第10話.王子に会いに行きます



 その日の私の格好にはいつにも増して気合いが入っていた。


 白いフリル付きブラウスに、パステルブルーの淡い色合いのワンピース。

 繊細なレースが施された靴下に、花のワンポイントがついたドレスシューズ。

 長い髪の毛は三つ編みハーフアップにして、後頭部には白くて可憐な蝶々の髪飾り。


 鏡の前に立ってみた私の姿はそりゃもう可愛らしくて、周りを取り囲む母、リィカちゃん、メイドさん達は一斉にホゥ……と溜め息を吐いている。


「素敵です、リオーネ様。これならユナト様もイチコロです」

「その通りよリィカさん。うちのリオーネちゃん、世界一かわいい!」


 友と母に褒めそやされ、私といえば「うふふ」と微笑むしかない。

 だって本当に可愛いんだもーん! 勉強もわりと駄目、運動も苦手とどうしようもないほど取り柄の一つもない私だけど……この見た目の良さだけが私を救ってくれる!

 といっても、それで自惚れてばかりいると『恋プレ』のリオーネみたいな顔だけ令嬢になっちゃうからね。気をつけよう。


 私は行ってきます、とお母様達に挨拶してさっそく家の馬車へと乗り込む。

 今日はユナトに会いに王城に行く日だ。正直なところ、自分を将来破滅させるかもしれない相手になんて会いに行きたくはないのだが仕方が無い。もう挨拶に行くってお手紙出しちゃったしね。


 それに今日の私には心強いエスコート役がついていてくれるのだ。


「リオーネ、今日の格好もとびきり可愛いね」


 そんな甘い褒め言葉を私に贈ってくれるのは――フリート・カスティネッタ。私の実の兄だ。

 リオーネの性格の悪さ故、カスティネッタ兄妹はずっと仲が悪かったんだけど……いろいろあって、お兄様は私に対しても優しく接してくれるようになった。

 そして優しくなったお兄様の破壊力はすごかった。蝶よ花よなんて言うけれど、お兄様の私への寵愛ぶりは光源氏もビックリするレベルなんじゃないかと思う。

 甘やかされ、慈しまれ、大切にされ、今や私は自分がお姫様だと勘違いするレベルに有頂天である。


 そして今日、婚約者のユナトに会いに行く……ということを言葉少なに話したところ、お兄様は「不安でしょう。僕もついていこうか?」と提案してくれた。

 私は嬉しさのあまりお兄様にぎゅっと抱きついて「ぜひ!」とお願いした。お兄様がいればわたくし、百人力ですから!




 道中の馬車ではずっと楽しくお兄様とお喋りしていたので、王都の王城前にはすぐ到着してしまった。

 お兄様に手を取られ馬車から降り立つ。王城には私も何度か家族と一緒に招かれているが、前世の記憶が戻ってからここに来たのは初めてなので、豪奢な白亜の城を見上げてなんだか感慨深い気持ちになった。


 ああ……ここが、ユナトルートのハッピーエンドで悪役令嬢リオーネが断罪される場所かぁ……。


「リオーネ? どうかした?」

「何でもありませんわ」


 ぼけっとする私にお兄様が不思議そうに声を掛けてくる。私は慌てて首を振った。

 いけないいけない、もうここは王城の敷地内だもの。誰かにおかしく思われないよう、しゃんとしないと。


 今日は個人的にユナトに会いに来ただけなので、わんさか並ぶ使用人達に頭を下げられる……みたいなこともなく、私達を出迎えてくれたのは護衛騎士を連れたユナト張本人だった。

 ユナトは私を発見すると近づいてきたが、隣のお兄様に気がつくと一瞬だけ眉を寄せる。

 しかしすぐににこやかな笑みを浮かべてみせた。


「こんにちはリオーネ嬢、それにフリートも。今日は来てくれてありがとうございます」


 ……うん、爽やか~な笑顔だな~。


 『恋プレ』に登場する十六歳のユナトと違って、七歳のユナトは本当に可愛らしい。

 整いすぎた容貌に、声変わり前の幼げな声。国内での評判通りの天使のように愛らしい男の子。


 でも実際に『恋プレ』に出てくるユナトの印象とはだいぶ違うんだよね。

 というわけで、私は改めてユナトの情報を頭の中で整理する。




 ユナト・ヴィオラスト。金髪に青みがかった灰色の瞳をした彼は、『恋プレ』の攻略対象の一人だ。


 パッケージとかでも必ず大きな扱いをされているし、アニメは彼のルートの話だったので、『恋プレ』の顔みたいな存在でもある。


 ヴィオラスト王国の第二王子であるユナトはクールな青年で、何でもそつなくこなすのだが、それ故に少し無気力なところがある。

 主人公はそんなユナトが心に抱えたものに気がつき、彼の心をやさしく解きほぐしてくれるのだ。そんな主人公にユナトも次第に心を開いていき、ふたりは惹かれ合っていく……。


