城下町③

「町の歴史?」

 図書館の受付カウンターにいたのは、ケンタのお向かいに住んでいる若いお姉さんだった。

 茶色の大きな目が可愛くて、まるでリスのようだとアイは思っている。

「はい。授業参観で発表するので、インタビューしてるんです」

 アイが質問をする横で、ユウコが録音機をお姉さんに向けている。

 ダイスケは図書館が珍しいのか、きょろきょろするばかり。

「そう。偉いのねぇ」

「いえ」

 謙遜する素振りを見せつつ、アイは賞賛の言葉に気分が盛り上がっていくのが分かった。

「そうね……。私が話せるのは、町には第一門と第二門があるってことと、第二門はどんな理由があっても開かないってことかしら」

「どうして第二門は開かないんでしょう?」

 理由など知っている。

 知っているが、インタビューとして“聴いた”形がほしいので、アイは当たり前のことでもかしこまって質問した。

「第二門より外の世界は汚れてしまっているの。水も土も空気も、城下町と同じに見えていても全て毒になってしまっていて、生き物は生活することができないのよ」

「なぜ毒になってしまったのですか?」

 今度はユウコが質問をする。

 いい形になる、とアイは満足感で熱くなっていくのが分かった。

 ふと後ろを見ると、ケンタがメモ帳を出し一生懸命に何かを書き付けている。

 そっと近付き、その手元を覗き見た。

「大きな戦争があったのよ。敵国の王様の呪いで、私たちのご先祖様の国だけじゃなく、世界中が毒に満ちてしまったの」

 ケンタはお姉さんが話していることをメモしているようだ。

 ユウコが全て録音しているのにも関わらず。

「ありがとうございました。とてもわかりやすかったです」

 ユウコがお礼を言って、録音機の発動を止める。

「次はどこに行くの?」

「公民館に行こうと思ってます」

 お姉さんの質問にユウコは笑顔で答える。

「そう、頑張ってね」

「ありがとうございました」

 愛想よく返事をするユウコが再度お礼を言うのに続いて、全員でお姉さんに頭を下げた。


 図書館から出たところで、アイはケンタのメモ帳を叩いた。

 本人は軽く叩いたつもりが意外と力がこもっていたようで、ケンタはメモ帳を落としてしまう。

「なんでメモってんの?ユウちゃんが録音してるじゃん」

「あ、うん、そうなんだけど、自分用に……」

「自分用?なんで?グループ発表なのに」

「あ、そうだよね」

 メモ帳を拾い上げたケンタは、口元だけで笑ってみせた。

 ダイスケが見かねたように口を開く。

「お前、なにも叩き落とすことないだろう」

「そんなつもりなかったもん」

「ケンタ、平気か?」

「あ、うん、大丈夫だよ」

 自分でもよくないと思いつつ、それでもアイのイライラは収まらない。

「メモっといてもらったら?もちろん録音もしておくけど」

 ユウコの言葉に、ケンタが嬉しそうに頷いた。

 アイもため息をついて「そうだね」とだけ返事をする。

「じゃ、公民館行こうぜ」


 公民館は図書館の正面にある。

 そのすぐ隣には、ダイスケがよく遊びに来る遊具広場があった。

「公民館のあとにさ、広場のおっちゃんにもインタビューしに行こうぜ」

 目をキラキラさせて提案するダイスケ。

 ついでに遊びたいという本心が丸見えでアイもユウコもうんざりしたが、インタビュー記事の材料は多い方がいい。

「時間あったらね」

 素っ気なく言って、アイはさっさと公民館に入った。

「こんにちは、いらっしゃい」

 受付にいたお兄さんが柔らかい笑顔で迎えてくれる。

 このお兄さんはユウコの自宅のお隣さんだ。アイもよく知っている。

 会釈しつつ、アイはお兄さんに

「お仕事中に申し訳ありません。インタビューしてもいいですか?」

 と話しかけた。

「いいよ。どうしたのかな?」

 授業参観の発表会で使うことを説明し、図書館で聞いた話を伝えると、お兄さんはふむ、と自分の顎を触りながら言った。

「じゃあ僕からは違う話にしようか」

「お願いします」

 ユウコが録音機に触れて、発動させる。

「もともとこの場所にお城を持っていた城主様が、戦火から逃れてきたご先祖様たちを匿ってくれたのがこの町のきっかけなんだ」

 アイは頷いて話の続きを促す。

「いくら大きなお城とはいえ、そこに何十人もの人が長い時間暮らしていくのは難しい。そこで城主様は、ご自分の偉大な魔力で長く大きな城壁を作った。お城の門に繋がる形でね」

