魔女②

 ぽつぽつと他愛もない会話をしながら歩いてほどなく、5人は森の縁にたどり着いた。

「……どうする?」

 ユウコは、隣で静かに森の奥を見つめるアイに問いかける。

 普段はここまでが限界だ。

 学生が森の中に入ることは禁止されている。

「どうしよ」

 アイはダイスケに目をやった。

「少しだけ入ってみよう。時間もそんなにないし、そのあたりだけ……」

 ダイスケが指さした先を見て、全員が言葉を失う。

 人が倒れていたのだ。

 小柄で、真っ白な長い髪は酷い癖っ毛。

 うつ伏せで倒れているので顔は見えないが、長袖から見えている手はおそらく老婆のもの。

「大丈夫ですか!?」

 状況を理解したダイスケが真っ先に駆け寄る。その後ろにユウコとアイも続いた。

「むやみに揺らさないで」

 勢いよく老婆の肩を掴もうとしたダイスケを制し、アイが代わりに老婆の細い手首をそっとさぐる。

「ユウちゃん、10秒数えて」

「はいよー」

「大丈夫なのか!?」

「脈はあるよ」

「……9、10」

「13回。13×6は?」

「あ、えっと、78」

「うーん、普通、かな?」

 ひととおり老婆の体を調べたが、外傷は無さそうだ。

 ゆっくり肩が上下しているので、呼吸もある。

 アイが女性の肩を小さく2回叩いた。

「すいません、大丈夫ですか?」

 呼びかけが聞こえたのか、女性の手がぴくりと動く。

「すいません、大丈夫ですか!」

 先程より少し強めに肩を叩き、声も大きくする。

 すると女性はもぞもぞと身じろぎ、億劫そうに寝返りをうった。

 誰かが、息を飲む。

 寝返りをうった老婆はやはり、特に外傷はないようだ。

 呼吸が乱れている様子もなく、本当にただ眠っているだけ。

 年齢は、城下町で雑貨屋を営む最長齢の女性と同じか、少し上に見えた。


 城下町で暮らす人々の額には、小さな、小指の先ほどの白水晶が、生まれた時から埋まっている。

 それは城主の加護の元にあることを意味した。

 もちろん、老婆の額にも石はあった。

 鶏の卵くらいの、大きな白水晶が。

 ダイスケが思わず後ずさる。

 老婆の傍らに座り、その体を気遣っていたアイも、ぱっとユウコの隣に戻ってきた。

「ま、魔女だ……」

 ケンタが呟いた声は、いつにも増して震えている。

「びっくりした……」

 止めていた息を吐きながら、思わずユウコはアイの手を握ってしまう。

「え、どうしよ」

 アイはユウコを見、次いでダイスケに視線を送った。

「どうするっても……」

 魔女なのかもしれない。

 だが年老いた、しかも意識のない女性を、こんな森の中に放置はできない。

 だが。

 でも、いや、しかし。

 ユウコの頭の中では、意識のない老婆を心配する気持ちと、もし本当に魔女だったら自分たちが危険なのではないか、という根拠の無い不安がせめぎ合い、結果、硬直している他の3人同様、眠っているように見える老婆を眺めることしか出来ずにいた。

