第8話.大商会の娘さんをお招きします
お兄様と無事に仲直りできた私には、可及的速やかに解決せねばならない事があった。
ユナト・ヴィオラスト――私の婚約者でありこの国の第二王子である少年と初めて会ったときのことだ。
私は彼に対し「異国の植物をムラセリオと名付けて育てている」という嘘を吐いた。
実際の所、ムラセリオというのは前世の私の本名なのだが……そんな事情を王子に話すわけにもいかず、それは育てている植物のあだ名だと誤魔化したのだ。
そして私はユナト王子に、もっとムラセリオが育ったらお見せすると話の流れで約束してしまった。両親もその日を今か今かと楽しみにしていて、事あるごとに「ムラセリオは育った?」なんて訊いてくるものだから私は毎日ひやひやしている。
今思えば「何であんなこと言っちゃったんだろう」と悔やんでも悔やみきれないけど……言っちゃったからには仕方ない。
というわけで、私は異国の植物を必要としていた。
それも親や周りにはバレないよう、密かに買わなければならない。となると――頼りになるのはウッドブロウ商会以外には思いつかなかった。
ウッドブロウ商会はカスティネッタ家御用達の大商会で、先祖代々の長い付き合いがある関係だ。
取り扱う商品の幅は広く、平民から貴族まで数多くの人々から信用される王国内最大規模の商会と名高い。
私はそんなウッドブロウ商会に、カスティネッタ家の執事セバスチャンを通して密かに連絡を取り、今日は頼んでいたブツが我が家に届く日である。
私は朝からソワソワしながらその瞬間を待ち続けていた。
そして約束の時間のきっかり五分前に、我が家の玄関に可愛らしい客人が訪れた。
「こんにちは。本日はお招きいただきありがとうございます」
快活に挨拶してみせたのはリィカ・ウッドブロウちゃん。ウッドブロウ商会長の一人娘だ。
私とは同い年だがびっくりするくらいしっかりしていて、七歳にして既に商会の一員としてお父上の仕事を手伝っているという。彼女の両手には重そうな革製の鞄が握られていた。
「ようこそリィカさん。今日はリオーネのために来てくれてありがとう」
母は私の隣で微笑み、そうして温かくリィカちゃんを出迎えた。
事情を馬鹿正直に話すわけにはいかなかったので、母には「リィカさんに王都で流行のアクセサリーを見せてもらう」とだけ伝えてある。私が貴族令嬢らしく振る舞うのを喜ぶ母なので、あっさりオーケーをもらっている。
私はリィカちゃんを自室に招き入れ、メイドに紅茶とケーキを運んでもらった。
私はさっそくもぐもぐ食べ始めたけど、リィカちゃんはなかなか手をつけようとはしなかった。お腹空いてないのかな? 美味しいのに……。
「あの、どうして今日は私をご指名くださったんでしょう?」
恐る恐ると訊かれ、私は目を輝かせた。
「わたくし、以前からリィカさんと仲良くなりたいと思っていたの。それで少しでもお近づきになれればと思って、商品の配達をお願いさせてもらったのよ」
「はぁ……」
リィカちゃんは不思議そうな顔をしている。
それもそうだろう。リオーネはいつも商会などは貴族ではないのだからと、ウッドブロウ商会の人達に対して高圧的な態度を取っていた。
さすがに商会長にはそれなりの猫を被って対応していたが、娘のリィカちゃんには本性を露わにしていたので、リィカちゃんは良いイメージを持っていないだろうな。
しかし私は諦めない。
私は同性の友達が欲しいなと思っていた。というのも、リオーネには友達と呼べるような相手は一人も居ないのだ。
何故かというと理由は単純。リオーネの性格が悪いからだ。
貴族の子供が一堂に会するちょっとしたお茶会やパーティーなんかには何度も招待されたが、そのたびにリオーネは周りの子達を見下して嫌味な態度を取ってきた。
それでもリオーネは公爵家の人間なので、表だって悪く言う人は居なかったけど……このままではまずい。
このままだとゲーム通り、悪役令嬢リオーネとつるんでくれるのは彼女と一緒に主人公虐めに励む取り巻き令嬢達だけだ。取り巻きではなく、私はちゃんとしたお友達を作りたいんだ!
