第11話.猫かぶりを見破りました
さあさあどうぞ、という感じにユナトに連れられ私はエントランスホールへ。
王城は外観のみならず、中身もそれは豪奢な造りになっている。絵画や高そうな陶器、甲冑なんかが至る所に飾られている空間が続く。
私も公爵家の人間として何度も招かれているので、さして珍しさはないけどね。
ユナトが私を案内したのは王城の西側に位置する貴賓室だった。今日はここでお茶会をするみたいだ。
ユナトと真向かいの席に座ると、ワゴンを押したメイドさん達がアンティーク調の白いテーブルにティーセットやお菓子を運んでくれる。
身長の高いケーキスタンドには小ぶりなケーキがいっぱい載せられ、私のことを誘惑してくる。
そして極めつけはマカロンタワー! 色とりどりで何て可愛いんだろう。そしてこの見た目で凄まじきカロリーを誇るマカロン。ああ、それでも好きぃ……。
紅茶を一口いただいてから、私はさっそくお菓子の山に手をつける。
――お、美味しい!
我がカスティネッタ家の料理人の腕前ももちろん素晴らしいけれど、やっぱり王城のレベルはひと味違うな。
ぱくぱく、もぐもぐ、と甘いお菓子を頬張る内に、すっかり私は兄が居ない孤独感を忘れつつあった。
しかし――この場には、そんな私を微笑みながら見つめる美少年が一人。
「リオーネ嬢がそんな風に食事を楽しむ姿は、初めて見ました」
私は思わず噴き出しそうになった。
……そうだった。ユナトがこの場に居るのをすっかり忘れていた……。
私は落ち着くためにとりあえずカップを持ち上げ、不自然じゃない数秒を稼いでからにっこりと笑顔を返す。
「う、うふふ。いただいたお菓子もお茶も本当に美味しくて、思わず夢中になってしまいましたわ」
「それは良かった。シェフにも伝えておきましょう」
にこにこにこ。
にこにこにこ……と笑顔で見つめ合う私達。
……何だろうこの微妙な空気は。
もはやお菓子にも手をつけづらい。だってユナトに真向かいからガン見されてるし。
何か私に言いたいことがあるのか? とも思ったけどユナトは黙ったままだ。それにさっきから机上のものにまったく手をつけていない。
というかよく考えると、机の上に並べられたのは女子が喜ぶような甘いお菓子ばかりだ。
「ユナト様はお口にされませんの?」
「僕は結構です。これはリオーネ嬢のために用意したものなので」
そうなんだ……。
うーん……私は悩んだ末に、率直に感じたことをユナトに訊いてみることにした。
「あのぅ……ユナト様って、猫被ってらっしゃいます?」
――ぴた、と時間が止まったみたいだった。
「何というかその……わたくしや大人に接するときのユナト様って、ライル様によく似てますわよね」
「…………」
ユナトは驚いたような表情のまま私の顔を凝視している。
ライルというのはユナトの親友で、私とも幼なじみの男の子だ。
そして彼もまた『恋プレ』攻略対象の一人だったりするのだが……目の前で微笑むユナトは、そのライルによく似ていた。
物腰が柔らかくて、落ち着いていて優しい。大人にも負けないくらい上品な態度で、いつも穏やかな笑顔を浮かべている。
だけど私の知る――正しくは前世の私が馴染んできた『ユナト・ヴィオラスト』という人物とは全然違う。今のユナトは、どこか無理をしているような感じがするのだ。
そんなことを考えていると……ユナトがふぅ、と溜め息を吐いた。
「だって面倒くさいだろう」
貼りつけた笑顔を取った後のユナトは、すっかり無表情だった。
というか、言葉通りに面倒くさそうに頬杖をついている。
「素の自分を少しでも出せば、親や家庭教師からは小言ばかり飛んでくる。それが面倒でライルに聞いてみたら、『少しはユナトも僕みたいに笑顔を身につけてみれば?』とか言ってくるから……アイツの対人スキルを真似てみたんだ。猿まねだけどな」
でも私はそんなユナトの顔を見て思った。
ああ、これぞユナト……ザ・『恋プレ』のユナトって感じだ。
そう、ユナトといえばクールで完璧だけど、どこか無気力な青年。何でもそつなくこなして家臣や国民からも褒め称えられるけれど、根本的に彼は面倒くさがりな人物なのだ。
つまり誰かにとやかく言われるのが嫌で、ライルの真似をして振る舞ってたってことか。
ゲームでは明かされなかった新事実を知った私は、ちょっとにまにましてしまった。
だってそれ……ちょっと可愛くない?
というかユナトとライルって本当に仲が良いんだね。真似っこするって、うぷぷ。
これ、ファンディスクとか小説版の番外編とかで明かされたらユナトファンはゼッタイ盛り上がるよ! 『恋プレ』はぜひ登場人物の過去編も語ってほしい!!
