第2話.兄に猛アタックします
今後の方針を決めた私は、まず家族との仲を深めることに決めた。
家族――といっても、両親とリオーネは仲が良い。特に父親からは目に入れても痛くないほど可愛がられている。まぁ、父親が甘やかしすぎたせいで、リオーネが我儘し放題の令嬢に育っちゃった側面はあるんだろうけど……。
そんな私がこれから仲良くなろうとしている相手は実の兄――フリート・カスティネッタだ。
兄もユナトと同じく『恋プレ』攻略対象の一人である。
フリート・カスティネッタ。カスティネッタ公爵家の嫡男。
リオーネと同じく父譲りの青い髪に青い瞳をした美少年である。
現在は九歳のフリートだけど、ゲーム本編では十八歳の温和で温厚な美青年として登場する。
魔法研究に興味のある彼は主人公の持つ癒しの炎の力に興味を抱き、魔術研究会での発表に力を貸してほしい、と頼みに来るんだ。
自身の謎めいた力を解明したい、という思いがあった主人公は、フリートの申し出を快諾。
それから毎日のように放課後は待ち合わせをして、いろんな実験に付き合うことになる。
何というか、フリートと主人公のカップリングはかなり和む要素があって、前世の頃から私もかなり好きだった。というかフリート最推しだった。「フリ主」あるいは「フリクレ」でネット検索をかけない日はなかったくらいだ。
とにかくフリートの人柄が良いんだよね。何というか、ゲーム内だと最も安パ……じゃない、まともな攻略対象だったからね。
さて、そんなフリートルートの行方はどうなるかというと、
ハッピーエンドの場合……父と母を説得し、学園を卒業後はカスティネッタ家に平民の主人公を招き入れる。リオーネも自身の行いを反省し、主人公と和解する。
バッドエンドの場合……実の妹であるリオーネが主人公をいじめていることに気がつき、リオーネを追い詰める。そのすぐ後、リオーネが事故で命を落としてしまったために大きな責任を感じる。そのあとは薬漬けの生活になり、ヒロインに介護される。
まっ……まとも!
人としてまとも! バッドエンドはかなり後味が悪いというか、キツいエンディングだけど……でも、ハッピーエンドのこのまぶしさと来たら!
それにユナトルートだと追放or殺害されるリオーネだが、このフリートのハッピーエンドだけがそんなリオーネに差す光明なのだ。
つまり、和解エンド! このエンディングだけは、リオーネは主人公にちゃんと謝罪して、しかもそれを受け入れてもらえる。リオーネ的には最も救いのある終わりと言えるだろう。まあ、どちらにせよバッドエンドだとリオーネ死んでるけど……
ちなみに『恋プレ』には、他のゲームではあまり見ない特有のシステムがある。
攻略対象が複数居るのは珍しくないけど、『恋プレ』の場合はそれぞれの攻略対象に対応して、春・夏・秋・冬という季節ごと区切られた四つのルートが存在しているのだ。
例えば、春はユナトで、フリートは冬。
こんな風に、ひとつの季節につき一人の攻略対象と恋に落ちることができる。それぞれのルートの恋愛模様は完全に独立していて、次の季節に進めばリセットされるので浮気にもならないというご都合主義っぷりである。
ゲームのキャッチフレーズは「春夏秋冬を、たったひとりの君と――」だったかな? 発生するイベントも季節に沿ったものが多くて、そこも面白かったんだよね。
そして、好感度を上げきれなかったり、途中の選択肢を誤ったりすると、「何事もなくひとつの季節が終わった……」というお約束の文章が流れ、セーブ画面にいった後、再び同じルート選択の場面へと戻されてしまうんだ。
攻略対象は四人居るけど、そのうちリオーネが追放されたり死んだりするルートがあるのはユナトとフリートのルートのみ。
つまり個人的には、主人公はフリートか、ユナト以外の二人の攻略対象のどちらかとくっついてほしいところだけど……。
でもこの先どうなるか分からないので、今のうちにフリートとの兄妹仲を改善しておくのは我ながら良い手だと思う。破滅の可能性はどんどん潰すに限る!
そう思って今日も、フリートに猛アタックしてるんだけど……
「お兄様、お時間はありますか? 一緒にお菓子を食べましょう!」
「ごめん。部屋で勉強したいから」
「庭にきれいな花が咲いてますの! 一緒に見に行きませんか?」
「ごめん。友人と会う約束があるから」
……こんな感じで躱され続けている。
というのもフリートはリオーネのことをかなり嫌っている。これはゲームでも、目の前の現実でも同じことだった。
公爵家の人間であるからと他者を見下し、その愛らしい容姿ゆえに傲慢なリオーネをフリートは軽蔑している。それが分かっているから、リオーネも数年前からあまりフリートには近づかなかったみたいだ。
フリートが私を見る目はいつもうざったそうで、話しかけないでくれという本心が出ていて、正直私も向かい合っているだけでダメージがある。
ゲームでもあんなに心優しかったフリートに、ここまで嫌われるリオーネって……うう、悲しいよー。何だか私自身に悲しみが蓄積してくる……。
そんな感じでフリートとの関係がまったく改善しない日々が続いているとき、ある日の食事の最中にお父様が言った。
「今度の週末、家族で旅行しないか? いつもの別荘でゆっくりと」
家族で旅行!?
これは願っても無い大チャンスだ。
カスティネッタ家所有の別荘は地方にいくらでもあるけど、おそらくお父様が言っているのは小高い丘に建てられた別荘のことだ。まだ七歳の私も、覚えているだけで三回ほど行ってるし。
自然豊かで、近くには小さな森もあったよね。
あの場所ならフリートの逃げ場所はそんなにないハズだ!
「行きたいです! ぜひ!」
と私が声を張り上げると、お父様は一瞬目を見開いた後嬉しそうに頷いてくれた。
以前のリオーネなら、こういう言い方はしないだろうね。「田舎は虫が出るからやだ~」とか、ブーブー文句を垂れたはずだ。
最近の私は、そういう『高慢ちきお嬢様』の印象を払拭しようと、家族以外の使用人やメイドへの態度も改め、丁寧に接するよう務めている。以前のリオーネはメイドを虐めたり、気に入らないと辞めさせたりと好き勝手やってたからね。
そのおかげか、最初は警戒されていたけどだんだんと使用人達も私に会うと笑いかけてくれるようになってきた。破滅回避の道も小さな一歩からだ。
「フリートさんも行くでしょう?」
お母様が、ずっと黙ったままのフリートににこやかに声を掛けた。
予想通り「僕は勉強が……」と言いかけたフリートの声を私は必死に遮った。
「お兄様、お勉強もあの静かな別荘ならもっとはかどりますわ! それにわたくし……お父様やお兄様に少しでいいから遊んで欲しいのです!」
どうどう? こんなこと言って、上目遣いで見上げたりしたら……
「ははは。こんなに可愛い妹のおねだりを聞かないわけにはいかないな、フリート?」
「……分かりました」
よし、思った通り兄ではなくお父様が引っ掛かった。
私は密かに拳を握った。そんな私のことを、フリートは目を細めて訝しげに見つめていた。
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