第14話.三人目の攻略対象



 今日は貴族の子供達が集まってのお茶会が行われる日だ。

 私達子供が正式に社交界でデビューするのは十五歳になってから、と決まっているので、その予行練習みたいな感じだ。貴族社会は何かとルールが多いから、今のうちにいろいろ慣れておかないと大変なことになるからね。


 それはかく言う私も同じことだ。

 しかも私の立場はといえば、公爵家筆頭・カスティネッタ家の長女というあまりにも立派なもの。


 記憶を取り戻す前のリオーネであれば、こんなお茶会の一つや二つ、アッサリと乗り越えられたに違いないけど……リオの場合は違う。

 だって、元々ただの庶民だもん! リオーネとしての記憶や知識はしっかり残ってはいるけど、気を抜くとすぐボロが出そうになっちゃうよ。


 そんな不安を抱えながら、ラメチュールを幾重にも重ねた青いドレスに着替えた私は、お兄様と共に馬車でお茶会の舞台へと向かっていた。

 今日の会が開かれる場所は王城の小庭だ。つまり必然的に、ユナトにも会うことになるけど……。


「はあ……」


 私が何度目か分からない溜め息を吐くと、向かいのお兄様がにっこり笑って言った。


「今日のお茶会、きっと美味しい紅茶やケーキがたくさん振る舞われるだろうね」

「……!! お茶会、楽しみですわねお兄様!!」


 お兄様、もしかして私を元気にする達人ですか?




 会場につくなりお兄様が着飾った大量の女の子達に囲まれてしまったので、私はそっとその場を離れた。

 うーん、やっぱり人気だねお兄様。家柄のことももちろんあるだろうけど、あの整った容姿に優しげな笑みとくれば、大抵の女の子はクラクラしちゃうよね。よく分かります。


 そして自他共に認めるブラコンの私だけど、さすがにお兄様の恋路の邪魔はできない。

 というより、お兄様の周囲を取り囲む年上の女性達の圧がすごいんだもん。リオーネは外見こそ可愛いものの、社交界では既に名の知れた我儘娘だし……リオーネに嫌な思いをさせられた子もちらほら居るんだよね。


 私はしずしずその場を離れた。

 あの様子だとお兄様はしばらく解放されないだろう。

 となれば私のやることは一つ。


 なるべくユナトやらエレノールやら面倒くさい相手に見つからないようにしながら――美味しいお菓子を食べまくることだ!!


「わぁ、おいしそう」


 用意されたテーブルにすすすと近づいていった私は目を輝かせた。

 さすが王家主催のお茶会なだけあって、テーブルの上のお菓子はどれも光り輝くみたいにオシャレで可愛らしい。

 特に手前にある、苺のタルトなんて、見ただけで甘さを感じちゃうくらいに魅力的だ。

 さっきから、私以外の子達はみんなお喋りに夢中だけれど……私の今日の目的はお菓子、ただそれだけだから。他のことには全く用はないから。


 私は涎を我慢しつつ、タルトをそっとお皿に取った。

 そしてぱくり。


「……おいしいっ!」


 ああ、タルト生地がサクサクッ!

 苺の酸っぱい甘さと、カスタードクリームの濃厚な甘みが溶け合って絶妙! うわあ、もう、持って帰りたいくらいに美味しいんだけどっ!


 しかしそこはカスティネッタ家の娘だもの、無論持ち帰るなんて恥知らずな真似は出来るはずがない。

 というわけで私はありったけ、食べられるだけの苺タルトを夢中で頬張った。

 ああ、サクサクで、ふわふわで、おいしいい……幸せ……。



「カスティネッタさん、タルト好きなんだ」



 ……そこで私は勢いよく喉を詰まらせた。


「ゴホッ!」


 い、今の声……今の声は!

