城主①

 城への門は数えきれないほど見てきたが、それが開かれるのを見るのは4人とも初めてだった。

 ケンタは持ってきていた手提げを両手で抱え、ダイスケの隣に立つ。

 城下町では、通う学校や利用するかかりつけの病院などがエリアで区切られているため、生まれ育った場所で生涯の人付き合いがほぼ決まる。

 ケンタは引っ込み思案で、そのくせ不思議な部分でこだわりを持つ子どもだった。

 なかなか友人ができず、入学前は1人でぽつんとしていることが多かった。

 そんなケンタに興味を示し、声をかけたのがダイスケだ。

 住んでいるエリアの端と端で、普通に過ごしていればただの同級生で終わっていた関係だっただろう。

 不器用な自分にあれこれと世話を焼き、嫌な顔ひとつしないダイスケを、ケンタは自然と頼るようになっていった。


 いつもなら人の行き来がある時間だが、今日は誰も通りを歩いていない。

 不思議というよりも不気味な静けさのなか、二代目だ、と名乗った女性と校長に連れられ、ケンタたちは城に続く城門をくぐった。

 すぐに門は閉ざされ、勝手に閂が下りる。

 城門の内側には広々とした芝生のスペースが設けられていて、ぽかぽかとした陽気と相まって、のんびりと昼寝でもしたら心地良さそうだ。

(……あ、あれ?)

 ケンタは戸惑い、思わず見上げてしまう。

 他の3人も同じように、ぽかんと上を見上げていた。

 それは城というより、塔だった。

 天を衝く尖塔はケンタたちがよく見知ったもので、くすんだ赤い三角の屋根が灰色の円柱の上に乗っている。

 窓は屋根のすぐ下にひとつ、小さく切り取られるようにしてあった。

 それだけ、なのだ。

 高い塔が、真っ青な空を背景にひとつあるだけ。

 教科書や図書館で見てきた城の姿とは、全く異なっていた。

 ここには煌びやかな宮殿も、美しい花々も無い。

 高い壁に囲まれた芝生の真ん中に、すっくと塔が建っているだけ。

 他には何も無い。

 初めて城門の内側に入った4人は、ぼんやりと青空を見上げたまま、動けずにいた。

 城下町を外から区切る壁は、城門から伸びている。

 頭の上を覆うガラスを通して見る空はいつでも長方形で、その狭い空の中に変わることのない城が……塔が見えていた。

 今、ケンタたちは、視界いっぱいに広がる青空の下、塔を見上げている。

「……外だ」

 アイの呟きには歓喜と恐怖、そのどちらもが感じられた。

「そうとも言えるわね」

 腰が抜けたのか、座り込んでしまったユウコに手を貸しつつ、二代目の女性が続ける。

「ここは外と内の境界。だから城門は、特別なことがなければ開かないの」

 うっすらと笑い、

「例えば、城下町にとっての異端が現れた時、などね」


 塔に出入口のようなものが無いことに、ケンタはもちろん気付いていた。

「なぁ、どっから入るの?」

 ダイスケの問いには答えず、校長は塔の灰色の石壁をノックする。

 音は全く響いていないが、気にしていないようだ。

「連れてまいりました」

 誰にともなく声をかける校長のすぐ左側に、音も無く、真っ暗な空間が口を開ける。

 それは城壁の中を通った時と同じだった。

 塔の中もやはり暗闇で、この中をまさか歩いて行くのか、とケンタが不安に思った時、アイとダイスケが同時に彼の名前を呼んだ。

「ショウくん」

「ショウ!」

「……やぁ」

 暗闇の中から現れたショウは、校長と二代目に頷いてみせる。

「ご苦労さま。ここからは僕が案内するから、戻っていいよ」

 ショウに恭しく頭を下げた2人は足早に去っていく。

 いつの間にか細く開いていた城門から、振り返ることもなく町に戻っていった。

「入って」

 ショウに促され、4人は顔を見合わせつつも明かりのない塔の内側に足を踏み入れる。

「ケンタ、離れるなよ」

「う、うん」

 全員が入ると、やはり音も無く入口が消失した。

 完全な暗闇に、ケンタは小さなパニックを起こす。

 近くにいるはずのダイスケを呼ぼうと口を開いた時、カンカンと何かを打ち合わせるような音が響いた。

「え?あ……!」

 塔の中を音が反響していくのに合わせて、あたりに薄ぼんやりと明かりが灯る。

 よく見ればそれは、塔の石壁自体が青白い光を発しているのだった。

「大丈夫か?」

 ダイスケに気遣うように訊かれ、ケンタは慌てて頷く。

 塔の中は案外普通だった。

 外観に反してものすごく広いとか狭いとかいうこともない。

 城下町の、ちょうど一軒分くらいのスペースだろう。

 何も無い、がらんとした空間。

「ショウくん」

「なに」

「もしかして……登るの?」

 アイが指さしたのは十数段の石段だった。

 塔の壁に沿って螺旋を描くそれは、明らかに階段。

「まじで?」

 見上げるダイスケにつられてケンタも視線を上に向けたが、そこにあるのは闇。

 自分たちのいる場所しか明かりは点っていないようで、いったいどこまで登るのか、まさか一番上までか、と2人はげんなりする。

「たしかに登るんだけど」

 ショウは学校では見せたことのない、穏やかな笑みを浮かべて、

「魔力を使っているから大丈夫だよ」

 彼が待っているから、と言って、階段に足をかける。

 現れていた分の最後の一段に足を乗せると、次の十段が現れた。

 代わりに登り終えた段が消えていることに、一番後ろを怖々とついて行くケンタが気付く。

 明かりが灯る場所も、自分たちと一緒に移動していた。

 今では塔の床も、そして天井も闇に沈んでしまい見えない。

「なぁ、ショウ……。どこまで登るんだよ……」

 現れては消える階段を5回ほど登りきったところで、ケンタの前を行くダイスケが疲れた様子で声を上げた。

 アイやユウコは言葉もない。

 ケンタの息もあがっている。

「もう少しだよ」

 さすがのダイスケもいいかげん座り込みそうになった時、新しい階段の先に扉が見えた。

 なんの変哲もない木の扉で、飾り気のないドアノブがあるばかり。

 ショウはノックすることも躊躇うこともなく、銀色のドアノブを掴んで回すと、内側に押し開けた。

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