第二章 魔女
城前の一本道の果て、たくさんの建物の終わりには、石造りの堅牢な門がある。
夜明けに開き、日没とともに閉じられるその門は第一門と呼ばれ、居住区と畑を区切る役目をはたしている。
ユウコとアイは手を繋いだまま門までやってきた。
「あれ、どうした?」
第一門の門番を勤めるのは、アイの父だ。
「こんにちは、おじさん」
愛想よく挨拶するユウコにならって、他のメンバーも挨拶をするなか、アイだけはどこかよそよそしい。
友人の様子を察したユウコは、繋いでいた手をそっと放す。
アイがちらりとこちらを見たが、あえて気にしない風をよそおった。
「学校の課題で外に行くの。いい?」
「どうぞ。閉門までには帰ってくるようにな」
「うん」
父に頭を撫でられるアイの表情は、ぱっと見たかぎりでは変わらない。だが視線がどこか泳いでいる。
なんだかんだ嬉しいのだろう。父のいないユウコには、想像の域を出ない感情だ。
アイの父に見送られ、ユウコたち5人は門を抜けた。
視界が一気に開ける。
左右を壁に挟まれていない空には、白い綿雲が所々に浮いていた。
ダイスケが大きく伸びをする。
「やっぱり外はいいなぁ」
外、と言ってはいるが、実際には外ではない。
今抜けてきた門の壁は腕を広げるように左右に延び、広大な空間を半円状に真の外界から隔てていた。見上げた空も透明度の高いガラスで覆われている。
まるで巨大な虫籠だと、ユウコは常々思う。
「畑の大人に訊く?それとも、第二門まで行っちゃう?」
広い場所に出て気分が切り替えられたのはダイスケだけではなかったようだ。
アイはどこか晴れやかな様子でそう言って、ユウコを振り返った。
ユウコは当たり前のように右手を差し出し、アイの左手を誘う。
「そうだね。第二門まで行く途中で、ついでに訊けるようだったら訊いてみようか」
「うん」
アイが伸ばしてきた手を、ユウコはしっかりと握った。
「お前ら女同士で手ぇ繋ぐのな……」
「羨ましい?」
「は!?なんでだよ!?」
ユウコにからかわれ、ダイスケは一瞬頬を染める。
「ケンタと繋げばいいじゃん」
アイの言葉には多少のトゲがあったが、まぁ先程よりはマシか。
名前を挙げられたケンタはただおろおろするばかり。
その態度がアイをイラつかせるとなぜ分からないのか。
「男は手なんか繋がねーよ!なぁ?」
「あ、うん、そうだね」
ダイスケは隣にいたケンタの肩に腕をまわす。
「な、ケンタも!ケンタも腕まわして!」
「あ、こう……?」
「そうそう!」
「へへ……」
ダイスケとケンタは肩を組んで歩き出した。
「歩きにくそう」
アイの呟きは、自分たちは親友だなんだと話すダイスケたちには届かず、すぐそばにいたユウコに微かに聞こえた程度だった。
ユウコはアイにだけ伝わるように、小さく頷いてみせた。
第一門からまっすぐ伸びる大通りの左右には、様々な畑や家畜用の柵があった。
複数の大人たちが作業をしていたので声をかけたが、話の内容としてはみな同じようなものばかり。
“戦争によって汚され、生き物の住めない世界になった外界から民を救うため、城主はこの町を造った。”
結局、幼い頃から何度も聞かされてきた物語にたどり着く。
「インタビューの形にはなってるから、まとめればなんとかなると思うけど」
疲れてきたのだろう、話すアイの声から察したユウコは、近くにあったベンチに皆を促す。
すとんと腰をおろしたアイを中心に、4人が集まった。
「インタビューは出来てるし、切り上げてもいいとは思うんだけど……」
疲れた……とアイはぽつりとこぼす。
どちらかというと頭脳派、体力がある方ではない。
短縮日課だったとはいえ、学校のあとに歩き通しで、アイとしてはおそらく限界だろう。
「えー?せめて森までは行こうぜー」
このKYめ、とユウコはダイスケを一瞬睨むが、彼には伝わらない。
そこがダイスケの良いところでもあり、同時に欠点でもあるとユウコは思っている。
「まとめる材料は揃ったし、そろそろ戻ろうよ、疲れてきたし」
言いながら、ユウコはアイの隣に座った。
女子二人が座り込めば、さすがのダイスケも帰ろうと言うだろう。
「おっちゃんの言ってた魔女はどうするんだよ?」
「えー……」
「信じてるの……?」
「おっちゃんは見たって言ってたじゃん」
ユウコとアイのげんなりした様子がわかっているケンタは、ちらちらと女子二人を見やりつつも、
「なぁ、ケンタ?」
「え、あ、うん、そうだね」
ダイスケに問われればいつものように同意する。
「どうする?」
ユウコの問いに、アイは深い溜め息で応えた。
「それにさ、おっちゃんの話だけだったじゃん、新しい話題」
「そうなんだよね……」
再び溜め息をつき、アイはしぶしぶダイスケに同意した。
そうなのだ。
今までと違う話をしてくれたのは、おっちゃんだけ。
ユウコは、インタビューの形式をとってうまくまとめ直せば、授業参観の発表としては充分なものになるだろうと思っている。
だがおそらく、アイは違う。
周囲から一目置かれることが当たり前になっており、優秀と評されることが喜びになっている彼女にとって、リハーサルの時の周囲からの反応は耐え難いものだったろう。
インタビューをし、結果、前回と同じ内容をまとめ直しただけ、では、アイは満足しない。
新しいモノが必要だ。
周囲が驚く、新しいモノが。
「仕方ないなぁ。じゃあ、あと1時間くらいが限界だからね」
「おう!」
城門が閉じるまで、おそらくあと2時間かそこら。アイの定めたリミットは妥当なところだろう。
たとえ日が落ちたとしても、自分の娘とその友人たちが外に出ているのを知っているアイの父が、門を閉じてしまうとは考えにくいが。
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