第4話.恐ろしい夢を見ました



「違うのです、ユナト様! わたくしは彼女を、クレア・メロディを虐めたりなんてしていませんわっ!」


 さめざめと涙を流す私の前で、スーツを着たユナトがバンッと机を激しく叩く。


「嘘を吐くな! 悪役令嬢リオーネ・カスティネッタめ。証拠は全てあがっているぞ!」

「しょ、証拠ですってぇ!」


 その言葉に愕然とする私。

 そんなの、そんなの……



 ……ぐぎゅるるる。



 あ、お腹が鳴っちゃった。

 そういえばここに来てから、まだ何も食べてないんだよね。


「取り調べが長すぎてお腹が空きましたわ。せめてカツ丼……いえ、気分的に親子丼が食べたいですわ!」

「長すぎるも何も始まってまだ十五分だが……フンッ、いいだろう。おい、親子丼を二つ」

「承知しました」


 新米だけど官房長を父に持つコネ刑事・ユナトが顎で指示する相手は――何と私の兄、フリート・カスティネッタだ。

 私は怒り狂った。


「ちょっと! 人の兄を偉そうに使わないでください!」


 するとフリートはゆっくりと目を見開き……


「……そもそも僕はお前に兄と呼ばれたくない」


 ギャー! 庇ったつもりが逆に嫌がられてしまった!

 広い取調室にはさらに、私の両親までもが呼び出されてシクシクと泣いている。


「悲しいよリオーネ。まさかこんなことになるだなんて」

「親として恥ずかしくて仕方が無いわ」


 運ばれてきた親子丼を搔き込みながら私も号泣する。

 ごめんなさいお父様、お母様!

 でもわたくし、虐めなんて本当にやってないのにどうしてこんなことに――


「現場にお前の指紋が残されていた。これが動かぬ証拠だ」


 ユナトに証拠を突きつけられた私は、ショックのあまり箸を落とした。


「そ、そんな。わたくしはちゃんと手袋をして――」





「……………………はっ」


 目を開けた私の耳に、「ゴロゴロゴロォ……」という不穏な音が響いてくる。


 まさか私のお腹の音!?

 さっきまで親子丼食べてたのに!!


 慌てて確認してみると違った。お腹はそんなに減ってない。

 ということは、この音はお腹の音じゃなく……そうか、外の雷の音だ。


 というのも、小屋に一つだけある小さな窓の外の景色が凄まじいのだ。

 横殴りの雨がざぁざぁと激しい音を立てて降り、時折視界がピカッと光ったりする。


 フリートを待つ間に居眠りをしようと思って、見つけた毛布にくるまって寝ていたんだけど、その間に天候が悪化してしまったみたいだ。

 しかし私にはそんなことより気になることがあった。


 何だったんだろう、今の悪夢……。

 成長した姿の――まさに『恋プレ』に出てくるときの姿になったユナトやフリートに囲まれ、取調室で散々、主人公の少女を虐めた罪で責め立てられるって……。

 所々おかしいところもあったけど、まるで今後の私――悪役令嬢リオーネ・カスティネッタが辿る未来そのもののような内容だった。


 そのおかげでめちゃくちゃテンションが下がってしまった。

 私はしょんぼりしつつ、再び毛布に潜り込む。夢見が悪い時は二度寝に限る。これもリオーネ流ライフハック。


 そうして私は再び眠った。

 外の雷雨の音がどんなに凄まじかろうが、私の睡眠欲は何者にも妨げることはできやしないのだ。




 ――次に目を覚ましたときはかなりスッキリしていた。


 変な夢を見なかったことにホッとして、私は明るい気分で毛布を出る。


 でもそこで気がついた。

 何か、小屋内が暗すぎてほとんど何も見えないような……。

 というか、小屋全体が小刻みに揺れてるような?



 ドオオオオンン!!



「ふげっ!?」


 地響きのような音に驚き、思わず変な悲鳴を上げてしまう。

 な、なに今の。さっきより雷の音がかなり近いぞ。

 もしかしてこの森のどこかに落雷したのかな? 慌てて起き上がって窓の近くに駆け寄ってみると、


「暗っ!」


 空が暗い! というか、森全体がほとんど見渡せないくらい暗すぎる!

 さっきはそれでも明るかったのに、もしかしてすっかり夜になってる? 私、気づかない間にどんだけ寝てたんだ!


 どうりで、小屋の中も暗いわけだ。

 すぐにどうにかしようと思ったけど、天井から吊り下げられていたランタンの位置はもはや目を凝らしても確認できない。

 そもそも私の身長じゃ届かないし、何より小屋にマッチも無かったんだよね……。うーん、これは無理です。諦めよう。


 それならいっそ、別荘に帰った方が早いな。

 そこまで離れてるわけじゃないし、走ればどうにかなったりしない?


 そして私は一度小屋の扉を開けた。すぐに閉めた。

 駄目だ、さすがにこの雷雨の中を走って行く勇気はない。もし落雷して木でも倒れてきたら、私の反射神経じゃ避けられっこないし。


 ……決めた。大人しく救助を待とう。


 今が夜なら、みんな私が居ないのにはとっくに気づいているはずだ。そう信じたい。

 運良く誰かがこのあたりを探しに来てくれれば、きっとこの小屋は目につくはず。それまでここで待ってるのが、一番賢い手段の気がするよ。


 ちょっと肌寒いのでまた毛布にくるまって、私は救助隊を大人しく待つことにした。

 しかし一分と経たない間にまた目蓋が下がってきた。

 う……我慢我慢。暗いところにいるとすぐ眠くなっちゃうけど、今はさすがに寝てる場合じゃないぞ。

 もし寝ているところを発見なんてされたら、両親には呆れられそうだし兄には軽蔑されそうだ。私もさすがに雷雨にも気づかず爆睡していた鈍感令嬢、みたいな目で見られたくはない。


 見られたくないけど……


「ふわあああ……」


 ああ、欠伸まで出てきてしまった。

 反射的に両目から溢れた涙が頬を流れていって、慌ててそれをごしごし拭う。

 まずい、本格的に頭が睡眠モードに突入しちゃう……我慢、我慢しろ私……うあああ、でも眠いよー!


 そのときだった。

 小屋の扉が室内に向かって勢いよく「バーーンッ!」と開いた。


「うぎゃあッ!!」


 これにはさすがの私も眠気を忘れてひっくり返る。

 大変だ! 雨風の勢いがひどすぎてとうとう小屋が壊れてしまったのか!?


 でもその予想が外れていたことを、私はその三秒後に知る。 


「……リオーネ!」


 小さなランタンの光に揺らされて。

 一人の少年のシルエットが、大きく小屋の中に浮かび上がっていたからだ。



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