「それが第一門までの、私たちが住んでいる城下町の始まりなんですね」

 教科書通りのやり取りだと思ったが、アイは満足していた。

「そうだね。二枚の城壁で囲い、上の部分はガラスで繋いだ。だから城下町の空は長方形なんだ」

「たとえ壁で区切っても、そこにあった毒は無くなりませんよね?」

 ユウコの質問に頷いて、お兄さんは話を続けた。

「そうだね。だから城主様は常に、この城下町のために清めの魔法を使ってくださっているんだ」

「それはとても大変なことですよね」

 アイは真剣な表情を作り、誰もが知っている話の続きを聞き出す。

「城主様の魔力はとても強大なんだ。抑えておくことが難しいそうだよ。むしろ、常に魔力を使っている方が城主様のためになるんだ」

「なるほど」

「とてもわかりやすかったです」

 満足気にアイは微笑む。

 ユウコは録音機……オーブに触れて、発動を止めた。

「そのオーブも、城主様のお力なんだよ」

「え?」

 光を失った手のひらサイズの水晶球を指さし、お兄さんはふんわりと笑う。

「魔力の無い僕らが当たり前のように使っている道具は、町に満ちている城主様のお力を使わせていたただいているんだ」

「そうなんだ……」

 アイとユウコはまじまじとオーブを見つめた。

 生まれた時から当たり前にある道具たち。

 その道具がなぜそのように動くのかまったく気にしたことがなかったのだと、この時初めてアイは気がついた。


「ありがとうございました」

「どういたしまして」

 5人で頭を下げて、公民館をあとにする。

「城主様の魔力の話も模造紙に載せるといいかもね」

 ユウコが明るい声で提案してくるのに同意しかけて、アイはふと思い出した。

「でも、録音してないよね?」

 忘れるかも……と不安そうにしている2人に、ダイスケはケンタの背中を押しやりながら笑った。

「大丈夫だろ、ケンタがメモしてるし」

 してるだろ?と手元のメモ帳を覗かれて、ケンタは慌てて頷く。

「う、うん。書いてあるよ」

 図書館同様、公民館でもケンタは必死にメモをとっていた。

 書き洩らしがないように、ダイスケも手伝っていたようだ。

「そうなんだ。ありがとう」

 ユウコの感謝の言葉に、ケンタは小さく笑った。

「他のグループが話すかもしれないし、様子を見て場合によっては省くけどね」

「なんでお前は毎回そんな言い方するんだよ」

 冷たく言い放つアイに、ケンタではなくダイスケが反応する。

 とにかくケンタの行動全てに腹が立つのだ、とは言えず、アイはむっすりと黙った。

「ねぇ、早く行かないと広場閉まっちゃうよ」

「え、もうそんな時間!?」

 ユウコにやんわりと言われ、ダイスケは慌てて見上げる。

 切り取られた空はまだ青かったが、たしかに太陽は見えない。傾いているのは事実だ。

「早く行こうぜ。おっちゃん帰っちゃったら遊べない!」

「いや、遊ばないよ?」

 冷静にユウコに否定されるが、ダイスケはどこ吹く風、頭の中はもう体を動かして遊ぶことでいっぱいのようだった。

「ほら、ケンタも行くぞ」

「あ、うん。そうだね」

 大股で歩き出すダイスケに、ケンタが小走りに着いていく。

 ケンタはちらりとこちらを振り返ったが、アイは眼鏡の奥にある彼の瞳から特になんの感情も受け取れなかった。

 いや、受け取らなかった。受け取る必要なんかない。

「アイちゃん、行こう。止めないと、本当にダイスケ遊び始めちゃう」

「うん」

 アイはさりげなく、先を歩くユウコの服のすそを引っ張った。

 ユウコはアイの手を服から離すと、そのままきゅっと握る。

 繋いだ手を勢いよく振りながら、2人はダイスケとケンタを追いかけた。

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