第13話.似たもの親子がやって来ました
「……しまった」
目覚めて時計を確認して。
思いがけず寝過ぎてしまったのに気がついて私は焦った。
時刻は既に午前十時だ。今日はもっと早く起きて、王都のリィカちゃんの元を訪ねようとしていたのに……。
でも恐らくエレノール達が来るまでは多少の時間があるはずだ。
私は遅めの朝食を済ませ、簡単に準備を済ませると馬車を手配してもらった。
よし、これでエレノールとは出くわさないで済むはずだ!
そう思って意気揚々と玄関を飛び出したけど――
「あら、あらあら。ごきげんようリオーネさん。そんなに鼻息を荒くしてどうしたの?」
――あ、手遅れだったかぁ……。
待ち構えるようにして玄関に佇んでいたその小娘の姿に、私のテンションがガタ落ちする。
桃色の髪に桃色の瞳をしたツインテールの美少女――エレノール・アサットが、太い眉をはね上げてニヤッと笑っていた。
ただいま、我がカスティネッタ家の客間のソファには二人の客人が並んで座っている。
一人はエレノール。そしてもう一人は、睨むような目つきをした公爵夫人――エレノールの母親のミレイさんである。
そしてその正面のソファには引き攣った顔の私と、にっこり微笑んでいるのにどこか冷徹な雰囲気を醸し出すロゼ・カスティネッタ……私の母親が座っていた。
ミレイさんとお母様はしばらくは何でもないような世間話をしていたんだけど、ちょっと沈黙するとすぐこんな感じだ。お互いにチラチラと探り合うような目つきをしている。
若い頃は"社交界の華"と呼ばれていたというお母様と、アサット家の長女であるミレイさんが向かい合って座っているだけで、客間の温度は軽く一℃は下がってそうだ。さっきから給仕にやってくるメイドさん達の手つきも恐怖のあまりか覚束ないし。
ああ、何でこんなことに……。
私の当初の予定では、今頃は悠々と王都に遊びに行き、リィカちゃんに会っていたところだったのに。私が朝に弱いばかりにこんなことに。
「リオーネちゃん」
「は、はい!」
急に名前を呼ばれびくつく私に、お母様があくまでにこやかな笑みを浮かべて言う。
「しばらくお部屋かどこかでエレノールさんと遊んでなさい。私はミレイ様と積もる話があるから」
「わかりましたわ、お母様」
「……では失礼します」
私とエレノールはほぼ同時に立ち上がり、客間を後にする。
やっぱりエレノールもあの空間に留まるのは耐えられなかったんだろうな。私は初めてエレノールに対してシンパシーらしきものを覚えた。
とはいっても、リオーネに対するエレノールの当たり方もかなりキツいんだよなぁ。
どことなく毒のある言い回しをするというか、嫌味というか何というか……まぁリオーネも負けてなかったけどさ。
母親同士が仲が悪いのもあってか、お互いに影響を受けちゃったのかなぁ。
「相変わらずロゼ様はお綺麗な方ね」
一定の距離を空けて長い廊下を歩いていると、エレノールがそんなことを呟いた。
「わたくしはミレイ様もいつもお美しいと思いますけれど」
二人とも二児の母なのに、あの煌めくような美しさだもんね。正直、学生さんって言われてもころっと信じちゃうくらいに二人とも可愛いんだ。
お母様はいつもお気に入りのオイルやトリートメントを私にも使わせてくれるんだけど、たぶん値段は前世の私が使ってたヤツの十倍以上はするんだろうな。ああ、お貴族様の感覚って恐ろしや……。
「……リオーネさん、何かいつもと雰囲気違うわね?」
「あら、そう?」
エレノールにそんなことを言われ、私は小首を傾げた。
前世の記憶を取り戻してからエレノールに会うのは初めてだけど、まさか察するところがあったのか? この子がそれほど勘が鋭いようには見えないけど……。
などと失礼なことを考える私にエレノールが、
「だっていつもなら、私がさっきみたいなことを言ったら「何よ! わたくしの方がお母様よりよっぽど綺麗だわ!」くらい言い放つじゃない。それをわたしのお母様まで褒めるだなんて、天地がひっくり返ってもあり得ないわ」
「…………」
……それは確かに言うかも。リオーネなら言うかも。
私は咳払いをした。
「もうわたくしも七歳ですもの。少し大人になりましたのよ」
「ふーん。外見上は数ヶ月前と何も変わってないように見えるけど?」
「うふふ。エレノール様は普段からわたくしとは会っていませんもの。分からなくても無理はありませんから、察しの悪さを嘆く必要も無くってよ」
にっこにこー、と微笑む私。ふふん、どうよ。これこそ大人な対応だね。
するとエレノールは暫し嫌そうな顔をした。
「やっぱりあんまり変わってないわね」
何だと。
私が怒りのあまり歯を食いしばっていると、エレノールはさらりと髪を掻き上げた。
「まぁいいわ。それでユナト様のことだけど」
「はぁ」