 慌てつつも失態を防ぐため、紅茶のカップを手に取り喉を洗い流す。

 うう、せっかくのタルトを味わわずに喉奥に流し込むなんて勿体ないけど……今は仕方が無い。緊急事態だもん。


 そうして何とか体裁を取り繕った私は、背後を恐る恐ると振り返る。

 そこにはやはり、思った通りの人物が立っていた。


「ら、ライル様……ごきげんよう」

「こんにちは、カスティネッタさん」


 動揺しつつどうにか挨拶すると、ライルは片手を挙げて微笑んだ。


 存在感を消して私の背後に接近していたライルだが、その存在に周囲も気づき始めたようだ。女の子達の抑えきれない黄色い悲鳴がそこかしこで上がり始めている。

 ああ、ユナトに次ぐ有名人にこんな序盤で出くわしてしまうなんて……私もツイてないな。



 ――ライル・アコーティオ。



 栗色の髪の毛に、鮮やかな菫色の瞳をしたこれまた愛らしく、美しい顔立ちの少年だ。そして例に漏れず、彼も『恋プレ』の攻略対象の一人である。

 ライルは一見するとかなり爽やかで柔らかい雰囲気の持ち主だ。ゲームでも、クールで言葉少ななユナトと周囲の関係をフォローするような言動が目立っていた。

 ユナトが孤高の王子様ならライルは爽やか貴公子、なんて風にも呼ばれていて、学園のみならず社交界でも超評判なのだ……って公式パンフレットにも書いてあったな。

 それに本人も厳しい親からの言いつけで何かしらの実行委員や寮長など、数々の役を兼任している。まさにコミュ力の鬼って感じだね。


 アコーティオ大公の子息であるライルは、同い年のユナトとは幼なじみであり、親友同士の間柄。それに公爵家の令嬢であるリオーネとも遠い親戚関係だ。

 私やお兄様も、幼い頃から何度も顔を合わせているのでライルのことはよく知っている。


 ゲームだと、主人公はそんなライルと一緒に学園祭の実行委員を担当することになる。

 そして主人公だけは、そんなライルが無理をしていることに気がついて、彼を密かに気遣うようになるのだ。ライルもそんな主人公の前では弱音を吐くようになるんだよね……。


 ちなみにこのライルのルートには、リオーネはほとんど登場しないんだけど……でもライルルートの結末を知る私としては、彼は要注意人物の一人である。

 では、内容を確認しておこう。



 ハッピーエンドの場合……委員会活動などを中心に急接近するライルと主人公。

 そうして主人公が特別な存在だと気が付いたライルが、彼女に告白し付き合うことに。(リオーネも出てくるが、大して目立たずフェードアウトしていく)


 バッドエンドの場合……主人公がユナトを愛していると勘違いし、主人公を生きたまま棺に閉じ込め、地中奥深くに埋める。その後も幸せそうに毎日その場所に通い、話しかける。



 ――シンプルに恐怖!


 ユナトのバッドルートも大概だけど、ライルもライルだよ!

 主人公を土の中に埋めるヤツがあるか!? フツーの女の子を強制的に即身仏にするでない!! コミュ力が高いならキチッと会話して勘違いを正すべきなんじゃないの?!


 そしてこの乙女ゲーム、攻略対象の男が殺人の罪を犯す確率が高すぎるよー! お巡りさーん!!


 などと私が胸中でもだえていることなど知る由もなく、ライルは愛らしく首を傾げる。

 私も一応分かってはいる。七歳のライルは別に犯罪者のわけではない。

 それにライルは生まれた頃から病弱な男の子で、ほとんどの時間を病院のベッドか家の中で過ごしている。こうして公の場に姿を出すのもかなり珍しいのだ。


 と、分かってはいつつも……前世の記憶を取り戻した今となっては、彼と相対するだけで思わず身体がぶるぶる震えてしまう。


「カスティネッタさん、顔色が悪いみたいだけど……どうかした?」

「い、いえ。少し寒気がして」


 主に未来のあなたに対して……。


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