魔女④
老婆を抱えたショウに先導され、ユウコたちはさらに森の奥に進んだ。
「なんだ、これ」
やがて目の前に現れたのは、緑の壁。
よく見ればそれは、濃い緑の葉に覆われた城壁だった。
「……城壁の、果て」
ぽつりと呟いたアイが、ユウコの手を離し壁に近付く。
触れてみた緑の葉は瑞々しい。
試しに1枚ちぎってみたが、切れた部分からはすぐに透明な液体が零れた。
「アイちゃん」
ユウコの胸に、また言いようのない不安がシミを作る。
呼ばれて振り向いたアイを手招き、再びその手を握った。
「えっと、それで、どうするの?」
ケンタに訊かれたショウは、
「招け」
と壁に向かって呼びかけた。
すると葉擦れの音ひとつ立てず、緑の壁に穴が開く。
「うわ!」
突然のことに驚き、ダイスケが1歩下がった。
人が二人並んで歩ける程度の真っ暗な穴に、ショウはさっさと入って行ってしまう。
さすがに慌てたアイが「ショウくん!」と呼び止めるが、ショウはちらりと振り返るだけで歩みは止めない。
暗闇に飲み込まれ、あっという間にその姿は見えなくなった。
「……ユウちゃん、どうしよう」
「ここにいても仕方ないんだけど……」
「とりあえず追いかけようぜ」
「あ、うん、そうだね」
ダイスケが先頭に立ち、暗闇に足を踏み入れる。
ケンタがすぐにダイスケに並び、ユウコとアイはお互いの手を固く繋いだまま、そのあとに続いた。
数歩先で、ショウは4人を待っていた。
真っ暗闇だと思っていたが、どこかに光源があるのか、歩くには困らない程度の明るさがあった。
後ろを見れば、入口はやはり音もなく閉じていて、ユウコは自分の心臓がいつもより早くなるのを感じた。
4人が追いついたのを確認し、ショウはまた歩き出す。
「なぁ、ショウ。ここどこだよ」
問いかけるダイスケの声が不安げに揺れる。
「ここは壁の中だよ」
ショウは薄暗い一本道を、ただひたすらに歩いていく。
「なんだ、あれ」
「なに?」
先を歩くダイスケの体に隠され、ユウコからは道の先がよく見渡せない。
それが尚更、不安を煽った。
「なんか、すごく明るい」
ダイスケが体を少し斜めにして、後ろを歩く2人に先を示す。
そこは確かに、今までの道よりも明るかった。
だが、出口というわけではないようだ。
正面ではなく、左右が明るい。
「なに、これ……」
アイは思わず足を止め、光の中を覗き込んだ。
それは、窓だった。
薄暗いトンネルの左右に、明かり取りのようにたくさんの窓が続いていた。
だが窓の外に見えるのは、4人のよく知っている城下町の様子ではなかった。
ある窓には、灰色の城壁に区切られることのない、広く整った道が見えた。
どこまでも続く緑の山野と蒼い空を見せる窓もある。
そして、額に石を持たない、たくさんの人々。
皆言葉を失い、窓の外に見入る。
「……壁の外は、呪われてなどいない」
ショウは静かに続ける。
「城下町の起こりはさっき話しただろう?城主の悲しみによって始まった君たちの町は、戦火を逃れ、外界に失望した人々のために作られていった」
アイの瞳の輝きが増していくのを、ユウコは恐ろしいものを見る気分で見ていた。
アイの欲していた、誰も知らない新しいモノ。
だが、これ以上は駄目だ。
「外は呪われてなどいない。戦争も、遠い昔に終結した」
窓から見える人々は、皆一様に笑顔だ。
輝く太陽の下、精一杯に生きている。
「どうして」
ゆっくりと視線をショウにうつしながら、アイは問うた。
「私たちは、外に出ないの?」
「アイちゃん」
ユウコは思わずアイの手を引く。
「だって、呪われてないんでしょ?みんな普通に生活してるのに、どうして私たちは」
アイの声が高ぶった感情に震えている。
「本当のことを隠されたままなんて……。こんなの変だよ、そうでしょ!?ユウちゃん……!」
同意を求められたユウコはしかし、いつものように頷くことが出来ない。
「それが“当たり前”になってしまえば、誰も疑問には思わない」
ショウは窓の外を見ながら呟き、そして再び無言で歩き始めた。
慌ててダイスケとケンタが追う。
「アイちゃん、行こう」
ユウコはアイの手を引くが、アイは窓の外を見つめたまま動こうとしない。
「アイちゃん!」
「……こんなの、おかしいよ」
アイの瞳から涙が溢れる。
怒りと悲しみと驚きと。
抑えられない何かがアイの中に渦巻いているのだと、ユウコには手に取るようにわかった。
「行こう、アイちゃん」
今度は素直に歩き出したアイの手を、ユウコは強く強く握る。
これから先何があっても、決してこの手を離すまいと自らに言い聞かせて。
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