とか考えて一人で目を輝かせていたら、ユナトがふと思い出したというように私のことを見た。
「というかお前こそ、俺と婚約してから性格が変わったよな」
「えっ」
ギクリとする。それなりに上手くやってたつもりだけど、さすがにユナトには疑われてたか。
というのも前世の記憶を取り戻す前の私……リオーネは、ユナトを発見すると『ユナト様っ!』とぶりっこして腕に抱きつき、他の令嬢がユナトに近づこうとすると『わたくしのユナト様に触らないでッ!』とかヒステリックに叫ぶイタいタイプの子供だった。
そんな令嬢が婚約を結んだ途端に態度を変え、愛想笑いを浮かべているとなれば、ユナトもそりゃあ違和感を覚えて当たり前だ。
だって中身が乙女ゲー大好きなド庶民だっていうのがバレないように二重、三重、場合によっては三十匹くらいの猫を被って必死に公爵令嬢を演じているんだもの。
沈黙する私をどう思ったのか、ユナトは腕を組んでこんなことを言ってきた。
「あの我儘令嬢リオーネ・カスティネッタが植物を手ずから育てるなんて聞いたら、俺の侍従達は揃って腰を抜かすだろうな」
「そ、そんなことありませんわよ。わたくし植物が大好きですの。三度の食事と睡眠の次に大好きですのよ!」
「ふーん……」
ユナトはまじまじと私を眺める。……う、全然信じてないな。
私は笑顔の裏でだらだらと冷や汗を掻いた。
猫被ってる、なんて指摘しない方が正解だったか。いらぬ墓穴を掘ったような気がするよ。
しかしそんな私の焦りっぷりを察したのか、はたまた哀れに思ったのかユナトは話題を変えてくれた。
「それでムラセーリオだったか……その植物の様子は最近どうなんだ?」
ムラセーリオ……ああ、ムラセリオのことか。
私としては出来ればその名前、記憶から葬ってほしいんだけどね。パニックになってたとは言え、何で前世の本名を育ててる植物のあだ名だなんて言ってしまったんだろう……。
「まだなかなか育ちませんわね。意外と植物を育てるのって難しいんですのよ」
ふう、と私は溜め息を吐く。
芽は少しずつ伸びているけど、あの植物の成長はかなり遅いみたいだ。リィカちゃんも植物の専門家というわけではないので、最近は家の庭師にアドバイスをもらったりしてるんだけどね。異国の植物だから、手探り状態で育てるしかないのだ。
「このままではユナト様をわたくしの家にお招きするには数年掛かってしまうかもしれませんわ。困りましたわー」
儚げな溜め息を吐いて公爵令嬢っぽさを演出。無論、「前に約束したこと、一応ちゃんと覚えてますよー忘れては無いですよー本当ですよー」ということもアピールしておく。元はといえば私が言い出したようなもんだからね。
するとユナトはフッ……と口の端をつり上げた。
「てっきり、珍しい植物で俺の気を引くつもりなのかと思っていたが、そうでもないみたいだな」
「はっ?」
思いがけないことを言われ私は素っ頓狂な声を上げる。
何だって? 植物でユナトの気を引く? ……私が!?
「何でわたくしがそんなことしないといけないのです!」
「何でって、お前は俺のことが大好きなんだろう?」
当たり前のように言い返され、思わずはしたなく机を叩いてしまう。
カシャン、と食器が小さく揺れる。私は慌てて椅子に座り直した。
「そんなの……物心つく前に口走っただけですわ」
「いや、数ヶ月前の立食パーティーの際にも言われた覚えがあるが」
「お、女心と秋の空と言うではありませんか。そういうことです」
「そういうことか?」
「そうです! ユナト様こそ、わたくしとの婚約なんて気乗りしないでしょう? もし何かしらご要望があれば、わたくしは従いますので」
そして勢いのままそんなことを伝えた。
い、言っちゃったぞ……あくまで控えめにだけど!
だってユナトは小さい頃からリオーネのことが嫌いだったって、主人公に話してたしね。
私がこんな申し出をすれば即座に乗ってくるはずだ。そうすれば、私達はめでたく婚約破棄することになる。
もしそうなれば私の破滅する未来は一つ――ここであっけなく回避できるんだ!
しかし目を丸くしていたユナトは、何故か困ったような顔をしてからぼそり、と口にした。
「以前ならともかく……今はまだ、そのつもりはない」
「……え?」
「お前、野生動物みたいで見ていて飽きないから」
――イウニコトカイテ、ヤセイドウブツ……。
私は激怒した。必ず、かの傍若無人な王子との婚約を除かねばならぬと決意した。
しかしそんなことを言い出せるはずもなく、むしゃくしゃした私はマカロンをぽいぽいと口の中に放り込んだ。
そんな私のことを、ただユナトは眺めてたまに紅茶を飲んでいた。
「り、リオーネ? 大丈夫?」
そしてお兄様が迎えに来た頃には私はすっかりお腹を壊していた。
うう。全部ユナトの所為だからね!
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