第9話.初めての友達ができました
リィカちゃんから何度も土や肥料なんかを買ううちに、私達はすっかり仲良くなっていった。
最初は私相手に一歩引いた様子だったけど、だんだんと警戒心を解いていってくれたみたい。私はそれがとっても嬉しかった。
だって今世で初めての友達だもん! リオーネは両親にだけ愛されても兄や周りの女性から嫌われまくっていたけど、こうして同い年の友達が出来たのがすっごくうれしい。
リィカちゃんは明るくて活発な子だ。さすが商会長の娘というべきか、新しいものや流行品にも目ざといおしゃれな女の子。
家柄で言えば公爵令嬢のリオーネと平民のリィカちゃんには実はかなりの差があるのだが、ウッドブロウ家はカスティネッタ家が長年贔屓している商会なので、私たちが仲良くしていることに関して周りは何も言ってこない。お母様なんかは、仲良くする相手は選べって口を酸っぱくして言ってるからなあ。
そしてリィカちゃんといろんな話をするようになってからは、度々会話にユナトの名前が出るようになった。
今日も私の部屋でお茶とお菓子を楽しんでいたら、気がつけばユナトの話になっている。
「いいですよね、リオーネ様は素敵な婚約者の方がいらっしゃって」
どうやら婚約、という響きに強い憧れを抱いている様子のリィカちゃん。
私も気持ちはわかるけどね。でも結婚するならゼッタイ恋愛結婚がいいと思うんだけど。
「お二人がご結婚される際は、ぜひ我がウッドブロウ商会をごひいきに! って、まだ気が早いですよね」
「うふふ」
本当に気が早いよリィカちゃん。私達まだ七歳だよ。
リィカちゃんが前よりちょっぴり砕けた話し方をしてくれるようになったのは、個人的にもすっごくうれしいんだけど……でもその口からユナトの話題が出るたび、私は不安な気持ちに駆り立てられていた。
「……でも、わたくしにユナト様の婚約者は務まらないと思うの」
そもそもわたくし、悪役令嬢ですから……邪魔者ですから……。
しかしそんな私に対してリィカちゃんははっきりと反論する。
「むしろリオーネ様以外の方には務まりません! 公爵家筆頭、麗しき"湖の一族"と名高いカスティネッタ家のご令嬢ですもの!」
そう言ってリィカちゃんはにこにこと私のことを見つめた。
そんな私、リオーネのウェーブがかった長い髪の毛も大きな瞳も、どちらも淡い空色をしている。
これはカスティネッタ家の身体的特徴のひとつで、リィカちゃんの言う通り"湖の一族"、なんて呼ばれて雲上人扱いされる一因にもなっている。
その呼び方に気を良くして実際にカスティネッタ家の屋敷を湖畔近くに移動させたご先祖様も、はしゃぎすぎだと思うけどね……よっぽど嬉しかったんだろうなぁ。
確かにリオーネの――私の外見は可愛い。
自分で認めちゃうとナルシストっぽいけど、事実なんだもん。鏡を見るたび、七歳でこの可愛さってどうなってるんだ? と首を捻っちゃうくらいだし。
この美貌という強力な武器があったからこそ、『恋プレ』のリオーネはやりたい放題の我儘娘に成長していくわけだしね。
しかし破滅を回避し、そしてゲームの主人公にも攻略対象と幸せになってもらってその様子を思う存分鑑賞しよう……と目論む私はもちろん容姿を鼻にかけて調子に乗るわけにはいかない。私は悪役令嬢ではなく潔癖令嬢を目指すのだから。
学園で出会うだろう主人公が一体どの攻略対象に惹かれて恋に落ちていくのか、それは現時点ではわかりようがないことなので何とも言えないが……私としてもユナトと婚約者として仲良くするつもりは毛頭ない。
一定以上の距離を置いて、いつでも婚約破棄してもらって構いませんのよ、という態度を貫くつもりだ。いざ主人公がユナトルートに突入したとき、殺されず追放されず婚約破棄してもらうにはそれが一番良いはず。
するとリィカちゃんが「そういえば」と首を傾げた。
「前々から気になっていたんですが、リオーネ様って毎日のように私をお屋敷に呼んでくださいますよね」
「ええ、だってリィカさんとお話するのが楽しいんですもの。……も、もしかして迷惑だった?」
ひょっとして私、初めての友達にはしゃぎすぎだった!?
「いいえ、そんなことありません! でも……あの、ユナト様とはいつ会っているんですか?」
「え?」
ユナトといつ会っているか?
それはもちろん、
「まったく会っていないわよ」
「…………えっ?」
リィカちゃんが固まった。あれ、どうしたんだろう。本当のことを言っただけなのに。
そう、一か月ほど前に婚約しちゃった私とユナトだが、顔合わせの昼食パーティー以降は一度も会っていない。
何故かというと、次はいつお会いできますか? みたいなことを訊いてくるユナトに私が「ムラセリオが育った時にでもご連絡しますわ」と答えたからだ。
リィカちゃんに異国の種をもらい、将来ムラセリオとなるその子を私はそれなりに真面目に育てているが……まだ芽が出たばかりなので、当分ユナトは呼ばない予定だ。あと半年くらいかかるかもしれない。
そういえば母も「そろそろユナト殿下とお会いするの?」「植物は育ったの?」とか結構毎日うるさく訊いてくるんだよね……。
「――あり得ません」
低い声でリィカちゃんが何かを呟いた。
あらどうしたの? と目線を向けた私は……バンッ! とリィカちゃんが机をたたいた音にびっくりした。
「あり得ません、リオーネ様!」
「えっ!?」
急にどうしたのリィカちゃん?!
あまりの迫力にびっくりして後ずさる私に、リィカちゃんは早口で言い募る。
「一か月も会ってないなんて、いくらなんでもリオーネ様はユナト様を焦らしすぎです!」
「え、ええっ?」
「ユナト様はリオーネ様に会いたくて会いたくて仕方がないんですよ。それを我慢してずっと連絡を待っているんです。私と毎日呑気に遊んでる場合じゃありませんよ!」
そ、そうなのか?
いやでも、私とユナトって言っちゃなんだけど政略的な婚約関係だよね?
とてもじゃないけどそんな風な甘ったるい関係じゃないし、ユナトも私のことなんか気にしてないような気がするんだけど。
しかし戸惑う私が口を開く前にリィカちゃんが言う。
「分かりました。私が責任をもってリオーネ様のコーディネートを担当します」
「コーディネートって……」
「もちろん、ユナト様に会いに行かれる日のお洋服やヘアアレンジなどを。さっそく本日お手紙を出して、今週末にでもお伺いしたいとお伝えしましょう」
「そ、そんな。急すぎるわリィカさん」
「さ、さっそくお手紙を書きますよ!」
私はリィカちゃんの勢いに負け、慌てふためきながらユナト宛ての手紙を書いた。
数日後に届いた返事には、「了解しました。楽しみにしています」という風なことが書いてあって……私は脱力したけど、それを見た母は大喜びだった。
それからしばらくは母とリィカちゃんがあれでもない、これでもないと私の当日の服装や小物を選び始めてしまい、私はされるがままに二人に飾りつけられる羽目になってしまった。母は私にお洒落させるのが大好きなので、お金に糸目をつけず大量の商品を発注したようだ。
よくよく考えるとこれ、最終的にウッドブロウ商会が大勝利を決めてるような……リィカちゃん、さすが商人の娘さんだな。
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