもはや聞きなれたものだ。
「返せ! 返せよ!! なんでどっかに連れてっちゃったんだ!! 返せ!!!」
泣きじゃくりながら怒る子供に、こちらとしては何も返すことが出来ない。父も、言葉も、何一つとして。
泣きながら悪態を吐き続ける子供を母親が叱りつけるが、それでも子は止まらない。
「後は任せろ」
今まで、自分の後ろに控えてくれていたヒューが代わりに前に出てくれた。
「ま、キミは外に出て待っててくれよ」
こちらの背中をポンと叩いてアラキナがそれに続く。
「フォスター殿、こちらへ」
そして、自分はオーウェンさんに手を引かれて、現場を後にした。
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