それに私に主人公を虐めるつもりがなくても、何人もの人から恨みを買うと何かのきっかけで破滅しちゃうかもしれないからね。
というわけでまずは身近な女の子としてリィカ・ウッドブロウちゃんと仲良くなりたいなと、私はそう思って彼女に商品の配達を頼んだのである。
リィカちゃん私の言葉を聞いて微妙な表情だったが、そこは商人の娘さん。
すぐに気を取り直したようで、さっそく持ってきた商品を見せてくれた。
「どれが良いか分からなかったので、植物の種は数種類ご用意しました」
「わぁ……」
私は驚きに目を見開く。リィカちゃんが布に小分けして持ってきてくれた植物の種は、何と十五種類もあった。
といっても、私の目では色や大きさの違いくらいしか分からない……。
「……それぞれ、どういう植物なのかしら?」
「その……『ヴィオラスト王国の人間は見たこともないような珍しい植物』という注文でしたから、どの種も他国の遺跡内で発掘された詳細不明の物なんです。どういった植物が育つのかは私達にも分からなくて」
さすがだね、ウッドブロウ商会。私の漠然としたリクエストにも全力で応えてくれてる。
私は腕を組んで真剣に考えた。
あなたたちの中の誰が、我が前世・ムラセリオの名を冠するに相応しいのか――
……うん、考えても分からないな。植物のことなんてよく知らないし。
私が今までに育てた植物って、夏休みの課題で育てた朝顔とかオクラくらいだし。
「どーれーに、しーよーうーかーな……」
「……え? リオーネ様?」
「てーんの、かーみーさーまの……ああ、ごめんなさい。わたくしにはどれが良いか分からないから、天の神様に選んでもらおうと思うわ」
りすりすこりす。
あかまめしろまめちゃいろまめ……っと。
――これだ!
私は赤みがかった茶色い種を親指と人差し指の間に挟んだ。
「リィカさん、これにするわ。この種を買わせてくださいな」
私はリィカちゃんに種、それに用意してきてもらった植木鉢の代金を払う。
リオーネは前世の私とは比べるべくもない金額のお小遣いを毎月のようにもらっているので、これくらいの買い物はへっちゃらだ。
さぁ、この種からはどんな花が咲くのかな? まだ育てても無いけどちょっと楽しみになってきたぞ。
「あの、リオーネ様。さっきのお歌は……」
「ああ、数え歌の一種よ」
「数え歌ですか」
目を丸くしているリィカちゃん。
「何ていうか、私達みたいな平民とリオーネ様は住む世界の違う方ですから……驚きました。貴族の方も数え歌を歌われるなんて」
う、そうなんだ。変に思われちゃったか?
私は焦ったけど、リィカちゃんはなぜか顔を綻ばせている。先ほどまでの緊張感はその表情には感じられない。
「数え歌は地域ごとの特色が出やすい、なんて言われますが、私はよく父について各国を回っているので、いろんな歌を聴いたことがあります」
「そうなのね! どんな歌があるの?」
「えっとまず私の地元のものだと、『食え食え食った、ばってん食った』とか……」
なにそれ! 聴いたことない。
私は興奮して「他は他は?」と何度もせがんだ。リィカちゃんはそのたびに「これも面白くて……」といろんな数え歌を教えてくれた。
気がつけば私達は数え歌の話のみならず、地域ごとの美味しい食材や流行のお菓子など、様々な話で盛り上がっていた。
というのも、屋敷に籠もりがちなリオーネと違ってリィカちゃんはいろんな地域を旅している女の子だ。私の知らないようなことをたくさん知っていて、彼女の話はどれも面白い。私は夢中になってリィカちゃんの話を聞いた。
「リィカさん、そういえばケーキは食べないの?」
「あ、いえ。それじゃ……いただきます」
「うふふ、どうぞ召し上がって。このチーズタルト、上に飾りつけられたシャインマスカットが本当に美味しいのよ。甘味と酸味の絶妙なハーモニーがね……」
リィカちゃんに説明していたらお腹が空いてきちゃったので、私は二つ目のチーズタルトを持ってきてもらった。
リィカちゃんにも勧めたが、「もうお腹いっぱいなので……」と笑顔で首を振られちゃった。控えめだねリィカちゃん。
別れ際にまた遊びに来てね、と言ったらリィカちゃんが「ぜひ」と頷いてくれたので、私はすごく嬉しくなってしまった。
これはもしかしたら……本当にお友達になれるかも!
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