第15話.王子と貴公子に挟まれました



私が未来のライルに恐怖を抱き、ぶるぶる震えていると、ライルが心配そうな顔をする。


「本当に顔色が悪いよ、カスティネッタさん。ユナトでも呼ぼうか?」

「どうしてそこでユナト様の名前が出るのでしょう……」


本当にどうしてですか? ますます身震いが止まらないんだけど。

するとライルは笑いながら、


「最近ね、ユナトが会いに来る度に君の話ばかりするんだ」

「悪口ですか?」

「いや違うよ……どういう決めつけなんだい?」


だって私が居ないところでユナトとライルが私の話をするって、悪口以外の話題が思いつかないんだけど。


「婚約が決まったときなんて、それはもうゲッソリとしてたのにさ……妙に嬉しそうというか、楽しそうというか」

「はぁ」

「リオーネがどうした、リオーネがああ言った、なんて僕にずっと話しかけてくるんだよ? すごい変化だと思わない?」

「…………」


リアクションに困るんだけど、つまりライルによると、ユナトはちょっとは私のことを気に入ってくれている……ってことなのか?


「『俺の猫かぶりを見破り、しかもそれを真正面から指摘してくる相手はアイツが初めてだ』なんて言っちゃったりしてね」


違う! それ、無礼な私への怒りの感情を覚えてる発言だ!


「う、うふふ。そんなこともありましたかしら。生憎と最近、物覚えが悪くて」


私は頬に手を当てて笑みを浮かべた。

ライルはにやっと笑うと、



「何て言うんだろうね。前に会ったときよりもカスティネッタさん……ずいぶんと面白くなったね」



そんなことを言い、目を細めてみせる。

……うっ。何だよその爽やか貴公子とはほど遠い目つきは。

もしかして、私がただのリオーネ・カスティナッタじゃないって気づいてる?

……って、そんなわけないよね。落ち着け私。このまま動揺していたら相手の思うつぼじゃない。


私は気を取り直すことにした。

だって私、前世では女子高生だったんだよ?

こんな年端のいかない男の子に言いくるめられるのなんて我慢ならないじゃない!


「ライル様って、本当に友人思いの方なんですのね」

「え?」

「だってそうでしょう? 先ほどからユナト様のお話ばかりされてらっしゃいますもの」


私はそう囁き、優雅な仕草でティーカップを傾けてみせる。

対するライルは沈黙一択だ。そりゃそうでしょう。この年頃の男の子といえば、何よりもからかわれるのが嫌いなものだからね。

「友達のこと大好きなんだね!」なんて知り合いの女の子に言われたら、「そ、そんなことないやいっ!」と顔を真っ赤にして焦るに決まってる。だって私の前世の弟がそうだったから!


さあ焦れライル! そしてこの場を立ち去るが良い!

そうして余裕綽々の笑みを向ける私に――しばらく黙っていたライルがこう言った。


「カスティネッタさん、ちょっと勘違いしてるね」

「ふふ。何のことでしょう?」

「僕はユナトの話じゃなくて、最初からずっと君の話をしてるんだけど」

「…………っ!?」


な――なに!?


私は食い入るようにライルの顔を見つめる。

ライルはどこか悲しげに眉を下げていた。

彼がそんな表情をしているからか、周囲からの――主にお姉様方からの注目の視線もすごいことになっている。

というか私も……この輝くような美少年に思わせぶりなことを言われて、何というかちょっぴり……動揺してしまっていた。


だってライルはそんなことを言いながら、整った顔を私に近づけてきたのだ。

小さな唇から、甘く切ない声音が漏れる。


「君がユナトの婚約者になったって、僕がどんな思いで聞いたと思う?」

「え? えっと、それは」

「今でさえ決して近い関係じゃないのに……さらに手が届かない存在になったと思ったとき、僕は……」

「ら、ライル様?! そ、そのその、ここは人が居ますから!!」


私は完全にパニック状態だった。

だってライルがその――私のことを特別に――想っていたなんて、まったく知らなかったんだもん!

というか、ゲームではそんな素振り、一度も見せてなかったよね? リオーネなんてどうでも良いし、強いて言うなら貴族の恥くらいに思ってたよね?


それなのに一体いつから、そんな感じに!?



