授業参観④

 日は落ち、室内はすっかり薄暗い。

 本来であれば勝手に点灯する魔力を源とした灯りは、空き教室には設置されていなかった。

 4人が発表の途中で教室を離れ、どれくらい時間がたったのか。

 時計も外されており、正確な時間がわからない。

 ダイスケはケンタと机を挟んで座っていた。

「お腹すいたなぁ……。ケンタは?」

「……あ、うん。そうだね……」

 ケンタは慌てて答え、ちらりとユウコを見る。

 ユウコは机に突っ伏しており、泣いているのか眠っているのかわからない。

 アイは窓の外をずっと見つめているが、何を考えているのか。


 さて、本当にどうしたものか、とダイスケが何度目かわからないため息をついたところで、教室の扉が開いた。

「お待たせしてごめんね」

 入ってきたのは担任と、白髪混じりの、がっしりとした体型の男性。

 ダイスケは思わず立ち上がってしまった。

「校長先生……」

 普段は優しい茶色の瞳が、今は鋭く厳しい。

「担任の先生から、お話を聞きました。……座りなさい」

 アイに視線を向け、校長は椅子のひとつを示した。

「外を、見たと?」

 問われて、アイは無言で頷いた。

 担任はユウコの肩に触れ、顔を上げさせる。(ユウコの頬は泣き濡れていた)

「君たちも、見たんだね?」

 ダイスケもケンタも頷く。

 ユウコはまた涙をこぼし始めた。

「ショウ様が君たちに接触していることは知っていたが……」

 校長は眉間に皺を寄せ、目を閉じた。

「校長先生……」

 担任が、不安と諦めがない混ぜになったような、複雑な声音で校長を呼ぶ。

「荷物は全て持ってきているね」

 開かれた校長の瞳に、ダイスケは強い決意の光が見えた気がした。

「君たちを自宅に帰すことは出来ない。今夜は担任の先生と一緒に、集会所で過ごしなさい」


 城門の目の前にある、城下町の中で1番大きな建物が集会所だ。

 1階はホールが2つあり、人々が集まって町についての話し合いをしたり、長期休暇中の子どもたちの自習スペースになったりする。

 2階には部屋が4つある。

 そのうちのひとつに、担任は4人を連れてきた。

 入口で靴を脱ぎ、入室する。

 厚めのカーペットが敷き詰められたその部屋は、普段は乳幼児が遊ぶ場所だ。

「お腹すいたでしょう」

 そう言って担任が用意してくれたのは、 今日の給食の残り。

 泣き疲れてしまったのか、ユウコはスープを少し口にして、すぐ寝入ってしまった。

 担任が食器を下げるため部屋を出ていったのを見計らい、ダイスケはアイとケンタに向き直る。

「なぁ、オレたち、どうなるんだろう」

「そ、そうだね」

 アイは答えることもなく、担任が置いていった毛布を持って、ユウコが寝ているのとは反対側の部屋の隅に移動してしまった。

「おい、アイ。……そもそも、元はと言えばお前が」

「私は」

 真っ直ぐに見つめられ、ダイスケは一瞬怯んでしまう。

「もう決めたの。……真実を知った以上、私たちは選べる。選んでいいのよ」

「選ぶって……。だらか何を?選ぶもなにも、オレたちは今でも充分幸せだろう。これ以上、何を選ぶんだよ」

「……そう」

 アイはころりと横になり、毛布にくるまった。

「アイ!」

「……ダイスケくん、僕らも、休もう」

 見れば、ケンタの顔色が悪い。

 疲れもあるだろうが、この状況に対する不安が大きいのだろう。

「……そうだな。色々あったし、今日はさすがに疲れた」

 毛布を2枚手繰り寄せ、1枚をケンタに渡す。

「寒くはないけど、ちゃんとかけて寝ろよ」

「うん、ありがとう」

「大丈夫!怒られるかもしれないけどさ。悪いようにはならない……と思う!」

「……うん、そうだね」

 ケンタは力なく微笑むと、ため息をひとつついき、その場で体を横たえた。

 持っていた鞄を枕にして、ダイスケも横になる。

「おやすみ、ケンタ」

「うん、おやすみ」

 4人が眠りに落ちた頃、部屋の明かりが、音もなく消えた。


 翌日、担任に起こされ、ダイスケは4人の中で1番最後に目を覚ました。

 サンドイッチと水という成長期には少なめの朝食を摂り、身支度を整える。

 そして担任に促されるまま、4人が1階のホールに降りると、そこには驚くべき人物が待っていた。

 額に大きな石を持った、長い白髪の女性。

 魔女のおばあさんの石の半分ほどの大きさだったが、ダイスケや担任の額にあるそれよりもはるかに大きい。

「座りなさい」

 突然のことに戸惑い、立ち尽くしてしまった4人に、女性は並んだパイプ椅子を示す。

 思わず顔を見合わせたダイスケとケンタの横を通り過ぎ、アイは迷わず座った。

 ユウコが慌ててその隣に座る。

 ダイスケとケンタも続いて席についた。

「わたくしはこの町の、最後の二代目。あなたたちのことはショウ様から聞きました」

 静かな、だが凛としたその態度のその女性は、4人をゆっくりと見渡す。

「昨日の授業参観でのことは、すでに処理を終えています」

「処理って……?」

 ダイスケは素直に聞き返した。

「同級生の皆様と、世界の真実について知らない保護者の方々の記憶を、改変処理させていただきました」

「……改変?」

 眉間に皺を寄せ、アイは女性を見返す。

 ユウコは変わらず不安そうだ。

「わたくしたちは、外界に絶望してここにいます」

 女性はアイからの視線をしっかりと正面から受け止め、続ける。

「戦争で多くのものを失いました。親、伴侶、子ども、恋人、友人……。国はわたくしたちから多くのものを奪った。外界に戻ることは、わたくしたちにとって自ら地獄に赴くことと同義なのです」

 ケンタが、膝に乗せていた両手を強く握りしめたのにダイスケは気が付いた。

「あなた方は、わたくしたちにとって危険なのです」

 ユウコの肩がびくりと震える。

「ですが、ショウ様からの口添えもあります。……あなた方のことは、城主様に委ねましょう」

 ホールに響く足音に目をやると、校長が入ってくるところだった。

 その表情はいつになく緊張している。

 二代目の女性に並んで立ち、4人に向かって口を開いた。

「城主様が、君たちにお会いになりたいそうだ」

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