「リオーネさんのことだもの! ユナト様にさっそく迷惑を掛けてないかってわたし心配になっちゃって」
やっぱり出た、ユナトの話。ここで私の警戒心はマックスに。
エレノールはもともとユナトのことが大好きで、彼の婚約者候補としてリオーネと並んで名前が挙がっていた子だ。
ユナトへの態度が、リオーネと同じく本当に恋する少女としてのものだったのか、それとも政略的なものだったのかは分からないけど……私がユナトの婚約者に決まった以上、その件について何か言われるのは目に見えていた。
「特にこれといったことは……昨日は王城に遊びに行って、お茶を楽しませていただきましたけど」
「あら、そうなの。失礼なことを言ってユナト様を怒らせたりはしなかった?」
失礼なこと……。
私は昨日のことを思い返した。
――『あのぅ……ユナト様って、猫被ってらっしゃいます?』
……あれは失礼っちゃ失礼だっただろうな。
とか考えていたのが明らかだったのか、エレノールは太い眉をつり上げた。
「ちょっと。やっぱり何か言ったんじゃないの?」
「そ、そんなことありませんわ」
「ハァ。これだからリオーネさんは……」
やれやれ、と小馬鹿にしたように肩をすくめるエレノール。
だったらいっそエレノールがユナトの婚約者になってくれればいいのに! とか言ってやりたいけど……言ったら言ったでまた怒り狂うだろうから言えないよ。
しかもエレノールがユナトの婚約者になった場合、魔法学園に入学した後はリオーネの代わりにエレノールが悪役令嬢の立場になって破滅しちゃうだろうしな……なんてどうでもいいエレノールのことを案じてあげる私ってば、何て優しいんだろう。
「そろそろお母様とミレイ様のお話も終わったんじゃありません?」
いよいよエレノールの相手をするのが面倒になってきた私は雑に話を切り上げようとしたけど、エレノールは横に首を振る。
「積もる話、って言ってたじゃない。しばらく終わらないわよ」
「でも、お互いに仲良くもないのに」
「……ああ。お母様、ああ見えてロゼ様のことが大好きなの」
……え? そうなの?
私が疑わしい顔をしたからか、エレノールは「本当よ」と重ねて言った。
「お母様が最近元気ないから、わたしからカスティネッタ家に行こうかって提案したんだもの。そしたらお母様張り切っちゃって。あの二人、もともと幼なじみだったそうだから」
「へぇ……」
それは初耳だ。つまりあの態度は照れ隠し……みたいなものってことなの?
でもてっきりアサット家の人達は、カスティネッタ家のことを嫌っていると思っていた。同じ公爵家だけどカスティネッタ家は公爵家筆頭と呼ばれていて、アサット家はいつもそれに嫌そうな顔をしていたし、社交界でも両家の関係は有名なのだ。
するとエレノールはさらに衝撃的なことを宣った。
「それに家では、わたしの家族はみんなカスティネッタ家の話ばかりよ」
ええ?
家族みんなって、つまり――
「エレノールさんのお父様も?」
「ええ」
「エレノールさんの弟君も?」
「ええ」
「エレノールさんも?」
「ええ」
しばらく沈黙が流れた。
「――って、違う。違うわよ! わたしは別にリオーネさんの話なんて、してないわよ!」
「あらあら、さっき自分で認めたじゃない」
「今のは単なる誘導尋問でしょ!」
顔を真っ赤にして怒るエレノール。何となくツインテールまで逆立ってるように見えて面白いな。
しかしエレノールの話が本当なら、いつもカスティネッタ家にだけつっけんどんとしていて露骨に態度が悪いアサット家の皆さん、単なるツンデレの集まりってことになるけど……。
……いや、これ以上の追及はやめよう。
私のせいで名高い公爵家の名が落ちぶれたら、報復でもされそうだからね。そういうのはユナトルートだけでお腹いっぱいです。
「……まぁ、それはさておき。いつまでも立ち話しているのも何ですわね」
「……リオーネさんの部屋に案内してくれるの?」
何やら期待の覗く目で私のことを見てくるエレノール。
さっきの話が本当なら、もしかしてこの子も実は私のことが――?
……いや、考えない。忘れるんだリオーネ。
エレノールみたいなじゃじゃ馬に懐かれても面倒くさいことになるだけだもん。
このことは今日限り、忘れよう。
「いえ。わたくしお友達と王都で会う予定がありますので、これで」
ごきげんよう、と一目散に逃げる私。
それを我に返ったエレノールが慌てて追いかけてきた。
「ちょっと! 何よそれ! それならわたしも連れていきなさいよ!」
……結局、その数十秒後に私は追いつかれ、夕方までエレノールに居座られる羽目になったのだった。
身体、ちょっとは鍛えようかなぁ……。
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