城下町④

 遊具広場は家3軒分のスペースがある。

 半分にはブランコなどの遊具、もう半分のスペースにはただ芝生が生えているのみで、何も無い野っぱらである。

 この野原が、その時の子どもたちの気分で野球場になりサッカー場になり、時には王子様のいるお城に早変わりするのだ。

「町の歴史ねぇ……」

“広場のおっちゃん”と呼ばれる管理人の初老の男性は、ユウコにオーブを向けられて困惑していた。

「ひととおり聞いてるんだろ?」

「うん。だからさ、おっちゃんしか知らないような話とかないの?」

「そう言われてもねぇ」

 ダイスケに笑顔で詰め寄られ、おっちゃんは組んでいた腕をほどいた。

 短く整えられた白髪頭を右手で撫でる。

「うーん、困ったなぁ」

「なんかあるでしょ?ねぇねぇ」

 インタビュアをやりたいと言ったダイスケに任せたのが失敗だったかもしれない、とアイが思い始めた時、おっちゃんがぽんと手を叩いた。

「そうだ。お前たち、魔女の話を知ってるか?」

「魔女?」

「魔女って……。童話とかに出てくる、女性の魔法使いですか?」

「そうだ、それだ」

 ダイスケとケンタがきょとんと視線を交わす。

 おっちゃんは自慢話でもするように話し始めた。

「まず第一門まで城主様は作ったが、それだけじゃあ生活が成り立たない。畑は足りないし、家畜をおいとく場所もない。だから城主様は、第二門までを作った。ただし城から第一門までのような一本道じゃない。第一門から、半円形に土地を区切った。ここまではいいか?」

 おっちゃんはしゃがんで、白墨を使いコンクリートに簡単な城下町の地図を描いてみせた。(普段そのコンクリートは、子どもたちのお絵描きキャンパスだ)

 二等辺三角形の下に歪な四角形をくっつけて、子どもたちがよく描く不格好な家を描く。内側に『城』と書き込んだ。

『城』から2本の線を伸ばし、その内側には『一本道』。ある程度の長さのところで道を区切り、『第一門』と書いた。

 そして『第一門』から、お椀を伏せたような半円を描く。半円の内側には『畑』。

「城主様は本当に素晴らしいお方だ。『畑』のエリアは毒を浄化してくださるだけじゃなく、作物や家畜が育ちやすいようにしてくださっている」

 ちょっと顔を上げて、おっちゃんは城のある方を向いた。

 城主に感謝の気持ちを伝えるために、自分の額の真ん中にある小さな石……白水晶に触れた。

 城下町に住む者たちは、額に小さな白水晶を持って生まれてくる。

 それは城主の加護のもとにあることを意味し、石に触れることは城主への感謝の気持ちを示した。

 おっちゃんに倣い、アイたちもそっと自分の額に触れた。

 不思議と温かい気持ちになるのは、幼い頃から変わらない。

「で、だ。いいか?第二門はここにあるが、その前には何がある?」

 白墨を握り直したおっちゃんが、半円の直径の真ん中(完全な円における中心のあたり)に『第二門』と書き込み、そのまわりを小さな子どもが描く雲のようにもくもくと覆った。

「森だろ?入るなって言われてるけど」

 第二門の周囲は、深い木々に覆われていた。

“第二門”と呼んではいるが、アイたちのような学生は森に立ち入ることを禁じられていたので、実際に第二門を目にしたことはない。

「その森の中に小屋があってな。そこに、魔女が住んでるんだよ」

「うっそだー」

「嘘じゃないさ。おっちゃんは見たことあるからな」

「魔女を……ですか?」

「そうだ」

 恐る恐る尋ねるケンタに、おっちゃんは真剣な顔で頷く。

 アイとユウコも、ほかの大人たちがしてくれない不可思議な話題にすっかり惹き込まれていた。

「背格好はただの歳をとった女だ。だが、魔女には角がある」

「……つの?」

 ユウコが自分の額に触れるのを見て、アイもつられて白水晶に触れる。

 冷たい水晶から微かな温もりが伝わってきた。

「額の真ん中にな、でっかい角があるんだよ。白水晶とは違うでっかい角だ」

 おっちゃんはゆっくりと、普段よりも低い声で話す。

 4人がそれぞれ頭の中で、その魔女の姿を思い描き黙った。

 硬い表情で動きを止めた子どもたちを見て、おっちゃんはニヤリと口元を歪める。

「どうだ?信じたか?」

 からかうように言われて、一瞬理解できなかった。

 つまり、魔女の話は、

「嘘だったのかよ!?」

 目くじらを立てるダイスケ。

 その隣でケンタはほっと息をついて肩を落とした。

 ユウコはオーブに触れて発動を止める。

 アイはおっちゃんを睨みつけた。

「悪い悪い。お前らの反応が面白くてな」

 おっちゃんは立ち上がって、白墨をケースに戻した。

 軽く手をはたいて、ダイスケの頭に乗せる。

「だが、森に女がいるのを見たのは本当だ。魔女かどうかはわからんがな」

「ふーん……」

 おっちゃんに頭をがしがしと撫でられながら、ダイスケはどこか不満そうだ。

「すっごいスクープだと思ったのになぁ。なぁ?」

 訊かれたケンタは、慌てて首を縦に振る。

 時間の無駄だ。

「お話ありがとうございました。私たちはこれで」

「ん?あぁ、気をつけてな」

 お礼を言って、アイはさっさと広場を出る。ユウコがすぐに横に並んだ。

「第一門を抜けよう。畑の大人たちの方がマシなネタを持ってると思う」

「うん、そうだね」

 イライラと早口になるアイの手を、ユウコがきゅっと握る。

「大丈夫だよ、まだ時間あるし」

「……うん」

 小走りでダイスケとケンタが追いついてきた。

 ショウはいつの間にか隣をのそのそと歩いている。癖のある前髪は、やはり彼の目を隠していた。

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