 よくよく見れば老婆の顔色は決して良いとは言えず、むしろ青白い。

 このまま放置しておけば、最悪の事態を招く可能性があるだろうことは、全員が理解していた。

「……え、あ、ショウくん?」

 ただ静かに4人の後ろをついて歩き、特に何かを言うでもなかったショウが、ふらりと老婆に歩み寄った。

「どうしたの?」

 ケンタやユウコの呼びかけには応えず、老婆の傍らに膝を着く。

 こちらをちらりと振り返ったが、長い前髪に隠され、やはり表情はわからない。

 横たわる老婆を見下ろしたショウは、

「……仕方ない」

 ぽつりと呟くと、老婆の額にある大きな石に右手を伸ばす。

 手の平をかざし何事かを囁いていたが、ユウコたちには聞き取ることができなかった。

 ショウの声が途切れると、老婆の石が白く、うっすらと光を放った。

 その光は本当に微かで、今にも消えてしまいそうな蝋燭のように弱々しいものだった。

 初め見る光景に、ユウコはもちろん、全員が見入ってしまう。

 やがて燐光を放ちながら、老婆の石は光を納めていった。

 そして、ゆっくりと老婆の目が開いた。

「……あぁ、ありがたい……」

 ため息のように漏れた老婆の言葉は、誰に向けてのものだったのか。

 彼女が億劫そうに体を起こすのを、ショウが手伝ってやっていた。

 慌ててアイが駆け寄る。ユウコも続いた。

「おばあさん、大丈夫ですか?」

 アイを顔を覗き込まれ、老婆はくしゃりと笑ってみせた。

「えぇ、えぇ、大丈夫ですよ」

 老婆の顔色はすっかり良くなっている。

 頬がほんのりと上気していて、健康そうだ。

「助けてくれてありがとう。イシにチカラをくれたのはお嬢さん……ではないわね」

 老婆はユウコとアイの額を見て、心得たように頷いた。

「では、貴方ですね」

 ショウに視線をやり、彼女はまたくしゃりと笑った。

「本当にありがとう。近頃すっかりチカラを取り込むのが上手くいかなくてね。私もそろそろなんだと思うわ」

 彼女からのお礼の言葉を、ショウはただ静かに聞いている。

「イシにチカラを直接送れるということは、貴方は城主……いえ、オトウトギミですね」

 彼女は何を言っているのだろう。

 イシ?は、もちろん額の白水晶だろう。

 チカラを送る?取り込む?……オトウトギミ?

 4人は困惑し、顔を見合わせてしまった。

 老婆も、この微妙な空気を感じ取ったようだ。不思議そうな顔で4人を見回し、そしてショウを見つめる。

 ショウは左手で老婆の手を取り、右手で長い前髪をかき上げた。

「あぁ、やはり、オトウトギミ」

 初めてきちんと見たショウの額は、ただ白く平らだった。


 ぜひ我が家へ、と誘われて、ユウコたち5人は森の奥までやってきた。

 そこには小さな、城下町の一軒家の半分ほどの広さの小屋があった。

「さぁ、どうぞ」

 小さいながらも手入れの行き届いた家は心地よい。

 老婆の淹れてくれたお茶は柔らかな花の香りがして、歩き疲れていたユウコやアイの心をほぐしてくれた。

「さて、どこからお話しましょうか」

 道中、自分たちがなぜここまで来たのかは説明していた。

 伝えられることがあるかもしれない、と彼女は快くインタビューに応じてくれることになった。

「お嬢さんたちは、どんなお話を聞いているの?」

 その問いに、ユウコはアイと視線を交わす。

 後ろに立つダイスケは、ケンタがメモを取り出すのを手伝っていた。(テーブルが小さく、老婆を含めて3人しか座ることができなかった。)

 ショウは老婆の傍らに立ち、彼女の肩に左手を添えている。

 時折その手の平が淡い光を放つのに、ユウコは気がついていた。

「私たちが聞いてきたのは、戦争があって、敵の王様の呪いで外の世界は住めなくなってしまった、という歴史です」

 アイが進んで老婆と話したがっている。

 アイの求めていた新しいモノが、見つかるかもしれない。

「そう……」

 老婆はショウを見上げ、

「よろしいのですか?私の話はおそらく、初代たちの考えや思いを反故にするもの。大きな波紋になりましょう」

 老婆に問われ、ショウは頷く。

「随分と長い時間が経った。今の世代には関係のない話だ。選択する権利があると、僕は思っている」

 ショウの声はとても静かで、何かを覚悟した気配を感じさせる。

「承知しました」

 老婆はユウコとアイ、そしてダイスケとケンタをゆっくりと見回し、そして優しく微笑んだ。

「あなた方にとっては、とても驚くお話かもしれないわ」

 ユウコは手提げからオーブを取り出し、起動させる。

 老婆はそれを見て、さらに笑みを深めた。

「城主様のお力ね」

 ユウコとアイは再び視線を交わし、頷いた。

「おばあさんのお話を聞かせてください。この城下町は、どのようにして出来たのですか?」

 アイの問いかけに、老婆は優しく、穏やかに答えてくれた。

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