 このユナトだが、婚約者であるリオーネのことを非常に疎ましく思っている。自分の身分にばかり執着して、中身にまったく見向きもしないリオーネなのだからそれも当然と言えよう。


 そして恐ろしいのが、主人公がユナトルートに入った場合なのだ。

 その場合というのが、



 ハッピーエンドの場合……王城にて開かれたパーティーにてユナトはリオーネに婚約破棄を告げ、その場で主人公と婚姻を結ぶ。リオーネは国外へと追放される。


 バッドエンドの場合……リオーネが主人公をいじめている現場にユナト遭遇。抵抗するリオーネと魔法をぶつけ合った末に殺害。その後、その場の人間全員を殺して口封じをし、主人公の記憶を魔法で奪って婚姻関係を結ぶ。



 ……どっちもバッドだよ!!

 私にとっちゃものすごいバッドエンディングだよ!!


 というわけで、四人の攻略対象の中でも私にとってユナトはかなりの要注意人物なのだ。

 出来ることならば、まだ見ぬ主人公には安全な他の攻略対象のルートに入ってもらいたい。私に命の危険があるのは、ユナトルートかお兄様であるフリートルートだけだからね。




 なんてことを私が考えているとは思いも寄らずに、ユナトは顔を綻ばせてみせる。


「リオーネ嬢の本日のお召し物、とても素敵ですね。あなたにとてもよく合っている」

「ありがとうございます、ユナト様」


 私も慣れた態度で応じた。

 私の生家であるカスティネッタ家が"湖の一族"なんて呼ばれているのは国内じゃ有名な話だ。髪の毛や瞳の色が水色や空色の色彩を持って生まれることから、そう呼ばれてるんだよね。

 その影響で、お兄様や私が水色を纏うと王族の方々にはものすごく喜ばれたりする。リィカちゃんは当然そこも考慮して今日の衣装を選んでくれたんだろうな。


 ユナトも私の格好は気に入ったようだ。プロの仕事ぶりだねリィカちゃん。

 と心の中で友達の活躍に称賛を送っていると、ユナトが笑顔のままお兄様の方をくるりと向いた。


「……それで、フリートは何しにここに?」

「何ってそれはもちろん、妹の送迎に」


 そっか、妹の送迎かぁ。

 ………………………………送迎?


「お兄様、帰ってしまうの!?」


 私は思わず悲鳴を上げた。

 だってそんなの聞いてないよ! てっきり王城に滞在する間ずっと傍にいてくれるのかと!

 するとお兄様が苦笑する。


「まだ幼いと言っても、婚約者同士の時間を邪魔することはできないよ」


 そっ、そんなぁ……。

 ショックを受ける私と真逆に、なぜかユナトは表情を明るくしている。


「そうですか! リオーネ嬢を待つ間はどうします?」

「王都を散策でもしようかと」


 私が呆然としている間にも、ユナトとお兄様の話はまとまってしまったみたいだ。

 それじゃあ、と手を振るお兄様に恨みがましい目線を送っていると、こっそりと耳元でお兄様が囁いてきた。


「(リオーネ、本当に婚約嫌がってたんだね)」


 私は口を引き結んだまま、コクコクコク! と激しく頷く。

 お兄様は目元を緩ませて、さらにこう囁いた。


「(とりあえず今日は楽しんでおいで。ユナト殿下も不審そうにしているから)」


 う……お兄様がそう仰るなら……。

 私が渋々頷くと、お兄様は私の肩をぽんと優しく叩いてお城を出て行ってしまった。

 見送った私にユナトが声を掛けてくる。


「それではリオーネ嬢。今日はよろしくお願いします」


 私は必死に愛想笑いを浮かべた……。


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