【改訂版】悪役令嬢がサポートするからさっさとくっついてください!

榛名丼

プロローグ.ぜんぶ思い出しました

 

 ――思い出したあ!!


 頭のてっぺんに雷が落ちたような衝撃。

 その雷が頭頂部から首の骨を通って、臀部から足裏まで駆け抜けていって……は……リオーネ・カスティネッタは、ぶるぶると身体を大きく震わせた。


 ……いや、違う。

 地球に生まれ、ニホンという国で育ったは、こんな横に長い名前じゃなかった。もっとこう、どこにでもいる一般庶民的な、ええっと何だっけ……


 ――そうだ、村瀬理音ムラセリオ


 私の名前は、村瀬理音。

 アニメや漫画やゲームをこよなく愛する、そこらへんにいるただの女子高生だ。

 それなのに今、私の目の前の席には、田舎町で暮らしてちゃそうそう見かけられないような、金髪の男の子が座っていたりする。


 彼の名前はユナト・ヴィオラスト。

 この国、ヴィオラスト王国の第二王子であり、同い年の私の婚約者。

 そう、ユナト王子と、公爵令嬢のリオーネは婚約者同士なのだ。お互い七歳の子どもだから、単に親に決められた婚約者ってだけで、これが初顔合わせなんだけどね。


 それで確か、馴れ馴れしくて高飛車なリオーネにユナトは辟易として、ふたりの仲はどんどん険悪になっていって……って、ゲーム内でユナトも主人公に愚痴ってたっけな。


 …………うん? ゲーム内?

 主人公?


 あれ? あれ? これ、何かおかしくない?

 私は理音なのに……リオーネで? 目の前には幼い頃のユナトが居て?

 そもそもユナトもリオーネも、現実世界の人間じゃない。私が大好きな乙女ゲームに登場する、架空のキャラクターたちなのに……


 どうして私、村瀬理音としての記憶だけじゃなくて……を七年分も持ってるの?!


「――リオーネちゃん?」

「は、はい」


 反射的に返事をして、私は思わず「ひっ」と悲鳴を上げかけた。

 私の隣の席に座っていた母、ロゼ・カスティネッタの顔が、すっかり強張っている。


 それもそうだ。今日は由緒正しきカスティネッタ公爵家に王子を招いての昼食パーティー。幼いふたりの顔合わせであると同時に、私の父と母のふたりにとっては、幼き王子に自分の娘をこれでもかとアピールする絶好の機会なのだから。


 そんな大事な時であるにも関わらず、無言で呆けていた娘に母は怒りを覚えているようだ。

 王子の目の前なので、表面上はニコニコと取り繕ってはいるけど……うう、口端が引きつってるのが怖すぎます、お母様。これ、王子が帰った後は間違いなくお説教コースが待ってるよね?


「……あの、リオーネ嬢」


 今度はその目の前の王子に名前を呼ばれ、私は恐る恐ると彼の方を向いた。


 今、彼はその青みがかった灰色の瞳を、ぱちぱちと瞬かせて小首を傾げてみせている。

 ああ、改めて見ると……なんて天使のようにかわいらしい男の子なんだろう。王国中で愛らしい、美しい、と称えられる美貌なだけあるね。


 私はうっかり、その薔薇色のほっぺたに吸い寄せられるように見惚れてしまっていたけれど、王子はどこか困った様子で私にこう訊いてきた。


「思い出したとは、何のことですか?」


 えっ!? ウソ、さっきの声に出てたの?


「あと、村セリオ……とは、どちらの村のことですか? 我が国にそのような村は存在していないような」


 ええっ!? そっちも?


「……今のもすべて聞こえてますよ」


 この王子、エスパーか何かなの……?!


「わ、わたくし、わたくし……」


 立て続けにビックリしすぎて、私はおろおろしながら椅子から立ち上がった。

 そんな私を、ユナト王子が注視している。何と言ったらいいか、気遣わしげな、それでいて「何だろうこの子、頭大丈夫かな」みたいな……つまり不審者を見る目だ。やだ!


 な、何とかしなきゃ。

 今の私は公爵令嬢リオーネ・カスティネッタなんだもの。どうにかして、この場凌ぎのそれっぽい事情を捻りだすのよ!


「きゅ、急に思い出しましたのよ。ムラセリオと名づけた植物を自室で育てているのですが、今日は水やりをしていなかったなぁ、と」


 ああっ、何言い出すのだ娘よ、みたいな目で両親も私を見ている……!

 しかし王子はなぜか興味を引かれた様子だ。


「へぇ……どのような植物ですか?」

「そっ、それはその……行商人から異国の種を買ったものですから、まだ芽が出たばかりでどんな花が咲くものやら……おほほほほ……」

「……それは素敵ですね。よかったら、そのムラセリオをあとで僕にも見せてもらえますか?」

「えっ!?」


 それはムリ!

 だってそんな花、別に育ててないし!

 ていうか私の本名なんですけど!


「あら、良かったわねリオーネちゃん! 是非殿下をご案内さしあげて!」

「お、おほほ。ですがお母様、あんなみすぼらしい植物を王子にお見せするのは、ぶっちゃけ恥ずかしいですわ」

「ぶっちゃけ?」

「ご、ゴホン! もっとしっかりと育ててから、ユナト様にお見せしたいの!」


 固辞すると、母はすっかりガッカリした様子だ。

 ごめんあそばせ。でもお母様、仕方ないのよ。だって私、こうしている間に全部思い出したんだもの。

 数分前の私なら、きっと王子の格好良さにどぎまぎして、こんな少年が私の婚約者なんて素敵だわ、最高だわって鼻高々になっていたに違いない。だって実際に私、数分前まではそう思ってはしゃいでいたんだから。


 だけど……今は違う。

 にこにこ微笑んでいる王子様の笑顔を見ていると、全身からだらだらーっと嫌な汗が噴き出てくる。

 そりゃそうだよ。彼は私にとってはほとんど天敵みたいな存在なんだもん。

 たとえどんなに可愛くてきれいな、女の子みたいな外見をした男の子だろうと、その子が数年後に自分を殺す相手だって知ってしまったら……とてもじゃないけど、平静じゃいられない。


 そう。

 私ぜんぶ、ぜんぶ……思い出しました。思い出しちゃったんです。

 前世の私――村瀬理音が、すでに命を落としていること。そして。


 この私、リオーネ・カスティネッタって――ゲームの主人公をいじめまくって攻略対象に追放or殺害される運命が待ち受ける、生粋の悪役令嬢じゃないの――!



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