第5話 死霊術師とかつての少女
オーウェンさんに手を引かれるままに、自分は家の外に連れ出された。
最早外は夕暮れを通り越して夜の帳が降りていた。春だと言っても夜風は冷たい。
でも、この寒さはそれだけではないような気がする。
キュッと心の内から
死者を弔うときにはこの感覚にいつも襲われている。
それでも、今日はいつもとは違った。
ギュッと力強く握りしめられた手からは痛みよりも暖かさが感じられて、そこだけが熱を帯びているようだった。
「―――さん? オーウェンさん?」
ボーっとしていたのだろうか、呼びかけに気が付かなかったようだ。
「……ああ、すいません。どうやら自分が思っていた以上に疲れていたみたいです」
愛想笑いをしながらそう答えてはみたものの、オーウェンさんの反応は
どうやら目深にかぶったローブのせいで向こうはこちらの表情が見えていないようだ。
ならばともう一度。
「やはり、お昼はしっかりと食べておくべきでしたね。もうお腹がペコペコです」
あはは……、と軽く笑いながら努めて明るく言ったつもりだったが……、オーウェンさんの表情は暗く曇ったままだった。
「……すいませんでした」
パッとこちらの手を離したオーウェンさんが深々と頭を下げた。
「いえいえ、こちらのほうこそ、ああやってあの場から連れ出してもらって……」
だから、自分も頭を下げて礼を言った。
「そうじゃないです」
急に、オーウェンさんが大きな声でコチラの言葉を遮った
「そうじゃ、ないんです……」
何かを言いたそうに唇を噛み、まっすぐにこちらを見据える瞳に、自分はただ、次の言葉を待った。
「……私は、あなたをあそこから連れ出したかったわけではないんです」
ぽつりと言葉があふれ始める。
「あの場から出ていきたかったのは私のほうなんです……。逃げ出したかったのは私の方なんです……」
言葉が詰まる。心の中を隠すように。
だから、今度はあえて言葉を促した。
「……それは、どうして?」
まるで、己の罪を懺悔するかのようにオーウェンさんは俯きながら。
「……あの場にいたのはかつての私だったんです」
打ち明けた。
「……私も、あの少年のようにあなたに泣きついたのです。『父を返せ』と」
ああ、と妙に納得がいった。
「……もう、覚えておられないかもしれませんが、5年前にあった魔族の侵攻の際、私の父は街を守るために戦い、そして、戦死しました」
「それは……」
何かを言おうとしたところで、オーウェンさんが首を横に振るのを見た。
「その時に、あなたが来てくれました。
「私は、本当に嬉しかった。最期だとわかっていても、もう一度父に会えて、本当にそれだけで良かったのに……」
自嘲するようにオーウェンさんが笑う。
「だっていうのに、私はいざお別れの際に、あなたを罵倒しました。『父を返せ』、『人殺し』、と。頭では違うって、分かっていても、私にはあなたが父を奪う死神にしか思えなかった」
「誰だって、そう思います。大人になるとそれを隠すことが出来るようになるだけで……みんなみんなそうなんです。だから、そんなに気にする必要は……」
「ウソです!!」
きっぱりと否定されてしまい、さてどうしたものかと頭を捻ったところで。
「だって、あなたはあんなにも気にしていたじゃないですか!!」
その一言に、サーっと冷たい波がもう一度全身を泳ぎ回った。
「気にしてなんていませんよ」
「ウソです!!」
「本当ですよ、もう慣れてしまいましたから」
「……っ!!」
今度は向こうの顔から血の気が引いた。さっきまでは顔を赤くしながら怒るようにしてこちらに叫んでいたのが嘘だったかのようにオーウェンさんは小さくなってしまった。
「……そんなに、慣れるまで、色々な人に酷いことを言われて、差別されたりすることもあって、なんで、あなたは、死霊術師を続けて……」
泣きそうな顔で訊ねてくるオーウェンさんを見て、少しだけ思い出す。自分が死霊術師になりたてのころ、ヒューやアラキナ、仲の良い友人たちに同じことを聞かれたことを。
答えはその時から変わらない。
「誰かがやらねばならないからです」
オーウェンさんはまっすぐにこちらを見続けてくれている。
「人は生きている限りいずれ死にます。死後に、その魂や肉体を魔の軍勢に使われないようにするため。安らかに冥界へと旅立ってもらうため。誰に何と言われようとも私は死霊術師であり続けます」
「……そう、ですか」
オーウェンさんはそれだけを呟くと。
「~~~~~あああああ!!!」
大きく叫び、それに負けないくらいデカい音を出して頬を引っ叩いた。
「……大丈夫?」
思わず不安になって聞くと、オーウェンさんは余程痛かったのか少し涙目で。
「大丈夫です!! そしてすいませんでした!! 失礼なこと聞いて!!」
ああ、うん、と頷いたところで、ヒューとアラキナが家から出てきた。
「おーぅ。今終わったが……何かあったのか?」
「はい! 私が情けないところを見せていました!!」
ヒューの問いかけにオーウェンさんが頭を下げながら答えて、ヒューが笑った。
「っはは、そうか、そんじゃあ、次はみっともねーとこ見せられねーようにガッツリ鍛えてやらんとな」
「ご指導よろしくお願いします!!」
うん、実に体育会系のノリでどうにも自分にはついていけそうもない。
さっきまでのしんみりした空気があっという間に霧散してしまって温度差と言うか上下差と言うか、とにかく自分がここにいるのが場違いな気がしてきた。
「それじゃ、私はもう帰るよ」
同じことを思っていたのか、白けた目で二人を見ながらアラキナが言ったところ。
「おう、じゃあ、送ってく。オーウェン! 馬でアレクを送って来い!」
「いいよ、一人で帰れる」とかなんとか言いながらも嬉しそうな顔をして連れて帰られるアラキナを見送ってから、自分はオーウェンさんに馬で墓地まで送ってもらった。
「それではここで」
墓地の入口で馬を停めてもらい、そこで自分は降りた。
「今日はありがとうございました」
深々とお礼をするオーウェンさんにこちらも頭を下げながら。
「いえ、こちらこそ、助かりました」
では、といって墓地へと向けてあるきだしたところを。
「フォスター殿!!」
呼び止められた。
「私は、ずっと!! ずっと!! あなたに感謝しています!! 小さいころから変わらず!!」
「5年前のこと本当にすいませんでした!!」
「そして、なによりありがとうございました!!」
その言葉に一度だけふり返り、大きく手を振って、今度こそ自分は墓地へと歩き始めた。
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