「…………っぷ。あはは! 本当にカスティネッタさんは面白いなぁ!」



……とかアワアワしていたら、ライルが思いっきり噴き出した。


「……は!?」

「あはは、さっきの表情面白……こほっ」

「大丈夫ですかライル様!?」


唐突に咳き込むライル。

もともと病弱なライルのことだ。もはや私のせいで体調が悪化しちゃったのか!?

私がおろおろ焦っていると、ライルが心配ないというように片手を持ち上げて横に振る。


「大丈夫大丈夫。ごめん、笑いすぎただけだから」

「……あの。わたくし、そろそろ怒っても良いですか?」

「あはは、それは勘弁。ほら、王子様もご到着だし」


え? と思う間もなかった。



「……ライル、さっきから人の婚約者を相手に何を遊んでるんだ」



背後からそんな声が聞こえてきて、私は驚いて振り向く。


「ユナト様!」

「ユナト、眉間の皺がすごいよ? 猫かぶりはしなくていいの?」

「……誰かさんにあっさり見抜かれる程度の猫だ。もう俺には必要ない」


ライルの指摘に、ぷいっとそっぽを向くユナト。

私は目を丸くした。誰かさんって、間違いなく私のことだよね?


確かにゲームでも、ユナトはクールな第二王子として国民に広く知られていた。

その冷徹な素振りから他者を寄せ付けないので、人当たりの良いライルが間に入っていたくらいだ。

でもそれはゲームでは、何をやっても完璧にこなしてしまうユナトが、退屈さ故に無気力になり、優しい王子の仮面も捨ててしまってそんな風になった……っていうちょっと悲しい筋書きだったはずなんだけど。


「リオーネもこの方が良いだろう? この前の茶会でもそう言ってたよな?」


今、目の前に居るユナトはぜんぜん違う。

無気力というより――何というか、楽しそう?

というかどことなく、上から目線なんだけど……何だろう。ちょっとゲームとは違う感じがする。


「いえ、別に良いとまでは言ってませんが……」

「あははっ。本当に面白いな、カスティネッタさん」

「だから人の婚約者と親しげにたわむれるな」

「えー、これくらいいいじゃない。というか僕もカスティネッタさんとは親戚同士なんだけど?」

「俺は親戚じゃなく婚約者だ」

「といっても、今は形ばかりの婚約者だよね?」

「何だと」


私を放置して、ユナトとライルは楽しそうに言い合いを始めてしまった。

私はその二人をぼけーっと眺めながら、とりあえず飲みかけのお茶を飲み終え、目の前のテーブルに置かれたお菓子をぱくぱくと食べる。


……さっきまでのライルの振る舞い、もしかして悪目立ちしてユナトを引き寄せようとしてたのかな?

爽やか貴公子っていうか、この男、もはやただの腹黒なのでは……と思いつつ、頭の中で考える。



私が出会っていない攻略対象は、残すところあと一人――アグ・チェインだけだ。



というか記憶を取り戻す前から、ユナトやライルとは知り合いだったし、フリートお兄様は身内だし……。

アグは男爵家の子だが、半ば勘当されるような形でスティリアーナ魔法学園にやって来るのだ。彼のルートにリオーネは登場しないので、私としてはあまり警戒せずに済む相手と言えよう。


それに忘れてはならないのが、乙女ゲーム『無敵な恋のプレリュード』の主人公である彼女――クレア・メロディだ。


本当に、彼女は学園にやって来るのかな。

まだ学園に入学するまで猶予はあるけど……現時点で結構、ゲームの内容とはズレが生じてる気がするよ。

それが良い変化ならいいんだけど……なんて思っていると、ユナトとライルが同時にこっちを向く。


「おいリオーネ。お前も何とか言ったらどうだ」

「カスティネッタさん。嫌なことは嫌って言ったほうがいいよ?」


私はナプキンで口元についた食べかすをきれいに拭き取る。

私が言いたいことは一つだけだ。


「何でもいいのでとにかく、お菓子を食べましょう!!」


無駄話をしている合間に、けっこう時間が経っちゃってたよ!

お茶会が終わる前に、できる限り胃袋の中身を幸せで満たしておきたいのに!


「「………………」」


ライルとユナトが、何やら残念な生き物を見る目で見てきたけど……そんな目で見てもこのお菓子、あげないからね?


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

【改訂版】悪役令嬢がサポートするからさっさとくっついてください! 榛名丼 @yssi_quapia

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