第15話 死霊術師と決闘前夜
「勝手なことをしおって」
はぁ、と大きなため息の音だけが室内に響く。目の前にあるのは、今回の件で代理人として名乗りを上げた者たちのリスト。その一番上に妻が勝手に決めた出場者の名前が記されている。
その名前は、ウチの商会で二度と雇わないと決めた筋金入りの
「はあぁぁ……」
しょうがないことではある。遺言決闘の代理人だなんて進んでなろうとする者はほとんどいやしないのだから。こうした仕事を受けるのは大抵、もうどうしようもないくらいのクズか、切羽詰まった半賊の傭兵崩れぐらいなものだ。
そもそも論として、自分としては此度の遺言決闘だってやりたくはないのだ。ただ、妻がなんとしてでもと押し込んでくる以上やらざるを得ないだけ。
まあ、妻の気持ちもわからなくはない。もしも、あの子が遺言通りに相続を受けたとなると、自分が死んだ時も相続を主張してくるかもしれない。そうなったとき、商会を継ぐことになるのが妻との子ではなくなるかもしれないという焦りがそうさせたのだろう。
そんなことはありえないというのに。
「まったく、誰が得をするというのだ、
ああ、頭が痛くなってくる。
ちょっと考えればわかることだ。自分が遺言を否定するということは自分の遺言も否定されるかもしれないこと。他人の遺言を否定するのに首を突っ込めば、自分の時もそうされるかもしれないこと。
だからこそ、継承権などで最も相続争いが起きやすい貴族ですら、余程のこと―例えば家臣団の過半数が遺言に反対していて内乱が起きそうなとき等―がなければ遺言決闘なんぞ行わないし、その配下である騎士や兵士たちも行わない。ましてや代理人になるなど。
「ありえないことだろうに」
そのありえないことが起きたのが現在の当家ではあるのだが。
「はは……」
笑えない時に限って乾いた声が出るのはなんでなんだろうか。もう最悪の状況すぎて笑うことしか出来ないからか?
騎士や兵士が代理人なることは、まあないだろう。では冒険者はどうか。こちらも、よほどのことがない限りはない。大抵の冒険者は死霊術師に偏見を持たない。彼らに対して刃をむけようだなんてことはほぼない。あるとすれば新人のよくわかっていない奴らが目先の金欲しさで受けるくらいか。
よって遺言決闘を受けるのは目先の金欲しさに後先考えずに行動する、盗賊まがいの
「はああぁ~~~~」
もはやため息以外の何も出てこない。自分としては、代理人を募集するふりをしつつ、手を挙げてきた連中のクズっぷりを根拠に蹴りまくり、「代理人がいないので決闘は出来ん」とか言って妻を説得して何とか遺言決闘を避けようとしたのに……
妻が勝手にこのリストからウチの商会を出禁にしたやつを、腕がたつのは確かだがあちらこちらで問題を起こしまくり、商会の金を勝手に使いこむようなやつを、よりにもよって「勝てば正式に商会の護衛にする」と持ち掛けて雇ってしまったのだ。
「ああ、明日にならなければいいのに」
その呟きは、薄明かりしかない部屋に溶けていった。
♦♦♦
「ああ、明日にならなければいいのに……」
「何をおっしゃっているのですか! フォスター殿!! 明日こそが決闘本番でしょうに!!」
だから嫌なんです。という言葉はかろうじて飲み込めた。あたりは既に日が落ちて薄暗闇が広がり始め、道路のあちこちでかがり火が焚かれ始める時間帯。今日は前日だということで軽く手合わせをした後で、オーウェンさんと今日までの訓練の感想戦を行っていた。
「フォスター殿はここしばらくで随分とお強くなったように私は感じています! ですから、きっと大丈夫です! 勝てます!!」
どうやら心優しいオーウェンさんは先の一言で、自分が負けるかもしれないと弱気になっていると思っているらしい。たしかにその気持ちも大いにある。
しかし自分は勝負の行方よりも、負けた後のことを考えてしまって憂鬱な気分になっているのだ。
負けてしまえばここまで付き合ってくれたオーウェンさんに申し訳ないし、たびたび助言をしてくれていた冒険者の三人にも悪い気がする。それに、遺言を託してくれた亡きご隠居さんや相続を受け取るはずのお孫さんにも顔向けが出来ない。
そこまで考えると胃が痛む。ここ最近はお茶を飲むと胃があれる感触がして水ばかりを飲んでいる。
「ええ、ありがとうございます。出来る限り勝ちにいこうと思います」
キリキリとくる痛みが顔にまで来ているのだろうか。随分とぎこちない顔で笑っているのが鏡がなくてもよくわかる。こういうときは、フードをすっぽりと被る死霊術師の装束と言うのは良いものだ、と思う。
「あの、もしや、緊張されておられるのですか?」
が、目の前にいるオーウェンさんには効果がなかったようだ。こういう表情じゃなくて雰囲気でこちらの様子を察してくる人と言うのは随分と苦手だ。どうにも慣れていないせいで、返答に迷うのだ。
「い、いや、どうでしょう……」
こちらの言葉にオーウェンさんが目を細めた。完全に返事の仕方を間違えたのだろう。あの目は疑念ではなく確信を感じさせる。多分、オーウェンさんの中で自分は、戦いの前の不安と緊張で少しナイーブになっていると捉えられているのだろう。
「なるほど……ではフォスター殿、ちょっと失礼して」
すっと、あの日の様に手が取られた。以前とは違ってオーウェンさんの両手で自分の右手が包まれている。少し冷えた、しかしわずかでも時間が経てば温かみを感じるその柔らかでしかし、剣を振るうことで出来たいくつかの硬い感触が伝わってきて。
突如、激痛が奔った。
「痛っっっったぁあああああ!!!!!」
同時、口から絶叫が漏れた。思いっきり掌の中央、骨と骨の間を指で押し込まれた。
「え? あ? すいません!!! 強く押しすぎましたか!?」
ではこれくらいで。との声の後で再度、指が骨同士の隙間に差し込まれる。
「っっっっ!!」
声を出すのは我慢できた。が痛みに悶絶するのに変りはなかった。
「どうですか? 昔、父に教わったんです。緊張したときはこうするといいって」
「え、ええ、さっきよりは随分とマシな気分にはなりました」
確かに、手からの激痛で胃から昇ってくる痛みはどこかに吹き飛んだ。腹から思いっきり声を出した時に一緒に飛び出していったかのような感じがする。
「よかったです」
手が離れていく。それでもほんのりとした温かみとまだ消えない痛みを残して。
「頑張ってください!!」
「ええ、頑張ります。では、また明日」
頷いて、自分は少し足早に家路へとつくことにした。
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